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巻き戻り令嬢のやり直し~わたしは反省など致しません!~  作者: 柏木祥子
二章後半 予言はできない、私達
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第45話 デェトのお時間 前

少しごちゃごちゃしているかもしれません

 屋敷の前に止まった馬車から、バトラーが降り、次いでエドマンド・リーヴァーが降りた。エドマンドは馬車のなかに手を差し出したが、中にいたシャルル・フュルスト・ロマーニアンはそれを断り、一人で馬車から地面へ降り立った。


 扉が開かれる。

 

 シャルル王子とエドマンドが並び立って入ってくる。彼は王族にしては控えめな装飾の上下を揃えていた。

 隣の騎士は、彼よりさらにもう一段階地味な装飾の上下を着ている。


「いらっしゃい。シャルル様! お待ちしておりましたわ!」


 エリザベートが開口一番、そう言い放つ。


「今日は屋敷に起こしていただいて……マルカイツ家の一同、みんな喜んでおります。出迎えはもっと、豪華にしようと考えていたのですが……何分時間もなく……」


「とんでもない」とシャルル王子。「婚約者なのですから。むしろもっと気軽に合えるようになればいい。そう思っています。学院に入学すれば、きっとそうなるでしょう。ねえ、エリザ」


「楽しみにしていますわ」と、エリザベートが返す。「そんな風に気にかけていただいて……望外の喜びでございます」


「当然のことです。ヘンリック」とシャルル。バトラーの名前を呼ぶ。「贈りものを持ってきてください。クリスタル様、エリザ、ジュスティーヌ様、マルカイツ家の皆様。先日はこちらの都合で会えなくなってしまい、申し訳なかった。急な……ええ。用事が入ってしまいまして。隣国まで出向いていたのです。そこの名産品を取り寄せたので、いちど食べてもらおうかと」


 ヘンリックと呼ばれた初老のバトラーが、馬車から木箱を持ってきた。


「シュトーレンです。日持ちするので、すぐ食べる必要はありません。豪華ではありませんが……失礼、素朴なものが好きなものですから」


 クリスタル、エリザベート、ジュスティーヌが感謝の言葉を述べる。それぞれまったくテンションは違ったが。


「それからエリザにこれを。硝子の腕細工です。繊細ですが意外と壊れにくいとか」


 シャルル王子が青いベロアの箱をバトラーから受け取り、エリザベートに差し出した。


 中身はどこかエキゾチックな風を感じる、火を模した硝子細工だった。


 一目見たクリスタルがこの品がどれぐらい貴重なものかエリザベートに教え、感謝するよう伝える。


「大切にします」エリザベートはひとことだけ言った。「シャルル様」


「うん。ぜひ今度会うときにでも、つけてくれると嬉しい。君に似合うと思ったから」


 エリザベートが頷き、玄関先での主なやり取りはこれで終わった。あとは庭園を抜けて湖の近くに行くか、街に出るか、もしくは遠出をするか。


「霧は今日はさほど出ていません。午後になれば問題ないでしょう」と、クレア。


「街の方は今はあまりよくないかもしれません。市民運動が活発化しているので、あまり気晴らしにならなないかもしれないです」と、エドマンド。


 マリアは「まあ、ああいう闘争は外から見れば十分見ごたえのある見世物ですがね」と言いそうになったが、あまりにブラックな冗談だったため差し控えて、すまし顔で突っ立っていた。


 シャルルはあまり予定を立てたがらない。エリザベートとの逢瀬のときは大抵そうだった。みんなでこれからやることをわいわいと話し合うのが好きだからだと、そういう風に、言っている。


 しかし今日は違った。ああだこうだと言い合っている人たちをよそに、エリザベートの手を取り、こう言った。


「どこかへ出かけるのもよいですが、せっかく久しぶりに会えたのだし、お互いの近況などについて、ゆっくりと話すのもよいかもしれませんね」


 エリザベートが恍惚とした表情を浮かべる。シャルルの柔らかな笑顔に完全にやられているようだ。抵抗なく頷くと、クレアは「御茶菓子の用意をします」と言い、ジュスティーヌが庭園傍のテラスからの景色は今の時期少し寂しいので、二階の部屋を使った方がいいと言った。


「では、そうしましょうか」


 クレアがその場を離れる。エリザベートはクリスタルに一度呼ばれ、なにごとかを耳打ちされた。その後は屋敷の中をぞろぞろと数人の使用人を引き連れて、エリザベート、シャルル、エドマンド、マリアの順番に進んだ。


 二階の部屋へは四人だけが入った。


 簡単な応接間で、一階が使えないときのためのものだ。つまり普段使いはしていないが、使用人がきちんと仕事をしているのか、埃一つない。窓からは広大な平原と何軒かの屋敷を挟んで、聖ロマーニアスの王都が見えた。


 エリザベートは部屋奥のソファに座った。シャルルもそれにならい、正面に腰を下ろす。マリアはエリザベートの後ろに、エドマンドはシャルルの後ろに、それぞれ立っている。


「そういえば」シャルルがはじめに口を開いた。「こんな話から始めるのは失礼かもしれませんが……御父上のことは訊きました。ああいった襲撃は大変なことです。あなたも数日の間、気もそぞろだったのでは」


