傲慢で高飛車な悪役令嬢は、何も変わらなくていい
評価・ブックマーク・感想ありがとうございます!
大変励みになります。
この国の王太子である私の婚約者、カミラ・サマセットはあまり評判の良くないご令嬢だった。
自分が誰よりも美しく、賢いと信じて疑わない高飛車な性格。王太子の婚約者という立場を利用して権力を振りかざす高圧的な態度。
なんとも傲慢で利己的な彼女は、とにかく敵が多く疎まれていた。
だからこそであろう。
私と共に、ある貴族が主催したお茶会へ出席した時、カミラは毒を盛られ殺されそうになったのだ。
すぐさま王族お抱えの医師を呼んだため、一命はとりとめたが、一時は意識不明の重体で、助かる確率は万に一つもないと言われたほど。
完全な回復には数ヶ月を要することになった。後遺症が残らなかったのは不幸中の幸いといえよう。
そんなカミラの悪運の強さに、周りは様々な反応を見せた。
今まで以上にカミラに平伏す者や、不謹慎にも一命をとりとめたことを残念がる者もいた。
カミラの毒殺を企てた犯人はすぐに捕まった。お茶会の主催者であり、長年王家に忠実に従えていた当主の犯行だった。どうやら性格に難のあるカミラが、王太子である私の婚約者ということに不満を持ち犯行に及んだのだという。
未来の王妃への殺人未遂。
だというのに、犯行を行った当主の断罪の場では、多くの貴族が当主に情状酌量の措置をと願い出る異常事態となった。特例を作るわけにもいかないので、犯行に関わった者には相応の処罰を下したが。
なんともはや、あれはカミラの敵の多さと人望の無さが浮き彫りとなった事件だった。
そんなことがあったからだろうか。
反省という言葉とは無縁のカミラが、あの事件以降、前とは違う振る舞いを見せるようになったのだ。
「体はもう大丈夫なのか?」
王宮の庭園に設けられた婚約者同士のお茶会の席で、私は目の前に座るカミラへ話しかけた。
「ええ、ご心配をおかけしました。こうして出歩ける様になったのも、フェリクス様が直ぐに医師を呼んで下さったおかげですわ。本当にありがとうございます」
にこやかに話すカミラは本当に体調が良いようで、数か月前に死にかけていたとは思えないほど顔色も良くなっている。
意識不明の時に見たカミラの顔は恐ろしいほど白く、その指先も冷たくなっていた。
今こうやって私とお茶を飲むまでに回復したのは、本当に奇跡としか言いようがない。
「回復したとはいえ死にかけたんだ。あまり無理はするな」
あの時の冷たくなったカミラの指先を思い出し、私は侍女に膝掛けを用意するよう指示を出す。
「私はもう元気です。心配し過ぎですわ」
侍女から膝掛けを受け取ったカミラは、少し頬を染め、照れ臭さそうに私から視線を逸らした。
けれど、いそいそと膝掛けを広げたところをみると、どうやら本当は少し肌寒かった様だ。
「身体を冷やすと、また体調を崩すかもしれない。ほら、温かい紅茶もあるぞ」
身体が温まるようにと、先程侍女が淹れた紅茶を勧めると、私の方をチラリと見たカミラは「大丈夫だと言っていますのに……」とぶつくさ言いいつつも紅茶に手を伸ばした。
心配された嬉しさが誤魔化せず、口元がニヤけているところが、なんともカミラらしい。
「……美味しい紅茶ですわね」
そのまま、手にした紅茶を口へ運んだカミラは、素直な感想を零した。
「南の国から贈られてきた特産品だ。気に入ったのなら良かった」
答えながら、私はカミラの様子を伺う。
南の国を蛮族の国だなんだと見下していたカミラのことだ。美味しいというその紅茶が、南の国の特産品だと知れば、手のひらを返したように貶めてくるだろう。
私の知るカミラであれば、そうするはずなのだ。
「南の国ですって!?あの蛮族の……」
予想通り棘のある言葉を口にしようとしたカミラが、ハッとした顔を見せ、不意に動きを止めた。
そしてしばらく何か考えた後、再度口を開く。
「おほほ。取り乱してしまい申し訳ありません。……み、南の国から、素敵な贈り物を頂きましたね」
