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第11話 魔法に関するあることとあること 中

「クレア……」


 テーブルを挟んで向こう側にわざとらしい魔女帽を被ったパースペクティブが立っており、手に鏡を持っていた。スペイセクの身体はこちらを向いておらず、パースペクティブの向かいにある壁際のベンチに向かっている。占いを待つあいだ、座っている場所だ。そこに今はジュスティーヌのメイドをやっているクレア・ハーストが、スカートの上で拳を丸めて座っていた。


 クレア・ハーストは緊張の面持ちでエリザベートを見上げている。


 一瞬、戻ろうかと考えた。コンスタンスに聞かれたくないからと無意味な用事を押し付けたというのに、クレアがいるのではこっちこそ無意味になってしまう。 


 それでもその場に残ったのは、クレアのために出て行くという行動をとるのが癪だったからだろう。出ていけと言わなかったのは、離れの床があまりに汚いせいでクレアが出て行こうとすれば必然、エリザベートは彼女に場所を譲らなければならなくなり、それもまた癪だったからかもしれない。


(気に入らない……)


 離れは狭いが三階建てで、一階は客をもてなす場所、二階は研究室兼倉庫、三階は寝室。以前は二階が寝室で三階が研究室だったが、見ての通り研究室の下に部屋があるとそこにものを貯める癖があるので、今は三階が寝室になっている。


「お嬢さま、お嬢さま、そこでお待ちください」


 パースペクティブがクレアの隣を差す。


「そこで?」


「はい」


 エリザベートはため息をする。

 

 このため息は、クレアの隣と言っても、ベンチにまで本が積まれているせいでほとんど密着するような形になってしまうことからだった。使用人と密着するなどエリザベートには到底受け入れがたいことだ。


 だがベンチの上の本をどかそうにも本はエリザベート一人でどかせないようなサイズのものが何段にも重なっている。上に座るような滑稽な形を晒すのは嫌だ。仕方なくクレアとスカートが触れるほど近くに座る。ただ足を組んで、自分のほうが立場が上だと示すことは忘れずに。


「いったいなんの用でここにいるの」


 正面を向いたままエリザベートが問うた。


 向いている方で言えば、パースペクティブが自分に話しかけているのだと勘違いしてもおかしくないが、彼女は手鏡に水を垂らして光をあてる作業に夢中で、気づいてもいない。クレアは鈍くないので自分に話しかけているのだとわかる。


「……ジュスティーヌ様に、天候について尋ねるよう、託されました」


「ああ。土いじりね」


「はい」


 クレアはうつむきがちになりながらこう続ける。


「植えるときにはお姉さまに立ち会って欲しいと、言っておられました」


 エリザベートがクレアのほうを向いた。


「それ伝言?」


「いいえ、ふと……そのように仰られていました」


「そう。じゃあいかない。クレア。それはお前が言っていいことだったの?」


「ジュスティーヌ様は本当はお伝えになりたいのかと……しかし、断られることが恐ろしくて、実際には口に出さないのかと……そう、思います」


 クレア・ハーストのこういうところが嫌いだったのだ。エリザベートは考えた。クレアは目を合わさない。直接言うのでもない。そして、あてつけのように言うのでもない。ただ、言葉の強弱が言外の意味を含ませ、こちらに想像させるのだ。声に載せられた言葉というものは、往々にしてそのような効力を持っているものだが、クレアの声は特別その能力に長けているように思えた。


 また胸糞悪くなってきた。どうしてこんなところに隣り合って座っていなければならないのか。


 それもこれも、離れが汚いせいだ。そうに違いない。パースペクティブにもうんざりしている。本当は奇麗好きなのに。


 会話が途切れ、なんとなく気まずくなっているところを、パースペクティブの声が切り裂いた。こちらの声には、感情もなにも籠っていないように思えた。


「結果が出ました。ずばり、次の天候不順の次の日の朝に、植え始めるのがよいでしょう。その日一度だけ嵐がありますが、それが過ぎ去れば春までは安泰です。もちろん、種を踏みつぶしたりしなければの話ですが」


「そんなことは致しません」とクレア。


「なら結構。もう少しいてください。正確性のためもう一度占うので」


 パースペクティブがこちらに向き直る。


「お嬢さま。本日はいかようでしょうか。見たところ、天候に興味があるわけではないようですが」


「ええ」エリザベートはちらりとクレアを見て、立ち上がった。「あんたに魔法に関する質問があるの」


「魔法の?」とパースペクティブ。「それはなにやら……大袈裟ですね。わたくしは占星術師です。今の時代の、過去に”魔術師”がつかっていたようなものの断片を扱えるものたちはみな、そうです。お役立ちできるかはわかりませんが」


「選択肢を広げているだけだから。構わないけど」


「そうですか、それならば心配はありません。それではお嬢さま。ご質問を」


 エリザベートは深呼吸をした。そしてもう一度、今度はクレアを見下ろした。クレアは自分がなぜ見られているのかわからないという顔をしていた。


 エリザベートは目を瞑り、少しだけ躊躇した後、質問を繰り出した。


「時間って戻せるの?」

 

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