Chapter.4
名取さんとメッセでつながってから、たまに連絡が来るようになった。やりとりはしてるけど、会う約束はしてない。
なんとなく二人で会う気になれないし、なんというか、タイミングが合わない。
『今日、夜空いてる?』
そう聞いてくれる日は決まってバイトが入ってる。前もって聞いてくれれば予定を合わせることもできなくないのに、いつも当日の朝とかお昼に連絡が来る。今日も大学の食堂でランチをしているときに、テーブルの上に置いてあったスマホが震えた。ご飯を食べつつ通知を見ると……
「あー、またナトリさんでしょー」
目の前でほのかちゃんがニヤニヤ言う。あの日以来、ほのかちゃんとは時間が合うときに学食や大学の近くでランチをする友達になった。もちろん隣には悠子もいる。
「名取さんだけど……」
「なに? あれから連絡取り合ってるの?」
「うーん。メッセが来たら返してるってだけ」
「えー、もったいなーい。イケメンじゃん、とりあえず付き合ったらいいのに」
「とりあえずって……」悠子の言葉に苦笑する。人生で初めての彼氏を、とりあえずで決めたくはない。
「だって、例の“てんちょー”とはなんの進展もないんでしょ? だったら良くない? 女子大生なんてあっという間に終わっちゃうんだしさぁ」
「まぁ、それはそうだろうけど」
店長とおんなじこと言ってる。
でももしいままでに誰かとお付き合いした経験があったとしても、とりあえずで誰かと付き合うとかできないし。、と思いつつ、スマホを操作する。
『ごめんなさい、今日の夜はバイトなんです。』
返信を打って送信。すぐに既読がついて、
『そっかー、残念! また今度!』
あっさりとした返信が表示された。
ただ時間が空いたから遊ぼうって誘ってくれてるんだろうなぁ、という印象。
「で? 会うの?」スマホから視線を外した私に、悠子が問いかけた。
「ううん? 今日バイトだし」
「夜バイトだと遊べないから困るよね」ランチセットのサラダを食べながら悠子が続ける。
「でも昼間は授業あるし」
「んでもバイトって週二とか三でしょ? タイミング悪いよね、ナトリさん」
ほのかちゃんはパスタをもぐもぐしながらフォークを上下に振る。お行儀悪いよと悠子にたしなめられて、空中で止めた。
「うーん、なんかね。だからあんまり、ご縁ないのかなぁって思ってる」
「まーあんまりおすすめできるタイプでもなさそうかなぁとは思うけど」
「なに、ホノカなんか知ってんの」
「椎木さんが言うにはね、ナトリさん、相当モテるって」
「「あー」」
私と悠子の声が重なった。
「わかる?」
「「わかるわかる」」
私はお味噌汁、悠子はスープを飲みながらうなずく。
「だよねぇ。だから、かえではそういうタイプじゃないと思うけど、とりあえず付き合うとか以前に、ナトリさんはおすすめできないかなぁって」
「なんで先に言わないし」
「昨日聞いたし」
「シイキさんに?」
「そー。昨日うち来てたから」
「お兄さんのとこ?」
「うん。かえでの連絡先教えろって言われた」
「えっ……」
食事会のシイキさんの態度を思い出して、少し身を引く。
「でしょ? そうなるでしょ? だから断ったんだわ」
「それはありがとう」
ほのかちゃんにお礼を言って、しばし三人でランチを食べ進める。
少しの沈黙があったあと「そっかー、ナトリさん、そういう感じか~」悠子がぽつりと言った。
「え、もしかしてユーコ、ナトリさん気になってた感じ?」
「いや? それはない」
瞳を輝かせたほのかちゃんに、悠子がはっきり否定の言葉を返した。
「かえでにお似合いかな~って思ってたんだけど、見た目だけだったかーって」
「そういう悠子はどうなの?」そういえばあんまり聞いたことないと思って、聞いてみる。
「んー、まじめで地に足ついてる感じの人がいいかな。山中さんみたいな」
「えっ」意外な名前に思わず声が出た。
「そーなん? 別に気になってない感じだったじゃん」
「ほんとに気になってる人にはグイグイ行けないもんだって」
「えー、マジで? 意外~」
ほのかちゃんが目を丸くする。
「ゆってあれだし、あたしのギャルはファッションだから。大学デビューだから」
「「えぇっ」」
ほのかちゃんと私の驚きが同時に声になった。
「そんな驚く」
悠子は半笑いしながらフォークにパスタを巻き付ける。
「もうずっとそういう感じなんだと思ってた……」そのくらい似合ってるし、板についている。
「あたしも。仲間だと思ってたのに」
「いや、これで友達やめるとかはやめてほしいんだけどさ、ずっと憧れてたわけ、ギャルに」
「ほぅ」
根っからのギャルらしいほのかちゃんが、フォークを置いて身を乗り出した。
