サラミを追いかけて
なんか酔った勢いでお題出してSS書くお遊びで書きました。
お題は「異世界転生に失敗する話」と「サラミ」です。
詳しくは酔って覚えてないのに犯人は私なのは覚えています。
普段よらないお高めの店で、普段買わないお高いサラミを買った。
何かのお祝いだとか、記念だとか、そう言うのでは全然なく、ただ突然、無性にサラミが食いたくなって、俺はサラミ・ソーセージだけを握りしめていた。
多分、誰だって一度は、食べたことがあるだろう。
食べたことがなくても、何かで見たことはあるだろう。
コンビニなんかでも、つまみのコーナーに並んでいる。
なんなら、ハムやソーセージなんかと一緒に並んでいる。
俺がよく食うサラミは、ピザに乗っている奴だ。
俺はピザといったらサラミが乗っているものが一等好きだった。
そうでないやつは、みんな等しくパイナップルが乗ったやつと同列だ。
そのサラミを、俺は握りしめていた。
お供のビールなんか要らない。レジ袋も要らない。
真空パックに収まった、丸まる一本のサラミを、俺は握りしめていた。
俺が今まで食ってきたサラミは、薄くスライスされたものだった。
こんなに薄いなんて、ケチだなあ、しけてやがんなあといつも思うのに、一口食べればそれだけで、口の中はサラミだった。
こんなに薄いのに、こんなに美味しいなんて、許されるのだろうか。
ぎゅぎゅっと噛み締めれば、奥歯がうずく。うまさが染み出る。
脳天を突き抜け、空まで届く旨味があふれ出る。
あぶりながら、一枚一枚食べたときなんか、俺はこんなにうまいものは他にないと思ったね。
それを。
それをだ。
なあ。
それを、丸まる一本、俺は買ってきたのだ。
おつまみ用にスライスされた、平べったい奴じゃない。
誰の手も入っていない、まったく完全なサラミを、俺は握りしめているのだ。
俺はまるで、ひのきの棒を手にして初めて町を出る少年のように、胸を弾ませていた。
あんなに薄いサラミを、一枚口にしただけで、俺はどんなに嬉しいことかわからないのに、それを、丸まる一本だ。
俺はこれを、丸かじりしようと思っていた。
それがどんなに罪深いか、言われないでももちろんわかっている。
だが俺は、今日、ふとした瞬間に何故だかどうしようもなく我慢が出来なくなって、サラミを握っていた。
ごくり、と思わず喉が鳴る。
サラミ。俺のサラミ・ソーセージ。
店を出て、家に帰るのも待てずに、俺は真空パックを開いていた。
パッケージの中から、ずるりとサラミが顔を出す。
まるで木の棒みたいだ。つやつやと脂でてかり、しわの寄った肌が、俺を誘惑する。
俺はまるで好物を差し出された犬のように、まるで我慢が出来なくなっていた。
いや、犬だって待てができるのだ。俺は犬以下だ。だがそれでいい。サラミを目の前にして、待つくらいならば、俺はそうなろうと思う。
そして、期待に胸を高鳴らせ、大きく口を開けた俺は、極太のサラミの代わりに積載量過多気味のトレーラーに突っ込まれたのだった。
気が付くと俺は、真っ白な空間に佇んでいた。
親の顔より見た、異世界転生の定番のあの空間にいた。
あのプールと同じくらい、お馴染みのあの空間だ。
何だって人は、真っ白な空間が好きなのだろうか。作画が楽だからか。
「聞こえますか……聞こえますか……」
もしもしと同じくらいなじみ深い呼びかけが、俺を呼ぶ。
なんなのだこれは。どうすればよいのだ。
「本来死ぬべきではなかったあなたは、突発的な事故で亡くなってしまったのです。これは私どものミスです。本当に申し訳ない」
素直に謝れるのはとても良いことだと思うが、しかしミスで死んだほうはたまったものではない。
「物理演算のとっちらかったゲームのようにトレーラーが跳ね上がってピンポイントであなたに直撃するとはだれも思っていなかったのです……本当に申し訳ない」
物理演算がとっちらかったなら、それは、仕方がない。
