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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
二章後半 予言はできない、私達
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第57話 遺跡の侵入者たち 前‐2

 それは恐らく、これまで聞いた中で最も大きな音だった。エリザベートは彼女が犯した失態を、その結果が訪れる前から予期していた。それはマリア・ペローも同様だった。彼女の動体視力には、落下する本のタイトルを見る余裕さえあった。そこにはこう書いてあった。”歩むときは足元を見よ”。ある散策を趣味にする昆虫学者のエッセイを集めた書物だったが、仮に彼女に古代文字が読むことが出来たなら、その文字に皮肉っぽさを見出したことだろう。だが彼女には読めない。そのためマリアがこの間にやったことと言えば、首を上から下へ、本の落下に合わせて下げることぐらいであった。


 この世の物とは思えないほど喧しい音が鳴った後、マリアもエリザベートも、この次の展開について考えていた。といっても、マリアに関してはもうここから去ることしか考えていない。ここで戦って、相手の脇をすりぬけて逃げるチャンスを見つける。そのために書棚を倒せないかと思っていた。こちらの存在がバレた以上、遺跡の奥に進んで迎え撃つのも簡単ではない。逃げながら戦う難しさを彼女は知っているのだ。


 一方でエリザベートは、別な考えに頭を使っていた。彼女はまだ本を諦めていなかった。それどころか手に入れる困難さが増したことで、図らずも彼女のなかでその本の価値――それが本の形をとっているかに関わらず、ここに重要な遺物がある――とそのような考えに至っていた。そしてより積極的だったのは、エリザベートだ。


 彼女は言い放った。


「待ちなさい!」


 仮面の集団が動きを止める。


 マリアもこれには面食らった。驚きの度合いで言えばこちらのほうがより大きかった。動揺をジェスチャーで伝える。


 言葉の意味は問題にならない。いったいなにを”待て”と言っているのか。失態を取り返そうとしての行動か、しかしそれになんの意味があるというのか。


 状況を鑑みれば、エリザベートが叫びをあげたことがもたらすものは、ほとんどない。ただ正確な居場所に加えてそこにいる何者かがエリザベートだと明かしただけだ。しかし、なぜそんなことをしたのか――そこを解き明かせないことの呑み込めなさ、気持ちの悪さが思考を一瞬麻痺させ――それは圧倒的に不利な状況を膠着に持ち込むのには、十分な策だった。


「そこにいるのは誰だ?」


 鎧の巨漢が言った。この言葉も額面通りの意味ではない。あえて言うなら礼儀として、姿を見せず声をあげる相手へそう言ったのだ。


 ここでようやく、エリザベート、マリアは状況が少し複雑になり、自分たちがまたくの不利から脱しかけていることに気が付いた。マリアはエリザベートに向けて頷き、エリザベートは自分のくちびるを舐め、言葉を探す。


「私はエリザベート・デ・ルイス・コーネリウス・マルカイツ。フェリックス王の”指”であるマルカイツ伯爵の娘よ。自分たちがいったいなにをやってるかわかってるの?」


 エリザベートが言う。半ば本音だ。こちらの不安を嗅ぎつけられないよう、できるだけ淡々と話した。マリアがなにかしようとしているのを横目で見つつ、続けて言う。


「貴族の娘を襲うなんて!」


 マリア・ペローは部屋のすぐ外に放置されていた自分の荷物を引きずって来ていた。口を広げると、中には大量の武器。特に目立ったのは、荷物の半分近くを占めている組み立て式のクロスボウだった。音をたてないよう、慎重に、しかし素早く取り出し、組み立てて矢をつがえる。


 あとは弦を引き絞って固定すればすぐ打てるようになるが、ここからが更に難しい。構造上、装填はどうしても音が出る。洞穴に近いこの場所でそれは命取りになる。


 マリアはもちろん、エリザベートも脂汗を書いていた。


「マルカイツの娘か。いや、知っていたがな。ここで何をしてる?」


 鎧の巨漢は、仲間たちを数人、図書室の中に展開させた。エリザベートたちの隠れる書架のすぐ近く、ぎりぎり見えない位置まで行かせる。


「騎士はいないのか? 罪深い女だ。お前が生きていることを考えれば、きっと俺の仲間――アプファーマスは死んだんだろう。なあ、そうなのか?」


 エリザベートがマリアに眼で”どうなのか”と尋ねる。部屋のすぐ外に倒れたクーリフがいるが、エリザベートにはそれが誰なのかわからないのだ。


 だがマリアは矢をつがえている最中だったため、なにも返せなかった。クロスボウがなにも言わないよう、ゆっくりと矢を絞り、弦を奥まで差し込む。


 会話を途切れさせてはいけない。エリザベートは頭を絞って考える。再び頭がくらくらしてくる。その場で倒れてしまいそうだ。


「生きてるわ!」


 エリザベートが言った。マリアは驚いて弦を離しそうになった。どうにか立て直し、完全に打てる状態にしてから、エリザベートに向けて首を掻っ切る動作をする。脅しでなく、殺したという意味合いだ。


 エリザベートは慌てて手を上下に振って動かした。どうリカバリーするか考えている。


 鎧の巨漢は、ヘッドを下に置いていたハンマーの柄を、軽く手で叩き、思案した。傍らのローブの占星術師を見下ろす。


「本当のことを言っているかな」


「ベルイマン様、アプファーマスは生きて捕まるような醜態を晒す男ではありません」ローブの女が間髪入れずに言う。


 わざとらしく、こちらに聞こえるよう話している。


「その通りだ」鎧の巨漢――ベルイマンは心なしか馬鹿にしたような口調で言った。「正しいだろう。だが、ここは乗ってやろう。なんと言うかな」


 ベルイマンは書棚の向こうに隠れるエリザベート、ではなくマリアに向けて再び問うた。


「今のは本当か? マリア・ペロー。咎人よ。答えろ」


 咎人と聞いて、眉を顰めるマリア。「そういう手合いか」と呟く。そして、昏倒しながらも確かに呼吸で胸を動かすクーリフを見やる。


「本当だ」マリアが言う。なにか思いついたらしい。エリザベートに話を引き延ばすようジェスチャーし、部屋の外まで行ってクーリフを引きずって来る。


「本当だそうだ」とベルイマンが言う。「おい! 伯爵令嬢! それが本当なら命は助けてやってもいい。連れて出てきてはくれないか? なあ。そうしよう。そこで話していても埒が明かないだろう。…………まだそこにいるか? マンティス」


 ローブの女は硝子の球体越しに書棚の向こうにいる人物を捉えた。「います」と短く言う。「三人です。……生きていましたか」意外なことにその声には安堵の声が混じっていた。


「そうか。運がよかったな」ベルイマンが冷たく言う。


 傍らの仲間たちにクロスボウを引き絞らせる。


 マリアはその間に、クーリフの頬を叩いて起こし、首にナイフを突きつけて黙ったままにさせた。クーリフの眼球が眼窩で揺れ動く。仮面を被らせる。ナイフを突きつけたまま立たせ、エリザベートに向けて頷いた。



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