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第28話 まだなにかありますか? 中

 エリザベートは目覚めたその足で、パースペクティブの元へ向かった。


 不思議なことに、この時のエリザベートは癇癪を起すよりも、なにかアクションを起こすことに怒りを使うことが出来ていた。


「パースペクティブ!」


 エリザベートは朝早くの時間であることを考慮には入れず、占星術師の名を呼んだ。ほとんど叱責に近い声量である。そして呼ばれたパースペクティブは、どうやら寝室ではなく一階の作業場で寝落ちしていたのか、雇い主の娘の声を認識すると、大量の紙の下からもぞもぞと這いだしてきた。


「はい……」


 パースペクティブはテーブルの本の上に放置されていた魔女帽子を目深にかぶり、エリザベートと相対した。


「なんでしょう」


 これまた不思議なことに、パースペクティブはどう見ても寝起きのような動きだったのにもかかわらず、顔は整然として、午後の忙しい時間の最中のようだった。


 実際、その方がずっとありがたい。寝起きのぼけぼけ頭で話をされるのはメードで十分なのだ。


 エリザベートは便箋を裏にして差し出した。文面を見られないようにだ。パースペクティブは便箋をじっと見て、不思議そうに首を傾げた。


「確か占星術には星見で人を探すのもあったでしょう」エリザベートが言う。「これ送りつけたやつを探したいの」


 言ってからエリザベートはきょろきょろと辺りを見渡した。あれに聞かれているかもしれない。というか、十中八九聞かれているだろう。ならメッセージをまた送りつけてくるかもしれないし、そうでないならそうでないことに意味がある。


 さっきの手紙を見てもそうだが、向こうはこっちになるべく干渉しないようにしているらしい。占星術師を巻き込んで堂々とお前を探してやると言うことは向こうの言うような”無駄な挑発”よりも一歩踏み込んでいることだ。そうすればまた接触してくるかもしれない。そうでないなら、見つけられない自信があるということになる。


「できないことはないですけど……」とパースペクティブ。「ぶっちゃけただ探すだけなら、侯爵家の権力を使った方がいろいろ早いと思いますよ……中は何ですか? 中傷文とか?」


 エリザベートは捲ろうとするパースペクティブの指を避け、便箋を彼女の胸元に押し付けた。


「中を覗いたら殺す。……そうだ。汚れてても追跡ってできる?」


「ええ? まあ、別に問題はありませんよ。ようは、そこにある”流体”を見分けられればいいので……インキぐらいだったら別に……血とかだと面倒ですけど」


 それを聞いたエリザベートはおもむろにテーブルの端に置かれていたインクに手を伸ばし、便箋の上でそれをひっくり返した。黒いインキがぼろぼろと便箋から、手の上に流れ、さらに床に散らばった本をも汚していく。


 パースペクティブはよほど驚いたのか「うわわわわわ」と口で言って足で本を蹴ってどけた。


「なんてことを……」


 エリザベートは床に這いつくばって掃除をしはじめたパースペクティブの背中にインクまみれの便箋を落とした。


「どれぐらいでできる?」


「えっと……そうですね、まあ一日でできますよ」


「相手が魔法……占星術で最大限防御していて、しかも凄腕の魔法……占星術師だったら?」


「それは……もしも話にしては具体的ですねえ。それならいつになるかはわかりませんとしか言えないです。私、世界一とかではないので。なんとも。でも枚数が多ければ多いほどチャンスは増えますよ。それはホントです」


「何枚ぐらいあれば、いける? 例えばうちの国で最高のレッサー・ウィザードであるハーゲン・クロエネンだったらどう?」


「クロエネン氏ぐらいなら……ううん、そうですね、直筆の紙が十枚ほどあれば、時間はかかりますが探せると思います。でも違うんですよね」


 ええ。相手はもっと格上だから。


 そうはエリザベートは言わなかった。むしろ、なんの感情も出さず、なんの情報も与えずに徹したぐらいだ。パースペクティブは頷いて、背中から便箋をとって、分厚い本の上に置いた。


「インクまみれ……べたべた……ああ……」


「あとでまた来る。紙は他にもあるからね」


「はい……」離れから去ろうとするエリザベートへパースペクティブが質問する。不敵な笑みを浮かべていた。「これって時間の魔法がらみですか?」振り返ったエリザベートは眼を細め、そこにからかいのようなものを見出すと、「死ね」と一言残してその場から去った。


                ▽


 屋敷に入ってから、手や服がぐちょぐちょになっていることに気が付いた。先ずは着替えなければ。不幸中の幸いか、悪夢のおかげでひどく早起きだったので時間はまだある。湯舟に漬かるほどの時間はないが。


 エリザベートは昨夜のことを思い返した。


 自分が事故や事件について記憶している……彼女はこれを利用できるのではと考えた。


 あのとき考えたのはそれだけではない。事件や事故を憶えているということは、直近一か月に限れば、さらにもっと忙しくなる可能性もあるということなのだ。ただでさえ参っているというのにこれ以上……続く言葉は、プライド高いエリザベートとしては想うことも許されない。最近になって気が付いたが、こうも忙しいのは遅れのせいだけではない。母クリスタルの思惑も多分に含まれている。娘に限界まで探させて、間に合わなかったときにマーヴィン・トゥーランドットの選択肢を出すつもりでいるのだ。


 でもそうはさせない。エリザベートは思う。それは、騎士選びを巡る思惑だけのことではない。彼女に対するすべての障壁に対してだ。


「この先なにがあったか……もう一度思い出さないと。全然憶えていないから……それから騎士選び。もう本当に時間がない……」


 エリザベートはくちびるの皮を食んだ。湖で切ってしまった傷口はまだ残っている。ぴりりと痛み、口の中にやわく血の味が広がる。血と唾の混ざったそれを飲み下し、エリザベートは母親の部屋へ向かった。

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