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第148話 なにかが道に落ちている 中-4

 マリアの足元で足にピッケルが刺さったままの騎士が這って彼女から逃れようとしている。


 マリアは殺した騎士の頭からピッケルを引っこ抜き、死体を後ろに倒した。


「三人だけか?」


 マリアは張って逃げようとする騎士の傷を踏みつけた。


 騎士が声を張り上げ、その場にぐったりと倒れ伏し、脱力する。マリアは足から生えたピッケルの柄を持ち、ぐりぐりと動かした。そしてマリアは、横合いから飛んできたクロスボウの矢を手甲で弾いた。


「四人か。もう一人は隠れてるな」


 マリアは騎士の脚から無理やりピッケルを引っこ抜く。痛みのあまり気絶した騎士を捨て置き、ピッケル一本で家屋に踏み込んでいった。


                ▽


 エリザベートはその一部始終を窺っていた。自分にひしと抱き着くコンスタンスをいったん引き剥がし、あけ放たれたままのドアを閉めた。


 マリアはやっぱり強い。エリザベートはそう胸を撫で下ろす。正規の騎士を連続で三人相手に出来るとは。


 彼女がいて本当によかった。でなければこの状況、明らかに詰んでいる。


「ここから逃れることはできそうだけど……。コンスタンス、大丈夫?」


 そう言って振り返ると、彼女は死体を前にして放心状態でいるようだ。狭いカーゴの中で床に血だまりをつくって死んでいる騎士と、一緒にいるのでは、精神状態が悪化しても仕方のないことだろう。元々コンスタンスは素直なだけで図太くはない。エリザベートははあ、とため息をついた。


「そこで吐く前にこっちに来なさい」


 エリザベートは小窓を開いてコンスタンスを座席のうえに立たせた。ドアよりもさらに小さな景色がある。馬車は馬が外されているのか、目立った障害物はない。それどころか、自分たちと一緒に出発したはずの他の馬車も無かった。


 自分たちだけ隔離されて殺されそうになったということだ。他の馬車はどこへ行ったのだろう? また、道にも見覚えがあった。ここは屋敷から学園への最も安全な道だ。行くときも帰るときもこの道をつかっている。城とはまったくの反対方向だった。


 エリザベートは流れてきた血を避け、座席のうえに上がった。マリアが戻ってきたらすぐここから出て移動したい。意識すると血なまぐさい匂いが肺のなかに入ってきて、もどしてしまいそうだった。


「ちょっと横にどいて」


 エリザベートはコンスタンスの横に立って外の空気を吸った。荒れ果てた街の匂いがした。燃える木材や砂の匂いと、かすかな血の香り。それでもずっとマシだ。


 息を数回吸うと、気分が落ち着いてきた。


 そこへ家屋から手に真新しい血のついたクロスボウを持ったマリアが出てくる。


 彼女は馬車の前で一旦立ち止まり、舌打ちをした。ピッケルを刺して放置していた騎士が死んでいたからだ。致死量の出血があったせいだろうか。念のためしゃがんで息を確認すると、口の端から不自然な量の泡が出ていた。


「自死を選んだか。はん、気合の入った奴らだな」


 マリアは馬車の扉を開き、出てきていいと二人に向かって手を振った。クロスボウの状態を確認し、周囲を警戒する。


 馬車から降りたコンスタンスは地面に手をついて疲労感のある息を吐いた。エリザベートはマリアに車内で考えていたことを伝えた。


「他の馬車ですね。確かにどこへ行ったかは謎です。近くにいるような気配もない。お嬢さまの推測が正しければ、馬車はご自宅へむかわれていたと。そうなら他の馬車も同様に、それぞれの家に向かったのかもしれません」


「狙われたのは私たちだけ? それともみんな狙われたのかしら」


「思うに。思うに、私たちだけではない。あのときホールで選ばれたのはみんなお偉方の子供ばかりでした。一方で選ばれなかったお偉方の子供もいた。ホールで叫んでいたでしょう。俺の親父は海運大臣だとかなんとか……」


「つまり作為があって選ばれてるということね」


「共通点がわかればよいのですが……」


 そこまで言ったところで、誰かがエリザベートのスカートを引っ張った。誰か、と言ってもこの場にはマリアとエリザベートのほかにはコンスタンスしかいない。彼女は気分の悪そうで、今にも泣き出しそうなか細い声でこう言った。


「ここから移動しませんか」


「ああ、忘れてた」


 エリザベートが返す。マリアがふっと笑って手甲を外し、指でコンスタンスの目元を擦った。


「そうだな。早く移動しよう。ここに突っ立っていてもまた襲われるのが関の山だ」


「でもどこへ行くの? 騎士に襲われたのよ? 屋敷へ行く? 彼らはそこを目指していたのだし……」


 エリザベートの提案を、マリアは首を振って否定した。


「お嬢さまのご心配もわかりますが、屋敷はかなり堅牢です。そう簡単にはいかないはず。それよりもまず味方のところへ行きましょう」


 この場において唯一味方といえる人々がいる場所。


「そっか。学院ね。ここからそう離れてはいないし……」


 シャルル王子にここで起こったことを伝えれば、力になってくれるはず。問題は外にギルダー・グライドの騎士団がいた場合、学院に辿り着くまでに殺されてしまう可能性があることだが……。


 エリザベートの心配は杞憂に終わった。学院には誰もいなかった。


 

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