「はい。本当に……知らせを受けたときは、頭が混乱して、どうにかなってしまいそうでした……」


 それまでニコニコしていたエリザベートが、さっと暗い顔をする。

 マリアとエドマンドは、エリザベートの表情を見てなにか思うところがあるようだが、なにも言わない。


「無事で本当に良かった。グザヴィエ侯爵はこの国に必要不可欠な方ですから…‥と、このままだと湿っぽいまま進んでしまいそうだ。明るい話をしましょうか」


「そうですわね。そうしましょう! シャルル様は、ここ一か月、どうしてましたの?」


 シャルルはここ一か月であったことを順番に羅列していった。中等部を卒業してから、これまでやったことを簡単に。国務で向かった隣国での話をするときは、一旦、改めてエリザベートに謝罪し、それから話をした。


 事前に彼が馬車の中で騎士と話していたようなことを、話す予兆のようなものは、なにもなかった。わざわざエリザベートの前でだけ襲撃の話を持ち出したというのに、続けて訊くことはしない。エドマンドはややじれったく思っている様子だ。


 マリアは、またも見たことのない主人の姿に、内心面食らっていた。いつもツンケンしているエリザベートがふわふわと浮いて話しているかのようだ。殿下の言葉にいちいち頷いたり、大げさなリアクションをしたり……まるで普通の令嬢みたいじゃないか。


「ふう。少し長く話してしまいましたか。申し訳ありません。自分の話ばかり……」


「いいえ、とんでもございませんとも! わたくしシャルル様のお話なら、何時間でも聞いていられますわ!」


「それは有難い」シャルルが苦笑する。「では、そろそろあなたのことを質問してもよろしいですか?」


「もちろん! なんでも聞いてください!」


「お付きの騎士を選んだのですね」


「ああ、紹介がまだでした! こちらはマリア・ソ・フォン・アレクサンドル・ペローと言って、わたくしの新しい騎士ですわ」


 紹介されたマリアが顔を繕いながら一歩、前に出る。身を乗り出して手を伸ばすシャルルと握手をして、定位置に戻った。


「こっちは僕のお付きの騎士。エリザは会ったことがありましたね。エドマンド。自己紹介を」


「え? ええ。わかりました」


 エドマンドはじっとマリアの顔を見つめていて、反応が一瞬遅れた。彼女の名前に聞き覚えがあったらしい。


 エドマンドが名前を家名を言った。


「失礼。緊張しているようだ。それにしてもエリザが女性の騎士を雇うとは意外だったな。あなたの母上がそれを許したのも。あの方はもっとこう、見た目からして強そうな人を選びそうだから」


「そうかもしれませんね」エリザベートが含み笑いを零す。「でも、わたくしはマリアが騎士で満足していますわ。彼女は強く、しかも美しいのです」


「うん。そのようだ」


 そこへ、片手にポッドとカップを持ったクレアがやってきて、扉をノックした。マリアが招き入れる。


「本日はシトラスの紅茶でございます。ケーキはフォンダン、シフォンケーキ。タルト類よりもこちらのほうが宜しいと、クリスタル様が仰いましたものですから」


 がらがらとケーキの載った台が運び込まれる。


                 ▽


「聞かないんですか? 例の事」


 クレアが用意している間に、エドマンドがシャルルに耳打ちした。


 シャルルは笑顔を崩さず、失礼、と言ってその場を立ち上がり、ソファの裏に回った。


「例の事?」


「グザヴィエ・マルカイツのことです。てっきりその話をするのかと」


「ああ。その例の事のことか。君こそ、メードに話しかけに行かないのかい」


 エドマンドがクレアを横目で見る。


「行きません! どうして他人の屋敷でそんなこと! 話をはぐらかさないでください!」


「他人のメードは他人の屋敷いがいのどこで話すと言うんだろう。君は。冗談はさておき、僕もなにもしないつもりではないよ。ちゃんとタイミングを伺っているのさ」


「本当ですか?」


 エドマンドが疑わし気な視線を向ける。シャルルは笑って流す。


                 ▽


「お嬢さま、大丈夫ですか?」


 マリア・ペローが主人に話しかけた。


「なにがですの?」


 エリザベートがにこやかに返す。


「それですよ。それ。無理してません?」


 マリアの服の裾が引っ張られる。


「ちょっと!」


 クレアだった。ばれないよう表情は変えていないが、マリアに怒りを覚えているようだ。


 マリアをエリザベートから引き離し、部屋に背を向ける。


「不用意なことを言わないでください」


「そうなの? あれも普通?」


「普通かどうかはともかく、あれでいつも通りです。それより入ったとき見ましたよ。足を崩そうとしていましたね」


「直立不動に慣れていないものですから、つい」


「あなたはお嬢さまの一部なんです。あなたが評価されるということはお嬢さまも評価されるということ。それを忘れないでください」


「はい。わかりました。……コンスタンスにもそんなに詰めるんですか?」


「あの子はいいんです。まだ訓練の途中ですし……」


               ▽


 エリザベートは笑顔を続けていた。誰にもばれないよう、胸をそっと抑える。


――無理してない。無理してない。上手くやれてる。大丈夫……。


               ▽

 

 その後、淹れられた紅茶を一口、口にしてシャルルが提案した。


「午後は二人きりになろうか。エリザ。ここはちょっと、騒がしいようだから」


 その言葉は恐らく自分の騎士に向けられたもので、マリアやクレアに発言したものではなかっただろう。それでもその場のほとんどが反省した。クレアは特に恥じ入った表情になった。大声を上げたりはしていないが、真面目だからこういった指摘に一番動揺するのだ。

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