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第5話 ほんの少し前にやっておくべきこと 前


 エリザベートがシャルル王子の話でダメージを受けたのは、なにも彼女がまだ、あの舞踏会の断罪劇を引きずっているからというだけではない。


 ――もちろん、それもある。エリザベート自身、表に弱みを出したがらないし、それを自分自身にさえ悟らせたくない面倒な性格をしているので、彼女自身もまた、クリティカルな場面に直面するまでは、シャルル王子とのことであったことなどなにも気にしていない《《フリ》》をしている。思わぬ場面で彼の話が出て、不意にその

オブラートがはがされたような気分になったのも事実である。


 しかし今回の場合は、それだけではない。病み上がりと魔法探しに熱中してはいたのは、考えないようにしていた部分も多い。つまり、数日後に控えたシャルル王子との対面についてである。


 以前とは《《歴史が変わっている》》のだ。エリザベートの記憶では、この時期にったシャルル王子との約束はわざわざされるものではなかった。以前の歴史ではエリザベートの熱がひいた翌日に、向こうからやってきたのだ。


 この変化をどう捉えてよいかエリザベートにはわからなかった。ただ過去に戻っているだけなのであれば、エリザベートにとっては都合がよく、逆行の良い面のみがピックアップされているということになるだろう。しかし、もし王子もまた記憶を持っているとすれば、どうだろう。エリザベートに挽回のチャンスは残されているだろうか。


 そこも恐怖だが、もっと恐怖なのは、シャルル王子に会うこと自体だ。あれ以来会っていない、ということはエリザベートにとってシャルル王子はあの時点で止まっているということなのだ。未来での出来事なのに止まっている――というのは、誠に奇妙なことだが、こういう言い方をするほかないだろう。シャルル王子に会ったときにどういう顔をして、なにを話せばよいだろうか。シャルル王子がアイリーン・ダルタニャンにたらしこまれるよりも前に、以前よりもずっと強く結ばれるにはどうしたら……?


 エリザベートは前回の熱を出した際の対面を思い出した。


 エリザベートはまったく衰弱もなく元気だったが、あえて白い余裕のある寝間着を着て、体の半分をベッドに預けたままシャルル王子と談笑した。談笑――そう呼べるのは、エリザベートの記憶ではこのときが最後かもしれない。なんの話をしたのだったか――下種な話ではあるまい。きっと文学の話だろう。シャルル王子はいつもより心なしか対応が柔らかく、非常に快かったことを憶えている。


 エリザベートは出来るだけポジティブに考えるよう努めた。


 王子との対面が伸びたのは、向こうに原因があるわけではない。あの心安らぐ逢瀬のない代わり、シャルル王子と約束の日にちは決められたのは、恐らく今回のエリザベートが目覚めた後に騒いだからだ。


 エリザベートが”ああ”なって以降、母親はクレアを下げることは認めたものの、使用人たちにそれとなく様子を見るよう伝えている。でもそうするなら、おつきのメードとはいえコンスタンスにまでそれを要求するのはよしたほうがよかった。演技などできない子だし、エリザベートの様子を見ているときは作業の手が止まるのだ。ともかく、家全体がエリザベートの様子を窺う状態が続いていた。


 実のところ、今もだ。まあ、娘がああ騒ぎを起こしたあとに神秘や魔法に関する記事を集めだせば、そうなるのも当然という話である。


 シャルル王子との簡単な食事を三日後に迎えてなにも動きがないということは、不安を残しつつもある程度は問題ないと判断されたということだろうか。


 その判断の成否はともかく、どうにもこうにも三日しかないのだ。コンスタンスは普段ファインプレーとは縁遠いが今回ばかりは現実を直面させてくれたと言っていいかもしれない。それに、会うことを怖がっていては強く結ばれることはない。


「やるしかない……か」


 エリザベートはコンスタンスに言いつけ、衣裳部屋から大量の服を持ってこさせた。


「本がとても邪魔なのですが……」


「端っこにやっとけばいいでしょ。とにかく今はたくさん服を着る」


 姿見を部屋の真ん中に運ばせ、床に敷いた薄布の上に服を優しく並べていく。この辺りからは、着付けの手伝いをしてもらうために別のメードを二人用意して脇に待機させている。ただし、ギリギリエリザベートのファッションに口出していいのは、本当にギリギリだが、コンスタンスだけだ。彼女は貴族の娘なので、貴族流のファッションを内の眼でも外の眼でも見られるはずという、判断である。(この判断が正しいかどうかも、やはり簡単にわかるものでもない)。


 とはいえ冬のシーズンということで、あまり長くは行わない。着付けをする前から好みの激しいエリザベートは概ね着る服を決めてしまっていたので、迷っている素振りを見せている間に、コンスタンスやメードたちがこれなんてどうですかと指した服にケチをつける時間が長く続いた。たまに、彼女が”いい”と思った服が指されたときには、じゃあこれになにを合わせるかと被せて質問して困らせるのが常である。


 結局、夕餉の少し前になって、コンスタンス以外のメードは他の仕事があったので元の配置場所に戻させた。コンスタンスは一人で衣装を片付けなければいけないと知ってとんでもない表情をしていたが、エリザベートは埃対策に上から布をかけておいてくれれば、後はいいと言ってコンスタンスを喜ばせた。


 モチベーションのないコンスタンスに片付けをさせて変に汚されたりするよりはマシというのが、本当のところではあるが。


 いくらか、野暮ったくて着そうにない服をエリザベート手ずから衣裳部屋に戻し、気に入っているモス・グリーンの布地の多いドレスを身に纏った。


 長い廊下を抜け、大広間から食堂へ向かう。不思議なことに、食堂はエリザベートだけでなく家族の全員の私室から離れた位置にあるのだが、キッチンはそれほど遠くない。従業員以外通らない通路があるにしても、なぜものを食べたいのに長く歩かなければならないのかエリザベートにはわからなかった。


 以前に聞いた話によれば、仮に暴徒が屋敷に侵入してきた際に、暴徒はキッチンではなく食堂に駆け込むし、遊戯室より先に私室へ入るのだそうだ。だから貴族はそこへ逃げ込めるように私室との距離を開かせないようにしている。隠し通路なんかをつくっている屋敷も、大抵はそのあたりに脱出口があるようだ。エリザベートの居住するマルカイツ家も同様で、実際に使ったことはないがキッチンと遊戯室、それから地下のほうに一つずつ、外へ繋がる通路がある。


 エリザベートはキッチンの入り口を一瞥し、通路を曲がってちょうど点対象の位置にある扉から食堂に入った。

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