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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
二章後半 予言はできない、私達
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第48話 根を張った深い深いそして黒いなにか。 前

 

 その夜は、酷く眠るのが怖かった。悪い夢を見ることが決まっているように思われたから。


 手紙を忘れていた。母親からは、マルカイツ家の人間としての、王子の婚約者であることの自覚が足りないと言われた。マリアはきっと、以前にいた騎士のことを訊きだそうとするだろう。


 上手くいかないことすべてが、エリザベートを苛立たせる。


 それは浮腫のように、頭の中に棲みついていた、辛い記憶だ。目覚めているとき、その記憶は、意識のずっと奥にとどめていられる。エリザベートは幼いころから、嫌な記憶や感情を切り離して閉じ込めるすべに長けていた。けれども夢の中でそれは、自由にはならない。むしろ無理やり押し込んでしまったがために、夢の中というある意味で逃げ出せない状況の中、逃れられないほど近くでその記憶が露わになるのではないか、と、そう思っていた。


 いつものような癇癪もなかった。エリザベートのなかにあるそれ専用の器官は、今は動いていないようだ。代わりに義務として、カンテラの明かりを頼りに手紙を書いていると、少しばかり落ち着くことが出来た。


『拝啓。私の婚約者様。久しぶりの手紙をかいてみましたの。先日は体調を悪くして申し訳ありませんでしたわ……』

 

 たくさんのエクスキューズと、もっとたくさんの愛の言葉を込めて。かりかりとそれを書いていることに集中していると、行き場のない怒りや憎悪や悲しみや辛い記憶に触れる不快感は、大きな揺らぎから小さな細波へと、形を変える。


 ち、ち、ち、ち、と彼女は舌を打つ。そしておもむろにカンテラをベッドの柱に打ち付けた。


 すさまじい金属音のあと、その音に紛れて割れていたガラスが、ぱらぱらと床に落ちた。


 エリザベートは唸り声をあげ、頭を両手で強く挟んだ。叫びたい気持ちを抑え、ガラスを踏みつけそうになる足をとどめた。


 自傷行為が怒りを鎮めるとしても、それは一過性のものだ。そしてそういった飛び道具は、エスカレートするものだ。”これ以上は、エスカレートさせたくない。”エリザベートは強く頭を締め付けた。ベッドに倒れ込むと、掛布団に涙が吸い込まれていった。彼女は布団に向けて叫んだ。そしていつの間にか、眠りに落ちていた。


 彼女が起きたのは、彼女が前夜に頼んだことが、ちゃんと叶っていたためだ。マリア・ペローが部屋の扉をノックして、入ってくる。割れているカンテラを見つけ、ついで、うつ伏せでベッドに横たわるエリザベートを見つける。嘆息し、近くを通ったメードに箒を持ってくるよう伝える。


 マリアは床の硝子を蹴ってどけると、エリザベートに話しかけた。


「おはようございます。お嬢さま」


「起きてる。なに。ほんとに来たんだ」


「頼まれごとですから」


「ふうん、別に、いいけどね」


 エリザベートはベッドの上に立ち、騎士と相対した。エリザベートがそうしたように、マリアもまた諍いを昨夜に置いてきたようだった。目には後悔の色も決意の色もなかった。


 メードがやってきて、地面に残っていたガラスを掃いて集める。


 エリザベートは自分で髪を結び、ライト・グリーンのドレスに着替えた。オフィシャルな硬さのない、プライベート・ドレスだった。


「今日はどんな予定で?」


「そうだな」


 エリザベートが卓上の手紙を手にする。


「先ずは、これを届けてもらう。私から殿下への手紙。そして、パースペクティブのもとへ行く。一つ目は、これで終わり」エリザベートは手紙を掃除していたメードに手渡した。「もう一つは、これから。あんたと行く」


「わかりました。コンスタンスはどうしますか?」


「え?」


「もうすぐ始業の時間ですから、起こしに来ますよ。あの子」


「大丈夫。なにも言わなくたって、ここでぽけーっと待ってるから」


 エリザベートは、優先順位をつけなおした。王子のことはひどい失態だが、なんとか取り返せるかもしれない。それどころか、学院案内ツアーでおつりがくるかもしれない。遡行前にはなかったイベントだ。

 

 そうだった。遡行前と遡行後の違いがまたも現れたことで、エリザベートは魔術師に対する警戒を上げていた。ここのところ手紙はないが、どこからか今も見ていることだろう。もう一度刺激して、向こうのコンタクトを待つ。そうして集めたものを使って、敵のもとへ辿り着く。


 そのためには、マリアを襲った賊も手掛かりになるはず。


 エリザベートは以前、パースペクティブが”血があれば追跡は楽に行く”と言ったことを憶えていた。手元にはマリアが拭ったという血のついたハンカチ。これを持ってパースペクティブのもとへ行く。


 二人で離れに向かう。パースペクティブは、王子が来訪したときも全く顔を出さなかった。会ったのはあれに手紙の魔術師を追跡するよう依頼して以来だから……そこそこ見ていない。あのぬぼーっとした顔を見るのは好きじゃないが、そこそろ見時だ。


 マリアに情報を与えたくはないが、魔術師のもとへ乗り込むときには彼女の力が必要になる。だから断片的な情報を間違った方法で渡すことにしたのだ。


「うわ! わっ! わっ! なにを持ってるんですか! 駄目です駄目! 入らないでください!」


 ……だというのに、そのパースペクティブは、マリアを見た途端、そう言って扉を乱暴に閉めてしまった。


「パースペクティブ、どういうつもり? 仕事をしてと言いにきただけなんだけど」


 がちゃり、と音がして扉が半開きになる。ノブにかけられた手だけが見えた。


「お嬢さまはいいです。入ってください。でもそっちの、騎士はダメです。なにか”流体”を妨げるものを持っているでしょう。そういうものがあると占星術が上手くいかなくなるんです。これまでもたせていたものも砕けてしまう」


「だって。なにか持ってる?」


 エリザベートが訊く。マリアには心当たりがあったようだ。懐に手をいれ、首にかけていたアミュレットを取り出して見せた。


 すると、半開きになっていた扉の奥から「ぴい!」と悲鳴がきこえ、先ほどよりももっと乱暴に扉が閉められた。


「それって……」


 エリザベートはマリアの資料に載っていた情報を思い出した。


 彼女が戦後に王兄殿下から賜った、宝物の話。


「ええ。魔除けのアミュレットです。直接、アルフレード王兄殿下から賜ったものです」


 ち、ち、ち、ち。


 エリザベートは舌打ちと歯ぎしりをした。


「こっちは用があるってのに……仕方ない。パースペクティブ。わかった。私だけが入る。それでいい?」


「はい。それなら。大丈夫です」


 パースペクティブが扉を開く。エリザベートがマリアを見上げると、彼女は肩をすくめ、一歩、離れから遠ざかった。


「なにも、誰も、私の思い通りに行くことは一つもないってわけ……? ふざけているとしか思えない。ほんとに」


 エリザベートはこつこつと頭を指で叩いた。イライラを分散させるためだった。




 

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