先程の言葉などまるでなかったかの様に、賞賛の言葉を口にしたカミラは、明らかに顔が引き攣っている。そのまま、ぎこちない笑顔を浮かべ再び紅茶を口へ運んだ。
なるほど。
全く、カミラらしくない。
私は、そんな彼女の行動に不審を抱く。
実のところ、あの事件以降、カミラの様子がおかしいとの報告が至る所から上がってきているのだ。
曰く「難癖を付けないばかりか、素行も良く、何も問題を起こさない」らしい。
報告の内容は令嬢として普通の行動ではあるが、カミラに関して言えば異常行動だ。
逆に何かを企んでいる可能性があると、全ての報告者が警戒心をあらわにしていた。
私は手にしていたカップをソーサーに置き、改めてカミラに向き合った。
「南の国を褒めるなど、いつものカミラらしくないな。どうかしたのか?」
じっと真面目な目でカミラを見ると、カミラはまるで秘密がばれた子供のような顔で、気まずげに視線を逸らした。
「……な、何を仰っていますの?私はいつも通りですわ」
「そうか?私には何か隠し事でもありそうな様子に見えるが……」
私の言葉にびくりと肩を震わせたカミラが、わたわたと狼狽する。
「な、何も隠していません。言いがかりです。何をもってそのように疑っているのか皆目見当もつきません。濡れ衣ですわ!」
しどろもどろになりつつも必死に誤魔化そうとしているが、露骨な態度で全く誤魔化せていない。どうやら隠し事があるのは間違いないらしい。
そもそもカミラは昔から隠し事が下手なのだ。分かりやすい性格をしているため、悪事を企てても計画段階でそれがバレてしまう。それ故、実のところ、今まで悪巧みに成功したことは一度も無い。
悪評高いカミラが未だに私の婚約者でいられるのは、実際に大きな悪事は働いてないという理由もある。
まあ、悪事を企てること自体、どうかと思うが……。
「カミラ。それで隠し通せると思っているのか?今度は何を企んでいる?」
胡乱な目でカミラを見ると、カミラは頬を膨らませて怒り出した。
「失礼ですわ、フェリクス様!婚約者である私を疑うだなんて!……ま、まあ確かに色々と思うところがあって、いつもと違う態度になっているのかもしれませんが……。けれど、何も企んでなんていません!」
ぷりぷりと怒るカミラは、以前と変わらない彼女である。実にカミラらしい態度に、私は心の中で安堵する。
「では何故いつもと様子が違うんだ?最近のカミラは、自慢話や人の悪口も言わないし、使用人が失敗しても怒鳴らないばかりか罰も与えないらしいではないか。以前は執務で忙しい私の部屋にも事前連絡なく押しかけて来ていたというのに、それもしない」
カミラの普段の行いを並べると、如何にカミラの性格が問題だらけか良く分かるが、今は置いておこう。
ここ最近のカミラは、何故か問題行動を起こさずに大人しく過ごしている。婚約してからの5年間、ずっと問題だらけだったというのにどうしたというのか。私はその原因が知りたかった。
「だって……このままだと、私は……」
いつも過剰すぎるほど自信に溢れているカミラが、小さな声で何かを呟いた。
あまりにか細い声で聞き取れなかったが、その弱気な態度にこちらまで調子が狂ってしまう。
「何か事情があるのだろう?良ければ私に話してくれないか。力になれるならば、力になりたい」
なるべく優しく話しかけると、カミラは泣きそうな顔でこちらを見つめてくる。
泣きそうになるほど思いつめているなら、初めから婚約者である私に相談すれば良いものを。
そんなことを思いつつ、私は素直ではないカミラが話をしやすいようにと柔らかく微笑んで見せた。
私の顔を見たカミラは、激しく動揺し、瞬く間に顔を赤く染める。
無表情だと言われる私だが、意識的に笑うと、周りを御し易くなることを知っている。ご令嬢などは特にそうだ。私の顔をこよなく愛しているカミラは更に顕著で、少しでも微笑めば動揺し簡単に口を滑らせてしまう。
