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第129話 そうそしてそれが私の後悔 後

「どういうことだい? これは」


 オクタコロンが足をぶるぶると言わせ、クレア・ハーストに脚を突きつけた。


「どうして動ける?」


「それは、さほど考えなくとも、わかるのではないでしょうか」


 クレア・ハーストが首をひねってオクタコロンを見下ろした。オクタコロンはクレアから顔を逸らした。自分もわかっていない、自分がわかっていること――あるいは、こちらに自省を促すような眼差しから逃れたのだ。


 それはオクタコロンにとって屈辱的なことだったが、そうしたことでオクタコロンはこの事態を引き起こした要因について閃くことができた。


「あの魔術師、トチ狂ったか。エリザベートはともかくクレアに干渉するなんてリスキーすぎるだろ。修正されるぞ」


 呟くように漏らす。考えてみれば、それ以外にないのだ。この状況を操れるのは自分を除けばメアリー・レスト以外にいないというのに。


「お嬢さま」


 クレア・ハーストがエリザベートに声をかける。普段通り。いや、普段通りを心がけていると言うべきか。クレアはエリザベートのメードだったときと同じように、背筋をまっすぐさせ、視線を交わす――前は気に入らないこともあったが、この時は――感じることなく、平素でいられた。


 その様子を見て、オクタコロンはさらに気づきを得る。


「お前、思い出しているな。いや、思い出させられているというべきか。ともかく、この時間軸だけのお前ではないな」


 メアリー・レストの手によって。クレアは遡行前の記憶を”教えられて”いるのだ。そのクレアは、時限から逃げる臆病者ではない。時限に達し、自分の愚かさと向き合ったあとのクレアである。


「私は今、お嬢さまと話しています」


 クレアが毅然とした口調で言う。


「お嬢さま」


 クレアがそう繰り返す。


「久しぶりだよ。その感じ」


 エリザベートも直立になって、そう返した。


「……申し訳ありませんでした。お嬢さまの前から姿を消してしまって……本当に、本当に遅くなってしまいました」


 見つめ合ったまま、暫し。


 一体何を言えばいいのだろう。エリザベートもクレアも、わかっていた。クレアが動けるというところの意義は、一つしかないということを。


「行ってください。行って。まだ、手遅れではありませんから」


 わかっていてもエリザベートはぐっと、喉からこみあげるものを抑えた。目頭が熱くなるのを耐えながら、エリザベートは頷いた。

 エリザベートは心のしこりのために、クレアをそのままにして去ることに強い忌避感を憶えていた。クレアがただ喋ることができることに意味などなかった。思い出を語ったり感傷に浸ったりすることなど。

 彼女はただ、エリザベートが自分を見捨てられるように、言葉を発するだけなのだ。


 エリザベートが更に思惑から外れようとしているのを見て、オクタコロンがその場で悔しそうに体を動かした。まだ自由には動かない。クレアを捕らえ、殺すことは簡単だが、エリザベートを追いかけるにはまだもう少しだけ時間がいる。


「おいおい。勝手なこと言ってるんじゃないよ。殺すぞ! 殺すっていってんだぞ!

クソッ、待てよ! メアリー・レストめ。反則だぞ! こんなの!」


「助けるから。絶対に」


 エリザベートが去り際に声をかける。クレアはほんの少し、驚いた顔をし、それから微笑んだ。


「お待ちしております」


 待て! 


 絶叫を背にエリザベートは駆けだした。行き場所は一つだった。

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