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第31話 侯爵令嬢エリザベート・マルカイツはお付きの騎士を選べない。 後

少しごちゃっとしているかもしれない。

 あれは”今”から約一年後のこと。つまりエリザベートが舞踏会の場で”糾弾”されるより少し前のことである。


 聖ロマーニアスの公営運動場を舞台に、聖ロマーニアスと西の大国サンドリース、そして東の大帝国タガルーバの三国の騎士が集まり、親善試合を行う機会があった。戦争から六年が経過したことで、かつての戦いの相手であるロマーニアスとタガルーバの和睦を強調するとともに、大陸では二国と肩を並べる大国サンドリースとも親交を深めようという、フェリックス王並びに、”王の指”の外交担当であるアドニス・ケインズ肝いりの計画であった。


 計画であった……というのは、上層部の、もっと言えばその更に一部分の高官による認識だが、現場の雰囲気は少し違っていた。戦後まだ十年も経っていないタガルーバはもちろん、サンドリースを相手どったとしても、万が一負け越すなどということが起きてはならないと、騎士の選定からかなり神経質になっていた。


 加えてそこに商業主義が絡んで来れば、カオスになる。当時から力のあった商会が関わり、運動場周辺はお祭り騒ぎ。当初は関係者のみとしていた親善試合も一般開放され、それぞれの国からの観光客もかなりの数にのぼったようだ。


 親善試合はそれぞれ国から七名の騎士が参加し、公営運動場内の施設を用い、一対一の形式で行われる。騎士たちは番号を振り分けられ、違う国の同じ番号同士でそれぞれ二試合ずつ行う。いわば国同士の総当たり戦である。連続して戦うのではなく、基本的に戦いは同時にいくつかの会場で行われる。人気のカードと不人気のカードは時間帯が被ることが多い。


 当日あの日、エリザベート・デ・マルカイツは会場で一人、不機嫌だった。シャルル王子の手引きで入場、それからいい席での観戦が出来るよう取り計らってもらったものの、そのシャルル王子はどこかに消え、一人で過ごすことを余儀なくされていた。


 せめて自分の騎士が活躍してくれれば少しは気分も晴ようが、マーヴィンは「こういったことに興味はない」と出場を拒否。そもそも要人についている騎士は親善試合には出ないらしく、選ばれた騎士は上位ではあってもトップではない、という具合の騎士で半分が占められていた。


 なのでエリザベートは一人で退屈をしていた。元々剣の試合を見るのが好きなわけでもない。どこが強く、どこが弱いということもよくわかっていない。戦いのレベルが高すぎて細かいところがわからないというのもある。(まあ、この点を気にするのはエリザベートが変なのかもしれないが)


 それでも勝敗の結果だけはなんとなく気になったので、シュリンプをつまみながら、標高のある競技場全体を見渡せる席で剣と剣がぶつかり合うのを見下ろしていた。


 スケジュールはかなり複雑なので詳細な説明は省くが、昼頃に聖ロマーニアスと西の大国サンドリースの試合はすべて消化された。が、これが2勝5敗と惨憺たる結果に終わってしまう。勝ったのはオリバー・パーセットという王付きの騎士団に所属する騎士とジョン・ミューラーのみ。他にも有望視されていたものはいたが、全員が簡単に倒されてしまったという。この後、タガルーバとサンドリースの試合も2対5と同じ結果になったため、聖ロマーニアス側の面目はまだ保たれたものの、ますますタガルーバとの戦いを落とすわけにはいかなくなってしまう。


 聖ロマーニアスのジョン・ミューラーが、タガルーバの騎士を倒した。会場が熱気に包まれる。しかしその後、キャスパー・マキノンとハビエル・タウバが立て続けに敗北。この辺りは負けることも想定されていたものの、勝っていてもおかしくない試合だった。そしてその後、七戦中四試合が消化され、残りは三試合。二勝二敗と同率ところで、オリバー・パーセットと、もう一人はロージー・ラウンズという騎士の試合が同時に行われる予定だった。


 後で聞いた話だが、この辺りからアクシデントが立て続けに発生していたらしい。親善試合の裏でそれぞれの国が互いの情報を盗み合うスパイ戦が繰り広げられ、国の名誉のために親善試合にも手を出してきていたのだ。


 出ていなかった強者の騎士が急遽、試合に出ることになった。これにはシャルル王子も含まれていた。これも後で聞いた話だが、シャルル王子がエリザベートといなかったのは、アイリーン・ダルタニャンや仲間たちとスパイを追い詰めていたから。そしてアイリーンを傷つけたスパイを許すことが出来ず、シャルル王子は親善試合に乗り込んだのだ。


 これには相当、むかっ腹がたった。アイリーン・ダルタニャンを傷つけたスパイはそのまま親善試合へ送り込まれており、シャルル王子はこれを叩きのめした。


 この時エリザベートがなにをしていたか? 一人でいることがだんだん惨めになってきて、人混みを一人で歩くという、侯爵令嬢にあるまじき愚行に出ていたのだ。


 思い出すだけで癇癪を起しそうになる。実際、親善試合のあとは大荒れだった。コンスタンスさえ逃げ出すほどだったらしい。記憶があまりない。


 シャルル王子が勝ったことで、三勝二敗。勝ち越したと思われた。あとはオリバー・パーセットが勝てばいいだけ……しかし、向こうの交代した騎士グランデールによって、オリバー・パーセットは模擬剣で腕をへし折られ、足首を粉砕骨折する大けがを負って敗北。


