表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/189

第127話 ダウンレンジ 後-2

 マリアが刺された瞬間を、実のところエリザベートはほとんど目にしていなかった。


 オクタコロンの放った攻撃がマリアを貫く――その一瞬はあまりにも短く、エリザベートがそれをはっきりと認めたときには、すべてのことのほとんどが終わりを迎えていた。


 マリア・ソ・フォン・アレクサンドル・ペローは、直感的に、これが致命傷になりえることを察知した。エリザベートを庇って刺されたのはいいが、後先についてはなにも考えていなかったと。流石だったのは、オクタコロンを見てすぐ、状況をはっきりと理解したことだろう。重要なのはクーデターそのものではなく、すぐ近くにいたエリザベートのほうだったのだ。この奇妙な怪物が、ここ最近の陰謀に答えを与えるものなのだろう。


 オクタコロンの脚はあっさりとマリアの鎧を貫き、胸部に到達した。マリアの身体を浮き上がらせ、空中にはりつけにする。


 庇っただけじゃ意味がない。エリザベートを守るにはあまりにも不十分だ。それはオクタコロンのほうも分かっていた。


                 ▽


 オクタコロンはほくそ笑む。時間が止まり、エリザベートとの追いかけっこが始まった中、自分の失敗を誘発する唯一の懸念点は、”魔除けのアミュレット”を持ったマリア・ペローだったのだ。そのマリアを不意打ちで殺せた今、エリザベートは完全に無防備。メアリー・レストが直接こちらに介入できない以上、この時間において失敗する目などない。後はもう一度遡行を繰り返し、好きなようにやるだけ。《《宇宙を終わらせるために。》》


 その間、実に一秒。たったの一秒と見るか、一秒もあったと見るか。


 マリア・ペローは、一秒もあるのだ、と考えた。一秒あれば十分だ。《《オクタコロンは重大なミスを犯している》》。


 マリアの言うオクタコロンのミス。それは彼女が、わざわざアミュレットの金具を狙って脚を放ったことだった。そのために脚は、わざわざ奇妙なカーブを描くこととなった。首から落ちていくアミュレットを見て、マリアは閃いた。


 この敵はアミュレットを恐れている。


 オクタコロンの脚が胸を貫き、心臓の三分の一を抉り取ろうとしている。身体が宙に浮く。これは不味いだろう。だが、一矢は報いる。オクタコロンはマリアが右腕に神経を集中させ、はりつけの最中、首から落ちていくアミュレットを捕まえたことに気づかない。


「頼みの女騎士は死んだ! お前のせいで! これでわかっただろう。お前が死んだ方が、すべてうまく――」そこまでだった。エリザベートが絶望を顔にはりつけ、オクタコロンが高笑いをはじめる。そんなことは許さないとばかりに、マリアは最後の力を振り絞り、胸元から生えた脚にアミュレットを押し付けた。


 途端、オクタコロンが甲高い悲鳴を上げて地面に落下する。オクタコロンによって空中にはりつけにされていたマリアも同様だ。エリザベートは彼女の地面に激突する音でようやく、我に返り、騎士の名前を叫んだ。


 「力がっ、力が抜ける! クソッ! 逃げるな! 逃げるな……エリザベート……」


 オクタコロンは体の状態を保つのがやっとだった。元よりそれは、曖昧な構造をしているのだ。本来に限りなく近い姿であるあの貧相な状態では、虫も殺すことはできない。


 エリザベートはオクタコロンなど見ていなかった。騎士にかけより、口が半開きになった彼女の顔に触れた。


 オクタコロンからはエリザベートがなにを言っているのかはわからなかったが、忌々しいあの女騎士が死んだことは、彼女の様子からわかった。


 エリザベートはアミュレットを掴み、オクタコロンを振り返る。


 それを見てオクタコロンはしめた、と思った。エリザベートが近づいて来れば、迎え撃って殺せるだけの体力はある。


 エリザベートが近づいて来る。アミュレットをもっとオクタコロンに押し付け、殺すつもりでいるのかもしれない。馬鹿な娘だ、とオクタコロンは思う。《《あのアミュレットはそういうものではない》》。


 二歩、三歩。三メートル以内に入ってきたら、殺すつもりでいた。しかし、エリザベートはそれ以上近づいて来なかった。脚が届く範囲のぎりぎりで、立ち尽くしてしまう。


「それでなにをする気だ?」


 オクタコロンがわざと焦った言い方をする。あたかもエリザベートがやろうとしていることが、最大限の効果を発揮するものだと誤解されるように。


 けれどそれでもエリザベートは近づいて来なかった。


 焦燥感にかられ、顔を上げる。エリザベートと目が合う。


                  ▽


 確かにエリザベートは、オクタコロンに対し、未だかつてないほど静かに怒りを感じていた。アミュレットを持って殺そうとしたのも事実だ。だが、オクタコロンの顔を見て、思いとどまった。


 オクタコロンがまだこちらを殺す手立てを持っていると気が付いたからだ。オクタコロンがこちらを見る”顔”には、見覚えがあった。素知らぬ顔で本心を隠し、こちらを嘲る。あれは”悪意”の顔だ。エリザベートは生まれてからずっと、ああいう顔をした人間に囲まれていた。


「思い通りには、ならない……」


 ぐっとアミュレットを握りしめる。倒れ伏すマリアを振り返ると、その場から走り去ろうとする。


 オクタコロンが驚愕に目を見張る。まだ自由には動かせない体を揺らすようにして移動し、エリザベートの背中に絶叫を投げかける。


「待て! 待てよエリザベート! 本当にいいのか!」彼女は無視して走った。


「私を殺さなくていいのかよ! マリア・ペローを殺したぞ!」頭が沸騰しそうなほど動揺している。ずっとだ。でも、走った。


「こっちには人質が要るんだぞ!」


 本当の本当に焦ったオクタコロンはそう言って、誰かの体を人形のように抱きかかえ、エリザベートを呼び留める。振り返ってしまう。今度に驚くのはエリザベートのほうだった。時間が止まって動かないクレア・ハーストの喉に、オクタコロンの脚が突きつけられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