第69話 この場にいる気がしていない。 後
翌日、エリザベートはパースペクティブの元を訪れていた。彼女へ届けるものがあったからだ。
”追跡する魔法の本”。これは、エリザベートがあの手紙の魔術師と話した後に禁じられた部屋から持ち出したものだった。
中身を見る余裕がなかったから、実際にどれぐらい役立つかは未知数だが、きっと有益な情報が詰まっているだろう。パースペクティブに本を手渡し、それを使って手紙の魔術師の痕跡を追うよう命じると、彼女は「ご自分の分だけ本を持ってきたんですね」と嫌味を言いながらも、それを引き受けた。
マリア・ペローが屋敷内でエリザベートと再会したのは、彼女がその帰りに玄関ホールを通った時のことだった。
「マリア」
「おはようございます。お嬢さま。占星術師のところに行ってたんですか?」
「別にいいでしょ。そんなこと」
エリザベートが言う。普段と変わらない。以前とまったく変化のない会話のように見える。
相変わらずエリザベートは隠し事をし続けるし、マリアも最初の質問から深く突っ込んだりはしなかった。
あの後、エリザベートがハンカチから顔を上げたあと、二人はそこで起きた出来事を”なかったこと”にした。お互い口には出さず、なにかの勘定にも加えない。
昨夜のできごとは、そのまま翌日以降に持ち込むには、あまりにウェットで、気色が悪い。人の持っている気性は簡単には変わらないものだ。たとえそれが時に、過剰であったとしても。
(まあ、現時点ではこの辺りが落としどころだろう……。わかっていないことも、多いことだし)
解決したとは思わない。これがある意味で、引き伸ばしなのはわかっている。
なにかが上手く行ったのだと勘違いさせるだけのことをして、でも勘違いはしていない。それでいい。
(でも多少でも信用しようとしてくれるなら、それだけで十分だ。クレアも喜んでくれるだろうさ。もっとも彼女がいるのは天国じゃなくて、王都のどこかだけど)
「考えごと?」
エリザベートがマリアを振り返る。確認し合ったように、その眼には恥じらいもフレンドリィな意志も、固い信頼関係もない。ひたすら平凡な感情――状況に応じて反映されるだけの瞳だった。この場合は、なにをぼうっとしてるんだと呆れているのである。
「いいえ。天気がいいなと思っていただけです」
「あんたって偶に誤魔化す気もないよね」エリザベートはそう言って、窓の外を見た。「でも確かに良い天気だわ」
続けてエリザベートが言う。
「あとで外に散歩でも行きましょうか。コンスタンスも一緒に、湖にでも」
マリアはそうやって言うエリザベートに、なにか余計な茶々を入れたい気分になっていた。しかしエリザベートの機嫌がよさそうだったので、やめておいた。
短くなりました。
次回は二章のエピローグになります。




