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第136話 エリザベート・マルチプル・オブ・マッドネス

 エリザベートは信じられない目で掌に乗った”魔除けのアミュレット”を見た。確かに、最後にアミュレットを持っていたのは自分だ。マリアの手から取り、怒りのまま一度はオクタコロンにとどめを刺そうと近づいた。


 けれどメアリーに時計のなかへ引きずりこまれたあとは、自然と手のひらから無くなっているように感じていて、自分でもそれを受け入れていた。魔除けのアミュレットはオクタコロンにも効いた。あらゆる魔術を妨害する強力な魔道具だ。恐らくメアリー・レストがそれ以上の魔術師であるからと言って、アミュレットの効果に気を配る必要がないとは思えなかったのだ。手からなくなった理由をあえて文字に起こしてみるのなら、それはアミュレットを邪魔に思ったメアリーが遡行の際にどこかへ投げ捨てたから、となるだろう。


 それが今ここにあるということは、アミュレットの効果はメアリーには通用しないということなのか。確かにこれがあれば、エリザベートでもオクタコロンを殺すことができるかもしれないが……。


「いや、違うよ。わからないけどお前が考えてるのは、違う。アミュレットには元々意思があるんだ。アミュレットが持ち主と認めた相手が持っていなければ効果を発揮しない。例えばお前の騎士だったマリア・ソ・フォン・アレクサンドル・ペローとかね。今ここにあるのも、アミュレットの意思だ。お前に協力すればマリアが助かるかもしれない。力を貸してくれるためにここにいるんだ」


「アミュレットが、私に力を……」


「それを使って生き残れるかはお前次第。不安だが、私は直接手出しできない。というより、手出しをさせるな。時間を稼がないといけないからな。奴らと……ああ……話の途中だが、来たぞ。お前の”実感”が」


 エリザベートは立ちあがり、空を見上げた。場所は大きなガラスとその向こうの光景がある、奇妙な空間から、見覚えのある場所になっていた。マルカイツ邸だ。


 エリザベートはぐっとアミュレットを握りしめた。


                ▽


 造花を踏みつぶし、オクタコロンが現れる。アミュレットを身に受けた後遺症と、無理やり時間を越えてきた余波により、存在の解像度が大きく下がっている。


 メアリー・レストは丘のパビリオンの中で椅子に座って、彼女を見降ろした。


 オクタコロンは蜘蛛のように這って動いた。無様な姿だった。


「彼女ならここにはいない。自分の記憶の回廊にいる。青い壁の中だ」


 マリアを殺めたときや、エリザベートを追いかけていたときの姿とは違う。出て来たばかりの未成熟の状態とも違っている。消耗し、死にかけている。


 声を出すこともできないぐらいだ。少なくとも現実に実体化していては虫も殺せないほどに弱体化している。


(半分はアミュレットのせいだろう。身体を留めていた《《留め具》》があれで外れたんだな。もう半分は、ここという空間のせいだ。ここは時間を越えた”名前のない場所”。予言の民たちの崇拝対象の”名前”つまり存在を借りて出てきたこいつは、ここでは実体を保ち切れないんだ)


 オクタコロンが長い脚の一つを立て、メアリーの目線まで体を持ち上げた。脚はぐらぐらと揺れ、今にも倒れそうだった。


 メアリーは椅子から立ってテーブルをどけた。オクタコロンが飛び込みやすくなるように。オクタコロンはそれを汲み取ったか、それともただ目の前に道を見つけたからか。渇きに飢えた虫が入水でもするように、エリザベートの記憶へと沈んでいった。


「記憶の中に入れば脅威なのは変わらない……頼むからすぐやられるのはなしにしてくれよ。エリザベート」


                 ▽


 エリザベートは”落ちて”きたオクタコロンを見ておおいに驚き、その場で後ずさった。


 オクタコロンは完全に死にかけていた。地面に叩きつけられてすぐ、現実から記憶の世界、特に、自分と因縁深いエリザベートの記憶の中に入ったことで多少、存在の形を整えられはしたものの、無理がたたっているのは明らかだった。


 アミュレットを押し付けられた直後のように、体のあちこちにノイズがかかり、声も途切れ途切れにしか聞こえない。エリザベートの名前を呼んでいることはわかった。


 エリザベートはオクタコロンに近づいた。前は力を温存して自分を騙し打ちしようとしていたが、それすらできるようには見えない。アミュレットを手に持ち、オクタコロンに触れると、触れたところから溶解しそうになっていた。


「後味悪いわ……こんなの」


 早く終わらせようとエリザベートは、オクタコロンの中へアミュレットを持った手を突っ込んだ。オクタコロンが音を立て、みるみるうちにエネルギーを失っていくのを感じる。


「そこまでして、私を殺したかったわけ?」独り言のつもりで呟いた。その言葉を、オクタコロンはかろうじて残った意識で拾い上げる。


「苦しめばいいと思ったんだ……」オクタコロンが静かに、ゆっくりとそう言った。「私の苦しみを、味わう責任が、お前にはある……」


「それは」エリザベートは”それはあんたの中にある記憶を読み解くことによって?”と尋ねようとした。


 尋ねる前にオクタコロンはゆっくりと溶けていった。見届けたのはエリザベートだけ。そしてオクタコロンの記憶が、エリザベートの中になだれ込む。


 オクタコロンはエリザベートを飲み込んでいた。


 体が大きなガマガエルのようになって、エリザベートを飲み込み、口からアミュレットを持ったエリザベートの腕が飛び出していた。

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