「あああ、いえ!ゆ、夢をみましたの!毒を飲み意識不明になっているときに、とても鮮明な未来の夢を......」
「未来の夢?」
「はい、予知夢と言うのでしょうか。兎に角、これから起きるであろう事柄を夢に見たんです!夢の中の私は、最終的に最悪な未来を迎えていて……。その夢が本当に予知夢かは分かりませんけど、私なりに色々と考えてしまって……」
思惑通りに色々と話始めたカミラは、そわそわと落ち着きなく隠し事を口にし始めた。
しかし、その内容が予想外でかつ興味深いものだったので、一度カミラの話を止め、落ち着かせることにする。
再び紅茶で一息入れ、深呼吸を繰り返す。
しばらくして、少しばかり落ち着いたカミラに話の続きを促すと、カミラはゆっくりとした口調で意識不明の時に見たという夢について語り始めた。
「夢の中の話ですけれど、今から数年後、国の周辺に力の強い魔物が多く現れるんです。その時フェリクス様は、陛下からその魔物達の対応を任され、色々と手を尽くすのですけれど、普通に戦うだけでは状況は変わらず……。どうしようかと行き詰まっているときに、光の加護を受けたミアという少女が、聖女としてフェリクス様の前に現れて……。彼女と共に戦うことで魔物を追い払うことに成功し、国に平和が戻るんです……」
そこまで話し、カミラは一瞬言葉を詰まらせた。
どうしたのかと首を傾げると、カミラは私の瞳をジッと見つめ返してくる。
その目には、何故か不安の色が見えた。
「どうした?国が平和になったのなら良い夢だと思うが?」
言葉を途切れさせたカミラにそう返すと、カミラは目を吊り上げ、勢いよく立ち上がった。
「いいえ、良い夢なんかじゃありませんわ!その後、フェリクス様はその少女と婚約するんですもの!!」
叫ぶようにそう言ったカミラは、さめざめと泣きながら話を続ける。
「フェリクス様は私の婚約者ですのに、共に戦ったミアのことを深く愛してしまわれて……。私のことが邪魔になったのか、他の貴族たちと共に、ミアに対する些細な嫌がらせを論って、婚約破棄まで持ち出すんです!従わなければ、ミアに対する罪を追及して国外に追放するとまで宣言して……!」
大粒の涙を流し始めたカミラは、ハンカチを取り出しておいおいと泣き出した。
側に控えていた従者達がカミラの涙に動揺し、何故かチラチラと私へ非難の目を向ける。
現実の私は何もしていないというのに、何とも理不尽だ。
しかし、こう泣かれていては話の続きも出来ない。それに、私が悪い様に思われるのも気に食わない。
こんなに手を尽くしているというのに。
やれやれと立ち上がった私は、泣き続けるカミラの側へ寄った。
そして、そっとカミラの背へ手を回し、自分の胸元へ引き寄せる。
慰める様に背中を摩ると、驚いて顔を上げたカミラと、至近距離で目が合った。
「泣くな。夢の話だろう?それに、私の婚約者はこれからもカミラだけだ」
近い距離のせいなのか、私の言葉のせいなのか。
カミラの涙が、ピタリと止んだ。
しばらくそのまま固まっていたカミラは、数秒後、瞬時に頬を染め、あわあわと慌てふためく。
「あああ、の!フェリクス様!!とりあえず、離れてください!ちちち、近いですわ!婚約者と言えど、こんなに至近距離で……!」
「泣き止んだか?」
「はい!も、もう、大丈夫です!泣き止みましたわ!」
私から逃げるように、カミラが距離を取る。
顔を真っ赤にして警戒する様は、まるで子猫の様だ。
その様子にふと口元を緩ませると、カミラの警戒は更に強くなった。
「まあいい。話を戻すが、つまりここ最近カミラの様子がおかしいのは、その予知夢通りにならないようにしているからか?」
カミラと一定の距離を保ちつつ、私は本題に戻る。私の質問に、カミラはこくりと一度頷いた。
「今の私だと、誰からも愛されず予知夢の通りになってしまうと思いまして……。なにせ、私が死にかけても誰一人悲しまなかったんですもの。それに……」
———フェリクス様も、そうだったのでしょう?
