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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
二章後半 予言はできない、私達
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第63話 あからさまな解決条件 


「あんたが持ってきた本、出して」


 呼びつけられるなりそう言われたマリアは、内容の意味不明さもあいまって、少し混乱してしまう。


 壁際のテーブルに放置してあった上階の本棚にあった”分脳と辣腕”をエリザベートに手渡した。


「これがなんなんですか?」


「ここから出る」


 エリザベートが”分脳と辣腕”を片手に、本棚に向き直る。マリアはエリザベートの言葉の真意を確かめようと口を開いたが、外のマンティスが扉に体当たりをしはじめ、とうとう無理やり入ってこようとしていることに気が付き、そちらの対応へはしった。


 鎧を付けなおし、扉を正面にピッケルを構える。


 箱が大きく揺れ、中に大きな音が響く中、エリザベートは本棚の本をばらばらと落とし始めた。


「”分脳と辣腕””分脳と辣腕””分脳と辣腕”……」


 マリアがエリザベートの様子を窺う。向こうが突破して来たらすぐに逃げる隙を探さなければならない。どうやらマンティスは一人ではないらしい。大きなトロッコのようなもので扉を破る気のようだ。


「分脳と辣腕……」


 エリザベートのつぶやきが七回目に達したとき、本棚の隙間に何冊もの”分脳と辣腕”が現れた。アルシデス・レスコローネ著。脳を別の物質に置き換えたとき、そのパフォーマンスを落とさないようにする魔術について書かれた本だ。だが、中身のことはどうでもいい。エリザベートはその禁じられた部屋の本と、上階から持ってきた本を同時に手にとる。


「で? どうすりゃいいのよ?」


 エリザベートが腹立たし気に言う。方法というなら最後まで教えていけとあの魔術師への怨嗟を込めて。


 扉から螺子が一本飛んだ。「お嬢さま。やれることがあるならなるべく早くお願いします」


 マリアはもう完全に臨戦態勢だ。


 エリザベートは「わかってる!」と叫んだ。やれることがわからず、二冊の本の表紙と裏表紙を重ねた。


 すると、部屋中にマンティスの衝突する音とは別の、警笛のようなものが鳴りだした。聞いたこともないような低く、抑揚のない音の繰り返し。既存のどんな楽器も出せないような音。


 これと同時に、床に落ちていた本が一斉に開きだし、大きな文字を書き出した。真っ暗だった部屋に真っ赤な明かりが灯る。


 エリザベートは本の文言を読み上げた。


「”重大なセキュリティ侵害を検知しました”……これも、あれも、全部……」


 重大なセキュリティ侵害を検知しました。

 

 重大なセキュリティ侵害を検知しました。


 重大なセキュリティ侵害を検知しました。


 今や”禁じられた”部屋の中はパニックになっていた。聞いたこともないような不快な音、こちらの不安をかきたてる真っ赤な照明、開いては閉じを繰り替えす同じ文言を書いた本。


「なにをしたんですか!」


 マリアがエリザベートの前に飛び出してくる。


「わかるわけないでしょ!」


 エリザベートが叫び返す。


 出る方法を訊いたのに、罠に嵌められたか。あの魔術師、やっぱりこっちを葬り去るつもりだったか。エリザベートが本を床にたたきつける。


 するとまたも異変が起きた。


 叩きつけられた本がぶるぶると震えだし、ページが開かれる。だがこちらは他の本と同じ文言ではない。見ていないのでわからないが、恐らく元からあった文章だろう。


 ページがぴんと外側に張る。無理やり引っ張られるようにして。紙が装丁から剥がれ、どんどん空中に溜まっていった。二冊分とは思えない量だった。


 マリアがエリザベートを抱き起し、紙たちから離す。呆気にとられている二人の前で紙は形を整えていき、書棚を越えるほど大きな、人の形になった。


「ゴーレム」


 エリザベートが言う。


 マリアがゴーレムの振るった腕からエリザベートを救い出さなければ、彼女の上半身は吹き飛んでいただろう。


 追撃が来ると考えたマリアはエリザベートを部屋の端に逃がし、自分はピッケルを持ってゴーレムの前に立ちふさがった。アミュレットの効果か、ゴーレムはマリアにはあまり近寄りたがっていないらしい。だが見られていることはわかった。背を向ければすぐに攻撃してくる。今だって隙を伺っているはずだ。


「これが出る方法ですか?」


 狭い部屋のなかで膠着状態に陥ったマリアが冗談交じりに言う。


「うるさい!」


 部屋の端――扉の近くの壁に張り付いていたエリザベートは、外からの圧力で潰れていく扉を見て、思いついた。


 扉に飛びついて閂を外す。扉の穴からマンティスが腕で攻撃をしてくる。すんでのところで尻もちをついて回避したエリザベートの手には、閂の破片があった。最後の衝突で壊れたらしい。


 マリアはそれを見て、全力で扉に向けて走った。エリザベートに手を伸ばし、一緒に体当たりをして、扉ごと向こう側に倒れる。


 扉の向こうには何十分かぶりのマンティスと、それから二十人前後の仮面の集団――予言の民たちがいた。あまりに無策な登場ぶりに面食らっていると、背後から二人を追ってきたゴーレムが現れる。


 二人を八つ裂きにしようとしていたマンティスとゴーレムが衝突し、場は大混乱になった。


 そこら中に紙がまき散らされる。マンティスは紙のゴーレムに包み込まれるような状態になり、中で振り回している腕が外側にいた予言の民にも命中していた。エリザベートとマリアは、腕に気を付けながら、混乱に乗じて階段を駆け上がり、そのまま入口から出て、発掘現場近くに止めてあった馬にのってその場から離脱した。


 ディミオンへの道を馬に揺られながら、マリアが長い溜息をつくのを、エリザベートは聞いていた。


「遺跡で古代の魔術に触れた人間はいくらでもいるでしょうが? 私たちほどではないでしょうね」


 エリザベートは短く「ええ」と返した。


 ホテルに着くと、どこに行っていたのか質問するコンスタンスにかまわず、ベッドに入ると、泥のように眠りについてしまった。

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