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第33話 分割思考-騎士 前‐2

「これを私に……ですか?」


 差し出された便箋を見て、クレア・ハーストが静かに驚く。


 無理もない。


 クレア・ハーストとエリザベートは、屋敷内のメードのなかで特に強い主従関係を持つわけではないし、なにしろ妹のジュスティーヌのメードなのだから。エリザベートのメードを辞めさせられたという経緯もある。


 エリザベートは全く気にしない素振りで、続きを言う。


「そう。それをケンドリック・クラブの受付まで持っていって。コンシェルジュに渡すだけでいい。あとはあっちでやってくれるから」


「それは、よろしいのですが……ジュスティーヌ様はなんと?」


「それは私から話を通したわ。あの子もいいって」


 自分のお付きのメードを私用で借りられるなど、まずないことだが妹はひどく前向きだった。コンスタンスを代わりによこすのは嫌がっていたが。


「承りました。それでは……」


 クレアがエリザベートの手から便箋を受け取る。それで終わりのはずだが、何故だかつい、意味ありげに見つめ合ってしまった。


 先に口を開いたのはクレアだった。


「なぜ、と……お聞きしても、宜しいでしょうか」


 エリザベートは眼を細めた。そこにどんな意味があるのかと見透かすつもりでいた。アナ・デ・スタインフェルトの催しからしばらく、クレアと直接二人で話す機会はなかった。そんな必要がなかったとも言えるし、避けていたとも言えるだろう。


 エリザベートは自分がクレアを信用しているかどうかわからなかった。信用したいかどうかもだ。過去と現在がごっちゃになり、目の前にいる人間がいつ、どのようにして自分の前から消えるのか、そのきっかけとなるものはなんなのか、内に秘めたるものはなにか、その、不確かさ、確かめようのなさが、ディスコミュニケーションを生み出していると言ってもよかった。


 それだから、こうやってパッと頭に浮かんで会いに来るのでなければ、もし考え込んでしまうのなら、クレアに仕事を頼もうとは思わなかったに違いない。


 会えば何か定まるものが出てくるのか。そんなもの期待もしていなかったが、こうやって立ってみると、ますます煮詰まってくるだけだった。クレアがあの日、エリザベートを求めたことも、それが嘘でないにしても、結果として嘘に転じる可能性があることが、なにもかもを疑わしくさせる。


 だがこのときのエリザベートは、それを態度には出さなかった。癇癪の兆しもない。期待していなかっただけあって、期待を裏切られてもダメージが少なかったが、または信用できない相手との距離の測り方を学んでいるのか。


「別に。初めはコンスタンスに頼もうとして、だけど……ね? ほら、その手紙は重要なものよ。わかる? 間違っても失敗はしないで。あと当たり前だけど、中身は見るな。わかったらさっさと行って」


 返事も声色は平素だった。過剰にフレンドリィでも、冷たくもない。ただの返事。でもだから、奇妙に映ったのかもしれない。


 クレアはその点については掘り下げない。もっと別のところに触れる。


「そうではなく……その……どうして、私に依頼、するのかと……」言いかけてから踏み込み過ぎたとハッとして、クレアは頭を下げた。「お忘れください。お嬢さま。差し出がましいことを……」


「いいから、行きなさい」


 エリザベートが深呼吸をする。さっきからずっと平素でいるはずなのに、頭が沸騰しかけているのがわかった。腕を組み、早い呼吸を繰り返す。


 行きなさいとは言ったが、クレアが目の前からいなくなれば、次の瞬間にはきっとエリザベートは癇癪を起していただろう。クレアもそれがわかっているのか、便箋を手に持ったまま、立ってエリザベートを見つめていた。


 ここでまだなにかやらないといけないことがある。心理的な抑圧をクリアしないままでは、心の栓は閉じたまま。また破裂するのを待つことになる。


「ジュスティーヌは……」と、エリザベートが言う。続く言葉を探して、眼がきょろきょろと動く。「《《あの子も》》、騎士を探しているんでしょう? どうなの?」


 この時の”どうなの?”は単に進捗を尋ねたつもりの言葉だったが、まるで詰問しているかのような声色になっていた。


 しかしクレアは、これにも気づいているようだった。


「はい。探しておられますが、やはり時期が悪く……めぼしい騎士はいないようです」


「そう。やっぱりね。……お母さまはなにか言っていた?」


「いいえ。奥様からは今のところなにも……」


 すっと、頭痛のような熱が薄れていくのをエリザベートは感じていた。クレアの今の言葉ではなく、この全体の流れが、かちりとなにかにハマっているようだ。


「この手紙は……騎士様に当てたものですか?」


 クレアが訊く。


「中身に関する質問よ、それは」


 エリザベートが返す。ほんの少し、からかいのようなものを残す余裕さえあった。


 外出用の外套を羽織り、便箋を持ってクレアが出かける。エリザベートは午後に向けて講師の待つ広間に向かう。手紙にはマリア・ペローと翌日の一四時に会えるよう取り計らうことを書き記しておいた。今から質問を考えておかなければ。

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