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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
二章後半 予言はできない、私達
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第49話 根を張った深い深いそして黒いなにか 中


 エリザベートはマリア・ペローを外に置き、自分はパースペクティブの離れへ入った。以前と変わらず、整理のされていない部屋だ。それどころかわずか二週間足らずで出ている本の量が倍近くになっている。これはどういうことなのか。


 当然のように埃は溜まり、あちこちに黒いしみのようなものがあった。部屋の窓は一応、開けてあるようだが窓際まで本が積まれているせいで意味をなしていない。本人も不健康そうだ。”忙しかったのになぜ来たんだろう。”という顔をしている。


 エリザベートは離れのドアを閉め、どうにか本を踏まずに立った。自分のハンカチを口にあて、埃を吸わないよう対策をした。


 パースペクティブは部屋に招き入れた癖に、まったく歓迎しようとはしていなかった。相変わらずの魔女帽子姿で、まるで離れの前でエリザベートを追い払ったかのように、直前までやっていた作業に没頭しようとしていた。


「先日の、手紙の話でしょうか?」


 パースペクティブが言った。彼女は恐らく屋敷から支給されたのだろう長い白紙に、古代文字を刻んでいた。


 生まれてからずっと、近くに占星術師のいる生活を営んでいたが、彼らがなにをやっているのか、エリザベートにはさっぱりわからない。古代文字は学院で習ったものの、それは古代の文献を読むためであって占星術をするためではない。


 占星術師はこの社会では、かなり特殊な立ち位置だ。貴族には絶対になれないが、平民のように見下されることは少ない。性格的にも権力欲が薄く、性にも疎い。学術的好奇心をリビドーとして生きているかのようだ。


 ずっと前に教えられた話によると、彼らは幼い頃に”主”から”ギフト”を貰うのだそうだ。”ギフト”を得た占星術師はこの世界の構成因子である”流体”を捉えることができるようになる。それをさらに発展させ、”流体”に干渉することで物理現象とは違ったプロセスで違う結果をもたらすことができるようになるという。


 説明されたってなにがなにやらさっぱりだろう。エリザベートは何度聞いても、彼らを理解できなかった。内容はわかるが、どうやって彼らが生きているのか、そこのところは”権力欲が薄い”という部分で脱落してしまうのだ。エリザベートからすれば彼らは人間であり、人間であるなら権力は欲するだろう、あまりに欲することのできない立場でなければ、というのが正道の考え方なのである。


 長々と考えたが、ようはエリザベートはパースペクティブを理解できない、というだけの話である。彼女はそれに理由をつけているだけなのだ。


 エリザベートにはパースペクティブが主人をさしおいて作業を続けるのも、作業を続けながら話しかけてくるのも理解はできないが、これがそういう手合いだということを頭では知っている。ただ、苛々するというだけで。


 だが今日は怒りをまき散らしに来たわけではない。


「今日はあのことじゃない」エリザベートが言った。「新しく仕事を頼みに来た」


 エリザベートは血のついたハンカチをパースペクティブに向けた。マリア・ペローから預かった、彼女を襲撃した賊の血がついたハンカチだ。


 パースペクティブは顔を上げた。眉間をぎゅっと縮めてハンカチを凝視する。目が疲れているらしい。


「血ですか?」


「そう。血。それにこの前と違って相手はただの人で、魔法を使える奴じゃない」エリザベートはマリアが立っているであろう扉の外のほうにちらりと視線をやった。これからする話は、彼女が聞いていないことを前提とした話だ。依頼だけ、事情を話すつもりのなかったはじめとは予定が違う。「あんた言ってたでしょ。血がついてるほうが探しやすいって」


「そうは言っていませんが」パースペクティブが筆を置いて、紙に薄い布を被せた。「まあ、確かに血液は流体の通りがいいのは事実です。ないよりはあったほうがずっと辿りやすいでしょうね」


「どれぐらいでできる? あと、この前頼んだことは? どれぐらいできてる?」


「後半の質問なら……そうですね、まったくできてません。あれだけじゃ辿るのに時間がかかり過ぎますね」


 エリザベートは嘆息した。この点は予想してもいたので、失望は少ない。それでもマルカイツ家の占星術師がこの程度とは、という感覚は、あるのだが。


「それで、前半の質問ですが、ちょっと今は無理です。見ての通り作業中でして」


「《《重要な作業なわけ》》?」


 エリザベートは脅迫めいた言い方をしたが、パースペクティブには少しも響いていない様子だった。「ええ」と肯定した。


「御父上から頼まれた仕事でして」


 パースペクティブはテーブルの上に載っていた本を一冊、持ち上げてエリザベートに見せた。


「お父さまの?」


「発掘現場から、持ってきたようですね。奥方様が向こうに行った時に、持たされたようです。私は翻訳と写本を任されています。やっている作業があるとは言ったのですが」


「ふうん」


 エリザベートはパースペクティブから本を奪い取り、表面をまじまじと見た。黒を基調とした、硬質な本で、表紙に不自然なほど揃えられた古代文字が書かれていた。


「”天気と流体の相関について。または流体力学における天候操作の可能性に関する覚書”」


 エリザベートがつらつらと表紙の文字を読み上げる。学院で習ったことはまだ頭に残っていたらしい。少しのもたつきもなく読み上げることが出来た。


「おっ、読めますか、お嬢さま」


 パースペクティブが面白そうに言う。ムカつくが、手を出したくなるほどじゃない。本当に意外なようだ。


「まあね」


 エリザベートは本をパースペクティブに返した。


 パースペクティブは本をテーブルの端に追いやった。よく見れば、同じように古代文字が印字された本がいくつも置いてある。こちらが家庭教師で忙しくしている間に、パースペクティブのほうもだいぶ立て込んでいた様子だ。これなら部屋が汚くなるのも無理からぬ話だろう。


「というわけで、ちょっと新しい作業は難しいのです。どうしてもというのであれば野良の占星術師を探すのがよいかもしれませんね……ああでも、今は街にでるのも危ないのでしたっけ。じゃあ、やめたほうがいいですね」


 エリザベートは「そうね」と返した。マリア・ペローを襲った賊の特定も重要だが、彼女には新たに気になることができていた。


「ねえ、本ってこれだけじゃないんでしょ」


 エリザベートが訊く。声音によくないものを感じたのか、パースペクティブが眉をハの字に曲げる。


「というと?」


「そのままの意味だよ。発掘現場にはまだまだあるんでしょ」


「あるどころか、これまで見つかった規模ではないようですよ。古代魔法の研究なんかもぐんと進む予定だとか……すでに新たな理論も発見済みです。御父上はラッキーです。あんなにいい古代遺跡があんなことで手に入ったんですから……」


「時間に関する魔法もある?」


「ああ、それですか」パースペクティブが言う。「……それはちょっとわかりませんが。私自身はあまりあるとは思いませんけども、まあ、少しはあるかもわかりません。何分、昔についてよく知っているわけではないので」


「その価値はあるんじゃない」


 エリザベートが言う。


 彼女は新たな方策を発見した気分だった。古代の図書館。時間の魔法に関してはわからないが、効率的に敵を追跡する魔法や呪い返しの魔法など、今の状況で効果的な魔法に関する情報もたくさん載っている可能性はある。


「発掘現場に行くことにする。なにか私の役に立ちそうなものはある?」


 パースペクティブはエリザベートの疑問に、懇切丁寧に答えた。中には明らかに自分の趣味の混じったものもあったが、それ以外は確かにこちらの役に立ちそうなものも入っていた。


 彼女はさっそく、実現にとりかかった。

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