第52話 畔のない道などなく 中
ディミオンは、元々侵略戦争の中継地点だった。数百年前の話だ。聖ロマーニアスがまだ前進の国だったころ、アドミリアス王という男が周辺諸国へ侵略戦争をはじめ、隣国の一部を支配した。ディミオンはその支配した地域の丁度、中心にある都市であり、悪路や王都からの距離を考えると、かなり発展している街だった。
シンボルである灯台は王都でもあまりみない高さ。地面の舗装は甘いが悲惨というほどでもない。それなりにしゃれついた格好の貴族があたりを歩き、エルドレークと違って乞食も見当たらなかった。
客観的に評価すれば、恐らくそうなっただろうが。エリザベートからすればここもエルドレークも大した違いはない。どちらも王都ではないし、エリザベートぐらいの家格になると、よほど発展している街以外はほとんど似たようなものに見える。確かに一部、王都に近づけようとしている努力は見受けられるがマリアが”印象に残らない”と称したのもわかると考えていた。
マリアはそもそも観光資源に興味がないだけなのだが。
「……お父さまがいない?」
エリザベートはディミオンにあるマルカイツ家の仮別邸の前で立ち尽くした。
奥に二階建ての木造家屋の見える鉄柵越しにバトラーと話をしていた。名目でも父親に会いに来て、泊りの場所にもしようとしていたエリザベートは、父親の不在を告げられ虚を突かれていた。
「はい」と、年配のバトラーが言った。こいつは見たことがある。エリザベートの父親、グザヴィエ・マルカイツ付きのバトラー。メードは先日も会ったマーゴット・マクギリスだが、ここにはいないらしい。「旦那様は西の街へ工業機械の視察にいかれました。遺跡の発掘に利用できるとの考えです。お戻りになられるのは明日か、明後日になります」
「私達の部屋を用意できる?」
「それは問題ありません。ですが」バトラーがマリアを差して言った。「そちらの方の部屋を用意することは、できません」
マリアは、おどけたようにふるまった。
エリザベートが疑問を呈する。
「は? なんで?」
「マルカイツ家に相応しいとは言い難いのでして」
どうやらこのバトラーはマリアの素性も評判も知っているらしい。そのうえで彼女を忌避しているのだ。
当のマリアは慣れているのかそういった扱いを受けることには特別に感情はないようだが、エリザベートに対しては少し申し訳なさそうな顔をしていた。それを見たエリザベートは、バトラーに猛然と切り返した。
「こいつは私の騎士よ。いわば私という人間を外から見るとき、彼女は私の一部になる。私がこの家に相応しくないと言いたいわけ?」
「そうは言いません。その方があなた様の騎士に適任かと問われれば、それはわかりませんが……とにかく、旦那様不在の今、上げるわけにはいきません」
「だから……!」
「お嬢さま」
さらに言い返そうとするエリザベートをマリアが止めた。
「いいですから。私はディミオンで宿を取ります。知り合いもいるでしょうし……」
「そうなさるのがよろしいかと」
バトラーが言う。
「まったくよくないから」
エリザベートはバトラーよりむしろマリアに怒ったように言った。
「あんた」と、エリザベートはバトラーを指さす。「マルカイツ家のためだとか何気取りなわけ? 自分がマルカイツ家の人間にでもなったつもり? お父様が帰ってきたらあんたの判断を誉めるとでも?」
「ええ。私の判断は、間違っていないでしょう」
「ふざけてるわけ? 誉めるわけないでしょう。ゴミみたいに捨てられる。いいから、ここを、開けなさい」
「それはできません」
エリザベートとバトラーは鉄柵越しにああだこうだと問答を続けた。しかし鉄柵の鍵をむこうが握りしめている時点で、この話し合いの行く末は見えているようなものだっただろう。エリザベートはバトラーがどうしても鍵を開けないと知ると怒り狂ってバトラーを散々罵倒し、馬車に戻って鉄柵の前で籠城してやると息巻いた。
マリアの仲裁とコンスタンスの無言の懇願でそれは回避できたものの、宿は結局、マリアの知っている貴族用の宿に泊まることが決まった。
エリザベートは去り際に落ちていた枝で鉄柵の横につるされていたカンテラを叩き割った。
短めでした。




