第75話 架空の狂気-4 (マリア)
マリア・ソ・フォン・アレクサンドル・ペローはその少女を三日の間に四度見た。一度目は、学院の道端で学友と思しき二人組と談笑していた。二度目は校舎のどこかで、遠くのほうを通り過ぎていった。三度目は一度目と同じ道沿いで、自分よりも階級の高い男子を相手に啖呵を切っていた。そして四度目は、騎士舎の訓練施設で、自分の騎士と共にいた。
マリアは偶然というものを信じていない。騎士という、誰かを守る仕事をしているうえで、他人よりも少しでも多くのことに気にかけるようにはしているが、誰かを例えば”制服を着たガキ”だとか”出来のいい鎧を着た出来の悪いバカ”だとかそういう記号的な振り分けでなく、誰かをその”誰か”として見ることも、あまりない。
だから自分がアイリーン・ダルタニャンという名前の女生徒をよく見ていることに気づいたとき、少しだけ驚いた。
いくつかの特筆すべき点はある。社会的地位に頓着しない意志の強さや、それを全方位に振りまけるバイタリティ。美貌というほど美人ではないが、活力にあふれている人間は、物静かな美女より魅力的に映ることがあるものだ。だがなにより彼女の特徴は、エリザベートに名前を憶えられていることだ。それも、三週間ほど前にはすでに。過去に社交界でなにかあったのだろうか。あの気性ならエリザベートとぶつかっていてもおかしくはないが……。
しかしながらだからといって、マリアはそれだけで何かを特に気にしたりはしない。エリザベートから近づくなと言われている。大きな秘密を抱えているようにも見えない。実は密かに、街にいる知り合いのつてで彼女について調べたのだ。
アイリーン・ダルタニャンは、ダルタニャン家の一人娘で、何年か前に父親が領地を実質的に手放した後は、王都で暮らしている。ケンドリック・クラブに入る金さえなく、王都に買ってあった小さな王都邸に三人暮らし。王都に住むサリヴァン・ド・モラン伯爵令嬢の家庭教師をする傍ら、街でボランティア活動をしているようだ。
エリザベートが嫌っているのであれば、その理由はわからないではない。こういう善人は、見ていて嫌な気分になることがある。自分がなにをやっているのかわからなくなってくるのだ。
それにしたってエリザベートが彼女を見て貧血のように倒れてしまったのは、明らかに過剰反応だが。癇癪が原因だと思えばなんでもつじつまが合ってしまうし、調べた限りではこれといって怪しい点は見当たらなかった。
切っ掛けは、そこ。エリザベートが倒れたことだが、今見ているのは、そうじゃない。単純に気になっているのだろう。黒い髪、ぴんと伸びた背筋、ほのかに散ったそばかすや、生気のある声は、自己嫌悪とともに、こちらの気力も喚起する。
だからなんどもなんどもアイリーンを見ている。話しかけようと思ったのは、騎士舎に来ているのを見たときが初めてだったが。
騎士舎は生徒たちが講義を受ける建物と隣接した位置にある施設で、騎士の寝泊りや訓練が主な役割だ。学院は意図的に学院を守護する兵士を少なくしているため、騎士たちは実質的に学院の戦力となる。一部の高位の貴族につく騎士を除いて、全ての騎士は有事の際、学院の指揮下に置かれることになっている。
エリザベートと別れたマリアは、その足で騎士舎に向かった。建物の門をくぐると、エントランスの正面にガラス張りの空間があり、騎士たちの多くはそこで訓練をするか、遊戯室でボードゲームをするかしている。
訓練施設は、大きく二つに二分される。簡単な標的などが設置された、一人でも訓練のできる場所かあるいは――複数人が訓練を行えるよう開いた、平らな場所。
アイリーン・ダルタニャンは金髪の少年を相手に、軽く剣の打ち合いをしているようだ。それを周囲の騎士たちは遠巻きに見るか、無視して自分たちで訓練をするかしている。傍目で見ても異様な光景だった。
マリアの近くを通った二人の騎士が、「また騎士ごっこをしにきてるぜ」と嗤いながら通り過ぎていった。
マリアは誰かに聞かずとも、その理由を知っていた。
アイリーンがここにきているのを見るのは初めてだが、あの金髪の少年がここで浮いていたのは、気づいていた。自分はこれでも名の売れた騎士であるから、実力主義を通している騎士は案外好意的に接して貰える。だがそれ以外からは異常者扱い。あの少年も同じだった。
あの少年はハンス・アーレント。貴族でもなければ騎士でもない。ただのアイリーンの地元の友人なのだ。躍起になって就職活動をした騎士はもちろん、地元で長年騎士として主人を守ってきた騎士たちも、彼のことは認めていなかった。品格も実力もないものと見られている。
そこはマリアも概ね同じである。品格がないのは見ればわかるし、身体能力こそ高いが、技術は壊滅的。物覚えが悪いので伸びしろも期待薄だ。戦場にでも叩き込めばそこももっと具体的に見えてくるだろうが。
「君には見覚えがある」とマリアはアイリーンに話しかけた。




