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第134話 エリザベート・マルチプル・オブ・マッドネス 前‐2

 次に見たのは、もう少し後のエリザベートだった。状況も違った。部屋自体はさっきと同じだが、地面にネズミの死体が落ちていた。ベッドもずっと薄く、かちかちだった。窓枠から見える木々も、記憶より鋭く、また闇深さを感じた。エリザベートはその時間のエリザベートに憑依するような形式ではなく、窓枠から見るような形式をとっていた。


「ここまではお前にもまだ理性があった。ファーメインでの生活は屈辱的なものだっただろうが、お前は復讐を考えることで理性を保った。世界に対する復讐心だ。中でもそれは、アイリーンに向けられていた。さっきと部屋が違うと思ってるな。それは、さっきのがお前の認識を基にした一種のファンタジーだったからだ。

 ファーメインはもっと酷いところだった。実際はな。お前は記憶を失ったとともに、その記憶に対する実感も失った。だからこれを見ても《《その中のお前ほど》》動揺はしないだろう。今はそれでいい……それがいい。それぐらいの感覚で、お前を刺激していく。少しずつ、記憶を復活させるんだ」


「ぱっと魔法でできないものなの?」


 エリザベートが窓枠の向こうの自分を見て、うんざりした声で言った。


「できないし、やらない。言った通り、それがいいんだ。教えといてやるが、ここから先、お前はもっと不快な目に遭うぞ」


 メアリーの声が降ってくる。《《メアリー》》。やっぱり違和感がある。こいつがメアリー・レストを名乗っているのは変だ。マルカイツ家の占星術師であるパースペクティブ然り、魔術師の名前にはもっと形式ばったものが多いからだろう。


「ねえ」


 エリザベートが上を向いて言う。そこに本当にメアリーがいるのかはわからないまま。


「なんだ」


「あんた、ホントの名前は何て言うの? メアリー・レストじゃないんでしょう?」


「……それ、今聞くようなことか?」


「思いついたときに訊かないと気持ち悪いでしょう。後で忘れたりしたら」


「忘れたら気持ち悪くなんてないだろう」


「忘れても気持ち悪い時もあるものでしょう」エリザベートが言う。言ってから、メアリー・レストがさっきエリザベートにエリザベートの記憶が恐らく無意識にフィルタリングされていることと、エリザベートが真実の記憶をこうして見ているときの精神状態を”記憶と共に実感を失った”と言ったことに気が付く。これは間違いだ。もしくは、意図的に誤謬している。封じ込めることと消すことは違うのだから。


「目の前のことに集中しろ。僕の名前なんぞに気を引っ張られてると、重要なものを見逃すぞ」


「重要なもの、ね」


 エリザベートはベッドから引きずり出され、担架に乗せて運ばれる自分を見ながら、皮肉っぽく笑った。笑うと彼女は、マリアを少し思い出した。彼女の皮肉っぽく、ブラックな笑いに対するクレアの反応もだ。エリザベートは真顔になって頬を手で摩り、なにも思わないように努めた。


「一週間に一度の、臨床心理士との面談だ。だが実際は話すことなどほとんどない。最新の精神医療や薬品類が使われていたみたいだな」


 エリザベートは頬をさすっていたが、自分の連れてこられた部屋を見て、ひゅっと息をのみ、頬に指をたてて爪を喰い込ませた。


「……どうした? ここはまだ、限界点ではないはずだぞ。記憶もない。実感もない。あったこととして見ているだけだ」


「……いえ、ここには”実感”がある」マリアは強烈な不快感を憶えていた。今までずっと、灰色だけで構成されていた画面の向こうに、急に光が色を持って差していた。


「ここは……あの診察室だ」

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