第七話 怒りが正常
声の方を向けば、神経質そうな顔立ちの少年がルネ達の方を睨んでいた。
歳はクラウィスと同じくらいか、少し上だろうか。少年は薄い茶色の髪を揺らし、靴音を立てながら近づいてくる。
「……マルコ、その態度は良くないわ」
少年に向かってクラウィスはそう言った。
マルコ、という名前らしい。聞き覚えがあった。確かルネの事を本部に報告した軍人の名前だったはずだ。
彼はルネを一瞥すると、クラウィスの方へ顔を向けた。
「どこがです。捕虜に対して、おかしな行動を取っているのはあなた達の方だ。どこの世界に捕虜に野営地を案内する人がいるんです」
「ここにいるもの。それにルネの事は兄さんに許可を貰っているわ。ツヴァイ大佐からもよ」
「許可? ああ、敵兵を仲間にいれるという馬鹿げたアレですか」
マルコは腕を組むと、再びルネの方を睨み上げる。
空色の目が憎悪で赤く染まっているように見えた。
「上がどう言おうと、僕は認めない。敵兵が、しかも不死兵なんて化け物が、味方になるなんて!」
「マルコ!」
クラウィスが咎めるように鋭い声を上げる。
しかしマルコは気にした風でもなく、ルネを睨んだままだ。
「何とか言ったらどうです、化け物」
「何とか、とでも言えば良いので?」
「……ッ馬鹿にしているのか!」
ルネの返答にマルコは顔を真っ赤にする。
軍人にしては感情を前に出し過ぎる子だな、とルネはマルコを評価する。
ただその怒りに関しては、ルネにも良く分かった。敵兵に憎しみを、怒りを抱くのは当たり前の事だ。
クラウィス達が変わっているだけで、むしろこちらが普通の反応なのだ。
「馬鹿にはしていませんが、何を言っても気に入らないでしょうし」
「当たり前だ!」
「ほら。なら、何を言っても一緒でしょう」
ルネは肩をすくめてみせる。するとマルコはチッと舌打ちをした。
「マルコ! いい加減にして!」
「いい加減にするのはそちらだと思いますよ、クラウィス。偶然助けられたからって、恩を感じる必要がどこにあります」
「あたしが誰に感謝しようと、あなたにどうこう言われる筋合いはないわ」
「……僕だって敵兵じゃなければ、こんな事は言いませんよ」
フン、と鼻を鳴らすと、マルコは目を反らす。
「しかも不死兵なんて……」
どうやら彼は不死兵に思う所があるらしい。
しかし、まぁ、これも当然だ。頭が無事なら体がいくら吹っ飛ぼうが再生するだなんて、本当にただの化け物だ。それはルネも分かっている。
「それはつまり、不死兵でなければ良かったと?」
「少なくともですよ。どんなに拘束したって、腕や足を捨てれば逃げられるでしょう、不死兵は。幾らでも再生する奴に、拘束なんて無駄です。なのに逃げ出す可能性を考慮せず、こうしてご丁寧に野営地を案内して、手の内を晒すなんて信じられない」
マルコの言う事は正しい。
実際に拘束されたらそう逃げろと、不死兵仲間からルネも教わった。
しかし――――。
「まぁ出来ますけどね。だけど、したかありませんよ、そんなの。幾ら再生するって言っても、痛いもんは痛いですし」
「……痛い?」
するとマルコは意外そうにそう言った。クラウィスの方は当然だと言わんばかりの顔である。
「ええ、痛いですよ。体が吹っ飛ぶ、そして再生する。それには慣れましたけど、でも、慣れたからって平気ってわけじゃない」
ルネは数日前に千切れかけた自分の足を見る。今ではすっかり治ったそれだって、あの時の痛みは覚えている。
何度体が吹っ飛ぼうと、その感覚に慣れるだけで、痛みは常にそこにある。治らなければずっと痛いままだ。
「せめて痛覚を失くしてくれたら良かったんですけどねぇ。何でそこだけ残してるんだろって今も思いますよ」
そうしたら、もっと楽に盾になれるのに。
そうルネが話すと、クラウィスが顔をしかめた。
「……あたしは、あった方が良いと思います」
「どうして?」
「だって、傷を負っても痛みがなければ、自分を大事にしようって思わないもの」
「…………」
クラウィスの真剣なまなざしに、ルネは一瞬言葉を失った。
あまりに予想外だったからだ。
もし、不死兵の強化手術を考えた人間が、それを想定していたとしたら。
死なない体にして、消耗品として扱うような化け物を生み出しておいて。
自分を大事にしろと言うなんて、何と滑稽な話だろうか。
「ああ、それは…………地獄みたいな話だなぁ」
思わずルネがそう呟くと、クラウィスと、何故かマルコまで衝撃を受けた顔になっていた。