一瞬言葉を詰まらせたカミラは、悲痛な声でそう呟いた。
「……何を言うかと思えば……」
毒殺されそうになった時のことを、カミラがその様に思っているとは思わなかった。
落ち込み俯いたカミラを見ながら、私は少し考える。
予知夢については、実のところ、見た者がいるという情報が過去何件か報告されている。
混乱を招く恐れがあるため、王族や一部の貴族のみにしか公開されていないが。
曰く、予知夢を見た者は全て、直観的にこれが予知夢なのだと悟るそうだ。
恐らく本当にそういった類の夢だったのだろう。
カミラが見た、私が将来ミアという少女を愛し、カミラと婚約破棄をするのだというその夢は。
これから起きるかもしれない、未来の夢。
「やはり予知夢など、当てにならないな」
私は、吐き捨てるようにそう呟いた。
以前から、予知夢について疑問に思っていたのだ。
けれどその疑問は、カミラの予知夢で確証に変わる。
そもそも、予知夢通りの未来になった者など、今まで一人もいない。予知夢を見た者が未来を変えようと動いたからだと言えばそうだが、行動を変えただけで変わる未来など、本当に訪れる未来なのかも怪しい。
それにカミラの見た夢は、私の気持ちが全く反映されていないではないか。
それで予知夢のつもりだなんて、馬鹿馬鹿しい。
「……私が、何も思わなかったと思うか?」
「え?」
徐にそう問う私に、俯いていたカミラが顔を上げた。
「カミラが意識不明となり助かる見込みが無いと言われた時、私が全く悲しまなかったと?」
いつも通り無表情な私が、少しばかり苛立ちを含んで話していることに、カミラは目を丸くして驚いている。
「だ、だってフェリクス様は、涙も見せず、いつもと変わらない様子で淡々としていたって……」
誰から聞いたのかは知らないが、表情が読めないとよく言われる私は、そう思われても仕方がないのだろう。
けれどあの時感じた気持ちを、勝手に想像して欲しくない。カミラが助からないかもしれないという絶望と、犯人への怒り、様々な感情が渦巻いていた私の心を。
「王太子だからと、気持ちを悟られないように育てられたからな。その様に見られても仕方がないかもしれない。だが……」
私は、驚きで呆然とするカミラの側まで歩みを進めた。
そしてカミラの白く美しい手を取る。
「冷たくなったこの手を握り、一晩中、神に祈るくらいには心配したというのに」
その手に力を籠めると、カミラの頬が赤く染まる。
その顔に、苛立っていた心が少しだけ治まったが、未だ気持ちは燻っている。
「そもそもカミラは、私では無く予知夢を信じるのか?私がカミラ以外を愛する未来があると?……全くもって心外だ」
「でも……自分で言うのもおかしいですけれど、ハッキリ言って私は性格も良くありませんし、悪評も立っています。そんな性悪な婚約者よりも、聖女であり性格も優しく穏やかなミアを、誰だって婚約者にしたいはずです。私には聖女に嫌がらせをしたという婚約破棄にうってつけの理由もあるのですから」
「婚約者がいるのに他に目を向けるような者たちと一緒にするな。私はカミラの性格も受け容れた上で婚約しているのだ。それに、現に今も、カミラに散々な悪評があるのに婚約破棄してないだろう?今更、聖女へ嫌がらせをしたからといって揺らぐような気持ちじゃない」
「でも婚約破棄されないのは、私の家柄や国益が考慮されているからでは……?」
「それが理由になるのなら、他にもカミラと同じ条件の婚約者候補など沢山いる。それでも私は、カミラを選んだんだ」
私の言葉をことごとく受け入れないカミラに、私は一つづつその理由を消していく。
始めは私とカミラのやり取りを心配そうに見守っていた従者達も、会話が進むにつれ、何とも言えない生暖かい目を向ける様になった。
「つまり……でも、あの……。フェリクス様の言葉は……まるで……」
困惑と不安。そして期待が入り混じった目で見つめるカミラは、その言葉の先を言い淀んだ。
あの自信家のカミラが言い淀むとは……。
いつもの傲慢な態度で、聞けば良いのだ。
その先にあるのは、まごうことなき私の本当の気持ちなのだから。
「———まるで、愛されているみたいだろう?」
カミラの代りに口にした私の言葉に、カミラは泣きそうに顔を歪めた。
冗談めかした言葉の真意は、十分に伝わったらしい。
愛されている……?と呟いたカミラは、少し時間を置いてはらはらと涙を零す。
「……フェ、フェリクス様は、分かり難いのですわ!どれだけ……どれだけ私が予知夢に怯えていたかお分かりですか!?フェリクス様に愛想を付かされるのだと、不安でいっぱいでしたのに!」
「泣くな、カミラ。カミラが不安に思うのなら、今度からは言葉の限りを尽くそう。だから安心して、いつも通りのカミラでいればいい」
「いつも通りの私でも……ミアを愛さないと約束してくださるならそうします……」
「……まだ言うか。まあいい。決して愛さないと約束しよう。しかし、そんなに予知夢が気になるのならば、ミアと出会う前に私達の婚姻を済ませておくのも良いかもしれないな」
そう言った私は、握っていたカミラの手を引き、腕の中に閉じ込めた。そして——。
「だからカミラ……」
私と結婚してくれないか?と耳元で囁いた私に、するに決まっていますわ!と勢い良く答えたカミラは、いつも通り傲慢で高飛車な……私の愛しいカミラに戻っていた。
最後まで目を通して頂きありがとうございます!
宜しければ評価をお願い致します。