しかしそれはそれとして、俺はこれからどうなるのだろうか。
そして俺のサラミは。
「一度起こってしまったことは、私どもにもやり直せないのです……そして私はこれから物理演算バグの修正と、今回の事故で進行不可になった八十五件のイベントの後処理と、今後予定されていた百十三件のイベントの変更または延期報告と、それから詫び石の精製に取り掛からねばならないのです……」
なんだか、大変なことになってしまっているようで、逆に申し訳ない。
俺は悪くないし、むしろ被害者なのだが、しかしこの人もある意味では被害者であって、責めるのもなんだかかわいそうではある。
俺はそんなことよりも、ただ、サラミが食いたいだけなのだ。
「あなたには今までの人生でやり残したことを全てやり直せるよう、新しい世界で再出発して頂ければと思います……もちろん特典としてなにかお望みのことがあれば……」
「サラミだ」
「サラミ」
「さっき買った、お高いサラミ・ソーセージを、俺は今まさに食うところだったのだ」
「はあ」
「だから、サラミを食わせてくれれば、俺はそれでいいんだ」
「わかりました。ではサラミと一緒に送らせていただきます」
「ありがとう」
そうして俺は、お高い店で買った、お高いサラミ・ソーセージと共に、異世界へと転生した。
降り立った異世界は、緑の多い土地だった。
いや、降り立つところが目立たないように、人里から少し離れたところにおろしてくれたのかもしれない。
よくある配慮だ。
柔らかな木漏れ日の降り注ぐ、静かな木立の下。
この道はどこへ続いているのだろうか。きっとこの世界での出会いや別れは、この道から始まるのだ。
俺は清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み、そしてそれはそれとしてサラミを見た。
俺は、サラミを握りしめていた。
俺は、丸まる一本のサラミを握りしめていた。
お高いお店で買った、お高いサラミ・ソーセージ。
俺のサラミ。俺のサラミ・ソーセージ。
神様ありがとう。
サラミを一緒に転生させてくれてありがとう。
この世界でどんな出会いがあり、どんな別れがあるのか、俺にはまだわからない。
いいことばかりではなく、きっとつらいことや嫌なことだって、たくさんあるだろう。
だがそれでも、俺の手の中には、サラミがあるのだ。
見つめているだけで、よだれが溢れてきて、ゴクリと思わず喉が鳴る、そんな魅惑のサラミが。
しあわせを予感させる、そんなサラミ・ソーセージ。
俺を誘惑する、ただ一本のサラミ・ソーセージ。
できることならば、俺はサラミと旅をしたい。
サラミと道を歩き、サラミと枕を共にし、サラミと一緒に戦いたい。
まばゆい朝日を共に眺め、染めゆく夕日に照らされ、青白い月明かりの下でサラミと語り合いたい。
いっそのこと俺はもう、サラミの家に住んでしまいたい。
壁もサラミ。床もサラミ。テーブルも椅子ももちろんサラミ。
サラミの風呂で温まり、サラミのベッドで眠りたい。
ああ、サラミ。
俺のサラミ・ソーセージ。
俺を呼ぶ声がする。俺もお前を呼んでいる。
俺のこの道は、サラミの道だ。サラミから始まり、サラミへと続く道だ。
いつまでも一緒にいたい。このまま歩き続けたい。
だが俺は、今度こそ俺は、サラミを食べようと思う。
悲しいかい。寂しいかい。俺もだよ。お前を失うことは、何よりもつらい。
だがそれでも俺はお前を食べるのだ。サラミ。ああ、サラミ・ソーセージ。
期待に胸を高鳴らせ、大きく口を開けた俺は、極太のサラミの代わりに暴れ馬の引く馬車に跳ね飛ばされたのだった。
親の顔より見た白い空間で、お馴染みの声が言う。
「本当に申し訳ありません……担当への引継ぎがなされていなかったようで……『盗賊に襲われる馬車』イベントの目の前で飲食に夢中になっているとはいざ知らず……」
サラミは、まだ俺の口に入らない。