第74話 架空の狂気-3 (シャルル)
「なにか睨んでいますよ」
エドマンド・リーヴァーが窓から道を見下ろし、そう言った。
「僕たちを睨んでいるわけではないさ」
学生自治会のテーブルに向かうシャルル・フュルスト・ロマーニアンが言う。
朝早く。場には彼と彼の騎士以外に人はいない。
聖ロマーニアス王立学院には、いくつかの学内組織があるが、学生自治会は教師の絡まない完全な自主性を認められた集団だ。
学院の講義棟の二階――寮からぞろぞろとやって来る生徒たちを正面に据えた位置に、本部がある。
現リーダーは三年生のクレアウィル・デ・ゴッドフリートだが、彼女は学院を卒業したあとのことについて考えるほうに時間を多くとっており、あまり自治会に顔を出さない。また、今年から学院自体が門戸を広く、方針を刷新したことで、自治会自体を一から作り直すことが決まっていた。そのため、特にアドバイスが求められるとき以外は、寄り付かなかった。他の自治会員も同様だ。そのため今現在自治会本部に顔を出しているのは、シャルルだけだった。
王子としては、先達の非協力的な態度に嘆かなければならないところだが、彼はあまり悲観的になっていない。むしろ寮の部屋以外で一人になれる場所――昼間は特に、エドマンドも騎士舎へ移動するため――一人になれる場所があるというのは、歓迎すべきことだった。
「マルカイツ様は、今のところ問題ないようですね」
「うん。今は落ち着いているようだ。よくランチを一緒にとっているけれど、機嫌がいい。朝以外は。朝は――ほら、彼らがいるから」
シャルルのシニカルな言い回しにエドマンドは引っかかりを覚えた。
「王子は――騒々しいのはともかく、彼らがああやって行動を起こすこと自体は、評価しているのかと思いました」
シャルルは頷いた。
「正常な運動なら、そうだね。人々が自分の立場に不満を持っているというのは、王国としてあるまじきことだけれど、なにかを変えたいときには、変えるきっかけになるし、それに――啓蒙政策がうまく行っているから、不満を覚えるとも言える。飢えや、生活の不自由を除いた」
「つまり正常じゃないと?」
シャルルは唸り声をあげた。いったいどうやって言えば、角が立たないか考えているようだ。
「そうだな……なんというか、早すぎる気がするんだ。それにちょっと多すぎる。王国内のいろんなところで活動が行われているけど、主張はみんなバラバラだ。ミンスキィ通りから向こう八つの通り――通称貴族街と、ケンドリック・クラブの一般開放、雇用の平等や、騎士学校の学費の引き下げなど――一貫性がない」
「みんな貴族とそれ以外という分け方に不満を抱いているということなのではないのですか? そう考えれば一貫性がある」
エドマンドが言う。
王子はこれにも頷く。
「そうだけど、こういう活動は人数が物をいうものだし、それをわかっていなくても、自然とそうなる。わざわざ少人数になっていろんなところで違うことを求めるのは何というか――意図的なものを感じるんだよ。扇動者がいる。なにを考えているかわからない、この市民運動のブレーンが。それにこの――古代遺跡のこともあるし」
シャルルが自治会のテーブルに紙を引っ張り出した。古代遺跡の絵と、いくつかの調書だった。
「王子は市民運動と古代遺跡を襲った犯人に繋がりがあるとお考えなのですね」
「うん。それから、グザヴィエ・マルカイツ侯爵を襲った人たちもだ」
シャルルがそう言って難しい顔をする。ここのところずっとこの調子だ。エドマンドはため息をつく。この上まだ、仕事をさせないといけない。
「ええ。その……殿下」
「うん?」シャルルが首をかしげる。
「提案なのですが、難しいことを考えている合間に、簡単なことを考えるのはどうでしょうか」
「というと?」
「自治会のメンバー集めです。二名は元々自治会員だった二年生から選ぶとして、残りはあなたが選ばないといけないんです」
シャルルは目を丸くして、それから緊張を解いて笑顔を見せた。
「そうだった。僕は今、学生なんだったね」
「ええ。恐縮ですが」
「ううん。そうだな。そっちについては、ちゃんと考えてあるよ。僕と、二年生二人。通例自治会は七人体制だから、残りは四人。一人は侯爵家から選ぶとして――僕としては最低二人、できれば三人は子爵以下の生徒を選びたい。これもできればだけれど――あまり僕や侯爵家の名前にも、臆さない人物」
「ピックアップできているのですか?」
「まあ何人かはね。でもこれはこれで難しいよ……自治会員は学院生徒の顔だからね。性格はもちろん、学業成績にも一定の基準がある。中間試験の結果も見て、判断したいな。それまでは特に、自治会が必要な用事はないからね」
自治会が必要な用事というのは、学院において生徒を中心とした催しや、外部と連携したイベントなどだが、ほとんどは夏よりあとに集中している。
自治会員も最悪の場合、その時期まで集める必要がないということだ。
王子の楽観的な意見を前に、エドマンドがこう言った。
「中間試験の前に、どうせ問題が起きますよ」
「だろうね。ああ。今から小さな問題で済むことを祈っておこう」
王子はふざけて胸の前で両手を組んでみた。エドマンドが吹き出し、王子も小さく肩を揺らした。
和やかな二人の前には、シャルル王子がピックアップした自治会員候補の名前が並んでいた。そこの一番下に、アイリーン・ダルタニャンの名前があった。うっすらと、候補かそうでないかも判断が付かない程度に。




