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第34話 分割思考-騎士 中

 翌日はいよいよシャルル王子と会う時期が迫ってきたこともあり、そちらの準備に追われていた。マリア・ペローと会談予定の十四時以降には時間を空けていたが、そのぶん朝早くからマナーチェックや会話の内容などを吟味させられていた。


 遡行前はそこまでさせられなかったので、これも遡行後の行動の影響ということだろうか。


 差しさわりのない会話。学院に入学してからのこと。最近の国務のほんのさわり。新たな騎士のこと。


(新しい騎士……か)


 エリザベートは発音の講師の言う通りに言葉を繰り返しながら、昨夜のことを思い返す。


 手紙を持って行かせたクレアは、夕餉の前には帰ってきて、エリザベートに報告をした。エリザベートが書いた手紙はきちんと受理され、コンシェルジュから渡しておくと伝えられたということだ。


 ついでにざっとホテルのロビーを見渡したが、本人の姿はなかったという。


 最後の部分は余計だが、クレアに頼めば大抵の仕事はスムーズに進む。昔からそうだった。


 そうだ。それなのにどうして私は……。と、そこまで考えてやめる。プライドが許さなかった。エリザベート・デ・マルカイツは後悔しない。間違わない。そうでないといけない。


 けれど、やはり、クレアを外したのは判断が早かったか……と、そんな風なことをぐるぐると考えながら指導をこなし、午後。


 エリザベートは苛ついた顔で玄関前を歩き回っていた。数時間前まであんなに心穏やかだったというのに、今はまたぞろ、見るものすべてに平手打ちを加えそうな形相である。


 十四時を回ってもマリア・ペローが現れなかったのだ。指導が終わり、コンスタンスと簡単な食事をとった後、十三時半頃に玄関からすぐの応接間でシャルル王子の好きな本を読みながら、マリア・ペローが来るのを待っていた。ケンドリック・クラブからは歩いてくることもできるが、マナーを考えれば普通馬車で来るだろう。


「……遅いな」


 エリザベートは五分前になっても現れないマリア・ペローに苛立ちはじめていた。同性愛はともかくこういうマナーが出来ていないのはマズい。


 着いたら一言注意してやろうと思い直してそのまま、一時間近くが経過していた。広間をうろうろしていたエリザベートはとうとう怒りを爆発させ、近くにあった椅子を持ち上げ、その重みでふらふらしながらも広間の時計を叩き割った。


 ちょうどその場を通ったメードが驚いて飛び跳ねる。コンスタンスはとっくに離れたところに立っていた。


「なんだ! クソ!」


 エリザベートから汚言が飛び出す。これもまた、癇癪が出たときの癖である。そのまま思いつく限りの汚い言葉を吐き倒し、散乱したガラスを椅子の足で何度も押しつぶす。


 幾人かの使用人がエリザベートの足元に飛びつき、また彼女をその場から引き離した。


「おやめくださいお嬢さま! 危険です!」


「黙れ! お前も殺してやろうか!」


 暴れるエリザベートをなんとか抑え、バトラーはクリスタルの名前を呼んだ。これをなんとかできるのは母親のクリスタルだけだと思ったのだろう。一方でエリザベートは発狂しながらも、またぞろその裏で愚痴を延々と垂れていた。


(なぜこうも上手くいかない!? なにもかも! マリア・ペローのクソッタレ! アイリーン・ダルタニャン! クレア! コンスタンス! 全部全部全部!)


 こんなことを考えるのは一体何度目なのだろうか。エリザベートは思う。自分はいつも上手くいっていないのだと。

 間違っていることがあるとでも言うつもりなのか? 正しくない手段をとっているとでも言うのか? なにが間違っていてこうなっている?


 今回の場合は、マリア・ペローなんぞに賭けた自分か。勝手なことに、頭の中にはマーゴット・マクギリスの勝ち誇った顔が浮かび――その顔は次々と違う顔になっていった。妄想の中でエリザベートはその顔に飛びつき、手で頬や鼻を千切り取って反吐の中に捨てていく。


 そのまま憤死しそうな勢いまでエスカレートした怒りを鎮めたのは、バトラーの呼びかけで階下まで降りてきた母クリスタルだった。

 

 クリスタルはまたも狂騒に走る娘の姿を見てため息をつくと、一言。


「あのふざけた騎士は返しましたよ」


 と言った。


「今なんて? お母さま」


 エリザベートが驚愕して母親の顔を見る。


 その母親のなんたる冷たい表情か。使用人を振り払い、母親に詰め寄る。


「どうしてそんなことを!」


「あんな女は我がマルカイツ家には相応しくありません。それだけのこと。わかったら自室に戻りなさい」


「そんな! あの騎士はようやく……」


 エリザベートは最後まで言葉を言うことが出来なかった。


 クリスタルが娘の頬を打ったのだ。


「なんですか、その口の利き方は。言ったでしょう、あの騎士は返しました。もうあなたに騎士は選ばせません。こちらで選びます」


 エリザベートはぶたれた頬を抑えながら、懇願の眼でクリスタルを見た。


「せめて……せめて理由を訊かせてください……」


「あの女は徒歩で、しかも時間に遅れました。こっちとしてはそれで十分だわ。わかったら早く! 自室に戻りなさい!」


 最早聞く耳を持ってくれることはなさそうだった。エリザベートは呆然としながら、自室に向かって歩き出した。クリスタルは直ぐ使用人たちに指示を出し、彼らは箒を持ってきて、散乱したガラスを片付けている。コンスタンスはいつもより大分距離を取りながらも、エリザベートの後ろをついていく。


 エリザベートは考えている。


「《《終わった……もう駄目だ……》》」


 もう一度。


「《《終わった……もう駄目だ……》》」


 もう一度。


「《《終わった……もう駄目だ……》》」


 もう一度。


 ……………………。


「違う」


 エリザベートの怒りがぶり返してくる。


「違う違う違う違う! なんでこうなったんだ? なんでお母さまがあいつを……時間を知ってる? なにも言ってないのに!」(お母さまがいても、マリア・ペローと話して”任命”することはできた。お母さまが知りさえしなければ……)


「お母さまはあのふざけた騎士だとか、時間に遅れただとか言っていた。出し抜かれたんだ。先に会って返した。でもどうやって?」


 エリザベートの思考はやがて、一つの答えに行きついた。クレア・ハーストだ。クレアに手紙を渡した。クレア以外にはマーゴット・マクギリスがいるが、あいつはもう父のところに旅立っている! クレア以外に母にマリア・ペローのことを知らせられる奴はいない!


 平手打ちのショックからか、とぼとぼと情けない歩調になっていた足が、猛然と動き出す。クレアのいるところへ。

 

ちょっとごちゃついて来ていますが、もうちょっとで整理できそうです。

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