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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
二章後半 予言はできない、私達
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第54話 遺跡探検の入口

 件の古代遺跡はディミオンを北に数キロ、荒れた道と森を挟んで向こう側にあった。恐らくこれまで違う発掘現場――ディミオンは元々、金属鉱石の発掘をしている街であるので――に使われていた運搬用の通路に、無理やり新しい通路を開通させたようなあとがあり、エリザベートたちはそこを通って行った。


 発掘現場の正面へ出る直前に、森のなかを、発掘現場の輪郭を辿るようにして進み、少しばかり木々の少ない、開けたとまではいかないような場所で馬をとめ、目的地の状況を窺う。


 発掘現場は事前にサンディとクーリフが言っていた通り、警備につく兵士がほとんどいない。発掘しやすいよう森林をくりぬいて更地にしてあった。肝心の遺跡は、雨除けに建てられたプレハブの向こうだ。マリアが静かに馬から荷物を下ろす。案内役として雇ったサンディとクーリフが、彼女に向けて手を差し出した。


「お金? ほら」


 マリアがクーリフの手にいくらかの金を差し出す。クーリフとサンディはエリザベートたちから体を背け、二人で金を数えだした。


「今さらだけど」と、エリザベートがマリアの耳元で囁く。「あいつら信用できるわけ?」


 マリアはエリザベートを見下ろした。そして、おろした荷物の中から取っ手のついた木箱のようなものを取り出す。


「正直に?」


「ええ。当然」


 エリザベートはなんてことのないように言った。


「できませんね。しないほうがいいでしょう」


「はあ!? ふざけてんの!」


「声が。お嬢さま」


 なにごとかと振り返ったサンディとクーリフに向かって手を振り、こちらを見ないよう諫めるマリア。


「時間がなかったんです。あれで上等ですよ」


「あっそう。そのせいでクソみたいな状況になったらあんたの頭をかち割ってやるからね」


「それはもう。なんなりと」


「おい」


 二人が話を終えたところを、クーリフが話しかけた。険しい表情で、マリアが渡した金をこちらに突きつける。


「金が足りない」


「残りは終わってから渡す。そう言ったろう」


 マリアが驚いたように言った。


「駄目だ。今すぐ渡せ」


 クーリフが言う。サンディも同じ意見のようだ。


 マリアは腰の剣に軽く触れた。


「駄目じゃない。これ以上食い下がるならこっちも新しい契約を考えることになるぞ」


 サンディとクーリフは再びエリザベートたちから体を背けた。


 エリザベートがマリアの腰を突ついて言った。


「さっきの、マジだからね」


「そうなるのなら、いかようにでも」


 エリザベートはその答えを聞いて、うんざりしたと言わんばかりに溜息をついた。

 心当たりがあったからだ。


 マリアも言ってからそれに思い至ったか、少しばつの悪そうな顔になる。自分が騎士になるとき襲われたことを忘れていたか、重要視していなかったか。いずれにせよ、直接に危険を知っているわけじゃないから、エリザベートとは感覚が違っていて不思議ではない。


 そう思ってマリアの顔を見ていると、別の考えも浮上してきた。


(こいつ、ある程度わかっててやってないか?)


 騎士にしてからしばらく経つ。マリアが挑発的な性格だということは、会ったときから気付いていた。皮肉屋かつ、これまで冷遇されてきた彼女は、自分の力を示す機会を求めがちだ。屋敷の警備兵を蹴り倒したときのことからもわかる通り、好戦的でもある。


 不安になってきた。そもそも彼女がある程度の名声を得たのは、戦場で多数の敵を相手に、少数で立ち向かったからだ。


「……いや、よそう。ここまで来ると妄想が入り込んでいる……」


 結局のところ、そんなことを考えてしまうのは不安だからだ。ここまで来た時点でほとんどすべての心配はもう遅い。怪しいからと、ここでホテルへ引き返すわけでもあるまいに。


 サンディとクーリフはしばらく話し合っていたが、マリアの言った案を受け入れることにしたらしい。一足先に発掘現場へ出ると、エリザベートとマリアを手招きした。


 茂みを出るさい、マリアに差し出された手をエリザベートは、いつもより強く、ぎゅっと握りしめた。マリアもその意味するところは理解している。過剰なほどウェットなレスポンスを返すことはなかったが、鎧の手甲を挟んでもそれはわかった。


 四人は夜のベールを頼りに警備の眼をかいくぐり、発掘現場の中心へとたどり着いた。


 遺跡はすべて、地下に眠っているのがセオリーだ。しゃれついた人間などは、ふざけて地下迷宮などと呼ぶこともある。これはあながち間違ったことでもない。地下にあるのはもちろんだが、古代の建物の構造様式は、現代の建築とはまるで異なっている。部屋分けに決まったルールはなく、入口がなかったり窓が内側を向いていたり、まったく合理的でない。学者の一部はこれを”新合理型”と呼び、現代の建築家がこれに従って意味の分からない建築物をつくると無暗に褒めたりする。


 ”この”古代遺跡も同じだろうか。


 プレハブの明かりは点けられない。外の警備にバレる。マリアがカンテラを地下遺跡に開けた侵入口へと続く穴に向けて差し入れた。いっしょに覗き込んでいたエリザベートが目を細める。らせん状に組まれた足場の向こうに、ぼんやりと鉄色の建物の一部が表出している。


 サンディとクーリフが自前のカンテラを手に足場を降りる。二人は後ろをついていく。


「この遺跡の責任者は、お父さまなんでしたね」


 マリアがふと、そう質問した。


「ええそう。それがなに?」


「いいえ。ちょっと不思議になったものですから。この発掘現場は、いつからあったんだろうって」


「どういうこと?」


「規模が大きいじゃないですか。これ。遺跡の発掘に立ち会ったことが以前ありまして。足場を組んだり入れる地点を探したり。こうやって人が出入りできるようになるまでけっこうかかるんですよ。発掘って。でも発見されたのは一か月半前かそこらでしょう?」


 マリアが続ける。


「だからてっきり、掘った時点で入口が見つかっているタイプの発掘現場だと思ったんですが……違うようだったので。因みにいつからこの発掘現場があるのかディミオンで訊きましたが、誰も知りませんでした」


「それは、なに? お父様がなにかよからぬことを企んでいるとでも?」


「いえ。いえ。それは飛躍というものです。お父さまであらせられるマルカイツ侯爵はそもそも遺跡発掘の専門ではありませんし、引き継いだだけだと思います」


 主人の癇癪に触れそうになっているのを感じ取ったのか、ほとんど見えていないにもかかわらず、ジェスチャーを交えて弁解するマリア。


「でもそれこそ不思議だとは思いませんか?」


「なにが」


「なんで引き継いだんだろうってことです。お嬢さまもここにはなにかあると思われているようですし、案外、お父さまとあなたが求めているものは同じなのかもしれませんよ」


 あまり得意げなので、殴ってやろうかと思ったぐらいだった。代わりにエリザベートは皮肉を言った。


「はあ。口がよく回ること」


「失礼しました。暗闇が苦手なもので」


 その答えを聞いて、エリザベートは呆れたような溜息をついた。

 

 こいつのこういうとこ、たまにうんざりする。

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