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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
三章 魔術師の演出のもとにロマーニアス王国民並びにカルト教団によって演じられたエリザベート・デ・マルカイツの迫害と暗殺
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第72話 第一幕 架空の狂気

 エリザベートは悲鳴を上げながら跳び起きた。そこにはエグザミンはいない。クレア・ハーストも、マリア・ペローさえいない。自室だった。


 あれは夢だったか。遡行前にあったことを思い出していたらしい。エグザミンの治療を思い出す。遡行前のことの一部は、白昼夢のように希薄で、この件もそうだった。エグザミンがなにをしたか、なにを言ったか、それを思い出せない。だが、悪夢だった。


 エリザベートは、激しく鼓動する心臓を止めようと、胸に手を置いた。着ている服がぐっしょりと濡れていた。眉間と右目の間を汗が通って行くのが見える。濡れた服で拭き取る。西日が差していた。これのせいで無意識に思い出していたのかもしれない。


 エリザベートは、ベッドからもぞもぞと這い出て、素足で床の上に立った。夕方で、気温は暖かくなってきているとはいえ、濡れた服では少し体が冷えた。午後の早い時間に、馬車で出て――そして自分は、あの女に会った。アイリーン・ダルタニャン。再び鼓動が早くなるのがわかる。だがそれは、実際に眼にした時のような苛烈さではない。それにその残滓に中てられたときのようでもない。落ち着いた、しかしほんのりと危険を知らせるような熱だった。


 音を立ててクローゼットまで歩き、開く――近日中に寮へ越すため、持っている服のほとんどはここにはない。一部は学院へすでに発送済みで、あとは虫食いなど状態が悪くならないよう、移動してある。


 目当ての服がないことに気が付く。それから、今さらながら着替えさせられていることにも目が行った。今着ているのは寝間着は寝間着だが、もう少し寒い時期のためのもので、今だと日によっては暑い。マリアはともかく、コンスタンスは知っているはずなのだが、忘れていたか、それともマリアが全部ひとりでやったのか。クローゼットから出て部屋を振り返ると、ベッド脇のサイドテーブルの椅子が無くなっており、向かい側にその椅子と、畳まれたエリザベートの服があった。


 取りに行こうと歩き出すのと、コンスタンスが入ってくるのは同時だった。お盆に水の入ったボウルとタオルを載せている。エリザベートが立って歩いているのを見ると、驚いたように固まった。


 無言でいると、そのまま入って来る。掛布団の上にお盆を乗せると、心配そうな顔でこちらを見る。


「大丈夫ですか? お嬢さま。お疲れではないですか?」


「なにも問題ないから。それは下げて。代わりに……水を持ってきて。汗をかいたわ」


「かしこまりました」


「あっ! やっぱりタオルは置いて行って。身体を拭きたいの」


「かしこまりました」


 コンスタンスはタオルを掛布団にのせ、お盆をもって退出する。

 エリザベートは寝間着を脱ぐと、体にタオルを当て、汗を拭き取っていった。それが終わると、畳まれていた服を着なおした。


 グラスと果物ののった皿を持つコンスタンスと、マリアが扉をノックして、現れた。


「お嬢さま、おはようございます。よかった。突然倒れたときはどうなることかと思いました」


 マリアが言う。


 エリザベートはコンスタンスから水を受け取り、果物を剥くよう言った。


「問題ない。別に何でもない」エリザベートが言う。そしてこう付け加える。「でもあの女には近づかないで。いい?」


 厳しい声だった。


「……一応、理由を窺っても?」


「ダメ。とにかく近づかないこと。わかった?」


 マリアは肩をすくめる。


「私はほとんど貴女と一緒にいるのですから? 貴女が近づかなければ、私も近づかないでしょう」


「冗談じゃないんだよ」


 エリザベートが厳しい口調で言う。しかしそれはマリアに向けられているというより、自分に向けられているようであった。彼女はマリアの目も顔も見ず、床を向いて話していたからだ。


 とにかく話しても無駄だろうとマリアが判断する。しかしこれで余計に興味を持つとは思わないのか、それとも”信頼”のなせる技なのか。自分で思って嫌になるほど悪趣味な皮肉だ。マリアは顔をしかめる。せっかくその萌芽が出たのなら、余計なことをして摘み取るべきではない。


「ええ。わかりましたよ」


 だが、本当に気になっているのも事実だ。見たところそんなに悪い人間には見えなかったが、エリザベートは過去になにかあったのだろうか。好きな相手を略奪されたとか? それはないか。


 今度の冗談は笑い飛ばせるだけ、マシである。


 いつもはタイミングを外し気味のコンスタンスが、丁度良く二人ともが無言になったところで「果物が剥けました」と報告した。


 エリザベートは相変わらず地面を見つめたまま、学院でのことを思い出していた。そしてその未来は、二日後には更に現実へと近づく。


 その翌々日。とうとうエリザベートは、屋敷から出て寮へ入る日を迎えた。入学式はその翌日。今日は、入寮のリミットだ。使用人たちが荷物を運ぶのを、エリザベートはコンスタンスと隣り合って、馬車の前に佇んで見ている。


 マリアが自分の荷物を馬車に乗せる。中には”雷槍”あのピッケルの入った箱もあった。


「楽しみですか? お嬢さま」


 コンスタンスが言った。


「それなりにね」


 マリアが言う。


 本当の試練はここからなのだ。

 

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