悠子はパスタを食べつつ、口元を手で隠しながら話を続ける。「うち、親も高校も割と厳しくて、髪も服装も“普通”にしなさいって言われてたわけよ。まあ要は、髪染め禁止で、派手なのはNGってことね」
「うん」私も箸をおいてじっくり聞きたかったけど、ゼミの時間もあるし、サバの味噌煮定食を食べ進めながら相槌を打つ。
「でもずっと雑誌とかネットとか見てて、憧れが消えなかったわけ」
「「うん」」
ほのかちゃんもサラダを食べながら私と同じタイミングでうなずく。
「“普通”ってなんだよって感じだけど、要は変化を好まないってことだよね。まぁ養ってもらってるししゃーないって感じで、地元も田舎でコミュニティも狭いからさ、あきらめてたわけ」
悠子は続けた。
上京して大学に入ることも親に反対されたけど、就職するのに有利だから、という理由でなんとか説得し、定期的に連絡を取るという約束でいまの大学に入学した。
親から仕送りしてもらってはいるけど、地元も家も出たし、好きなファッションができるようになった。
「だから、私の見た目は“ギャル”だけど、中身はどうしても基本のままなわけよ。ということでー」
「男の好みも変わらない、ってことか」
「うん。就職したらこういう格好もできないだろうし、いまのうちかなーって」
「へぇ~」
友達になって日が浅いからとはいえ、知らないことはまだまだたくさんあるんだなぁ、と思った。
「そっかぁ。でもユーコがそういうカッコしてなかったらあたしも声かけなかったかもだし、かえでとも仲良くなれなかっただろうし、ラッキーだったな」
「それは良かったわ」
悠子の返答にほのかちゃんが笑う。
ほのかちゃんは中学のころからギャルファッションだったらしくて、元ギャルだったお母さんにも協力してもらってたらしい。むしろ大学に入って少し落ち着いたとか。
「落ち着いてそれって前までどんだけよ」
悠子が笑う。
二人の話を聞きながら、私なんにも変わんないな~、ってぽつりとつぶやいたら「「かえではそれがいいの」」と二人が同時に言ってくれた。
「っていうか話それたわ!」ツッコミみたいな勢いで言って、ほのかちゃんが悠子の肩を叩いた。「ヤマナカさんよ!」
“バレたか”みたいな顔をして、悠子が下唇を噛む。
「なんなら、もっかい改めて紹介してもらうようにするよ?!」
叩いた肩を掴んで、ほのかちゃんが身を乗り出す。
「だ、だいじょぶだから。メッセ交換くらいはしたから」
「あぁ、そう。ならいいけど」
「そういえば聞けてなかった」思い出して、口を開きほのかちゃんを見る。
「ん? なに?」
「あの三人って、ほのかちゃんの知り合いなの?」
「んーん? 椎木さんがアニキの友達で、椎木さんの友達が一緒にいた二人」
「お兄さんのお友達と食事会するって、すごいね」
「ホノカ、コミュ力おばけだもんね」
「オバケて」食事を終えたほのかちゃんが、口元を拭いながら苦笑した。「しつこいんだもん、椎木さん。うち来るたび飲み会しよーしよーってさ。いやウチ未成年なんだけどっつっても引かないし、アニキのこともあるし、じゃあ一回だけねーって」
「それがこないだの?」
「そう。カワイイコ集めてくれてありがとーってメッセきたから、満足してたみたいだけど」
「かえでは巻き込まれただけだけどね」
悠子のセリフに、今度は私が苦笑した。
「そう! ほんとごめんね! ウチのツレが来る予定だったんだけど、急にカレシと約束入ったとか言って! マジ、カレシいんなら言えっつーの」ぷんぷん怒りながらほのかちゃんが食後のアイスカフェラテを飲んだ。
「いいよいいよ、キャンセル料払わなくて済んだんだったら、それで」
「ん? なに? キャンセル料って」
「え? 予約してた人数から減ったら、キャンセル料とられるって……」
「いや、あの店そういうのないけど」
「えっ」
驚いて悠子を見ると、悠子は鳴らない口笛をわざとらしく吹いて、食器を片付け始めた。「さて、そろそろ行こうか」
「だましたの?」
「いや、いやいや、かえでと遊びたかったのはほんとだし、キャンセル料は……取られるんじゃ、ないかなーって…予想?」
ごまかす悠子にふくれる私。でも。
「ユーコが連れてきてくれたおかげで、あたしいま、かえでとランチできてるから、めっちゃ感謝なんだけど」
ほのかちゃんが可愛いことを言うから。
「それは……私も感謝してるけど……」
私は勢いをなくしてしまう。
「んじゃ、結果良かったってことで!」
ニカッと笑って、悠子が立ち上がった。
「今度遊ぶときは、ああいうのじゃなくて、女の子だけでどっか行きたいな」
わざと甘えるように言ってみたら、二人ともだらしない笑顔になって。
「それ! そういうの!」
「そう! そういうのを“てんちょー”に見せなよ!」
「絶対オチるって!」
と変な盛り上がりかたをして、周りにいた学生たちの注目を浴びてしまった。
* * *