 だが不思議なことに、勝ったのは聖ロマーニアスの方だった。エリザベートはあのときの奇妙な雰囲気を憶えている。ほとんどの観客が帰るかオリバー・パーセットの試合に来ていたために、もう一人の試合には人がいなかった。だからオリバーが負けた後にこちらが勝ったと聞かされても、一瞬よくわからなかったのだ。


 この時戦っていたのが、さもありなん。言わなくてもわかるだろう。マリア・ソ・フォン・アレクサンドル・ペローだったのだ。本来選出選手だったロージー・ラウンズはサンドリースの騎士との戦いで負傷していたため、補欠から彼女が選ばれたらしい。


 彼女が戦った相手も交代したタガルーバの強者だった。しかし彼女はそれに勝って見せた。恐らくロージー・ラウンズでは勝てなかったであろう相手だ。


                ▽


 これでわかっただろう。正確には”目の”当たりにはしていないが、マリア・ペローに恐らく風聞以上の実力があることは、エリザベートの知るところだったのである。


 問題は、彼女がなぜ除けられていたのかである。


「収監されているわけでも、死んでいるわけでもないんでしょう? 所在不明なの?」


 マーゴットが紅茶をテーブルに置き、ため息をする。


 エリザベートは元の椅子に座り、彼女の話を聞く。


「いいえ。少し前から王都近くの都市にいることは確認できています」


「負傷して使い物にならなくなってる?」


「いいえ。そのような話は聞きません」


 マーゴットが似たような言葉を繰り返すのを聞き、エリザベートはうんざりしてその場で足を組みなおした。


「ねえ。マーゴット。そろそろうざったくなってきたんじゃないの? さっさと理由を話しなさいよ」


「彼女は同性愛者です」


 マーゴットの顔が歪む。口に出すのも嫌なようだ。それにしても他の二人――ランス・ウォーノスとサビアン・カテドラルについて口にするときよりも、ひどい顔をしている。


 一般に同性愛は法で規制こそされていないが、聖ロマーニアス全体で忌避される雰囲気があるのは確かだ。教会の一部は今も同性愛の厳罰化をフェリックス王に求めることがあるし、庶民の暮らす地区でもところによっては男二人の距離が少し近いだけで汚い言葉を吐かれたりする。貴族も同様。庶民よりは数も多いが、それゆえ反応はよりリアルで、噂が立つだけでも相当な醜聞になる。


――いっぽうで、エリザベートは「なるほどね」と漏らす。


 マリア・ペローがこの資料通りなら、どうしてここまで残っていたのか不思議だったのだ。実力はさておき女騎士は基本的に間違いを犯さないとされている。令嬢はもちろん、令息も女騎士になるような人物とは身分が違うことが多いため、手を出さないのだ。逆に、手を出すために雇うこともあるようだが。


 彼女が同性愛者と言われているなら、確かに雇われることはないかもしれない。実力があったってそうだ。間違いがないために自分の娘に女の騎士をつけるのに、その女騎士に手を出されるかもしれないのでは。


 この反応は、少しずれていると言ってもいい。マリア・ペローが同性愛者なら雇われない理由はただ一つ、同性愛者だからなのだ。それ以外の理由はそもそも考える必要がない。


 意外なことにエリザベートはその点をまったく気にしていなかった。もちろん醜聞は気になるが、それ以上に彼女ぐらいの実力者を逃す方がずっと惜しいと思ったのだ。気付いていなかったが、妥協しないはずの彼女も、マーヴィン・トゥーランドット以外ならいいという領域まで来ていたのである。


「まさしく掘り出し物だわ。彼女にしましょう。マーゴット、連絡とって。……いや、あなたは嫌だろうから私がとるわ。コンスタンス、紙とペンを頂戴」


「おやめください! お嬢さま! そのようなこと!」


 マーゴットが悲痛な叫びをあげる。しかしエリザベートは歯牙にもかけない。


「うるさいな」エリザベートはマーゴットを睨みつける。「何様だって話よ。私がこうすると言ったら、そうするの。いい? 騎士は彼女よ」


「そんなもの旦那様も、奥様もお認めになるはずがありません!」


「それはどうかと思うわよ」


 エリザベートは鼻で笑う。彼女には策があった。


 もうじき、父が謎の集団に襲撃される。そうすれば母は父のもとへ向かう。家を空けるのだ。そのすきにマリア・ペローをお付きの騎士に”任命”する。”任命”は聖なるもので、簡単には解除できない。


 この狙いの半分はエリザベートの思惑通りに行った。遡行前と同じく父が襲撃にあったのだ。だがそれはエリザベートの記憶通りではなかった。父は負傷し、早馬でそれが伝えられたためタイムラグが発生。母親は想定よりも早く行ってしまった。ということは? 帰ってくるのも早い!


 エリザベートは頭を抱えた。だかこれはマリア・ペローの”任命”が難しくなったことではない。そんなものまったく頭になかった。


 父が負傷した? なぜ? 無傷の筈なのに。エリザベートの頭をぐるぐるとマイナスのエネルギーが回転し、渦を作った。その渦は彼女から理性的な考えを奪い去ってしまった。


 しかし、いいこともある。この間にも手紙はマリア・ペローの元に向かっていることだ。

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