第六話 消耗品
不死兵になってから、ルネは人ではなく消耗品として数えられていた。
数こそ少ないが、基本的に替えの利く道具だ。だから人として扱われる現状に、ルネはどうしても違和感を感じてしまう。
以前に不死兵の同僚は「死んだら自由になれるけど、死ねないからこそ不死兵なんだよな」と言っていた。
自分から望んでなった体ではあるものの――――なってから気付く事は多い。不死兵のほとんどは『後悔』していたようにルネには思える。
ならば自分はどうだろうか。
そう考えた時にルネの頭に浮かんだのは家族の顔だった。
「ですからね! うちに入ると、美味しいご飯が食べられるんですよ!」
そんな事を考えながら、ルネはクラウィスの熱心な勧誘を聞いていた。
どうやら彼女はツヴァイが提示した選択肢について、ノヴァから話を聞いたらしい。
クラウィスはルネが昼食を終えた頃にやって来て「兄さんから許可を取ったから、ちょっと外へ行きましょう!」とテントから連れ出したのである。
そうして歩きながら、野営地のあちこち――もちろん見学可能な場所のみ――にルネを連れていく。
そこで出会った軍人達の反応は様々だった。あからさまな嫌悪感を見せる者、マチス同様に私情と仕事は別と対応する者、不死兵について興味津々な者。
まぁ色々である。
会話自体はほぼクラウィスが話して、聞かれた事をルネが答えるだけだ。だが何となく新鮮だった。
何より数日ぶりに自分の足で歩く、そんな靴越しの地面の感覚がルネには少し懐かしく思える。
「クラウィスさんは」
「クラウィスでいいですよ。歳もあたしの方が下ですから、普通に話して下さって構いません」
「ではクラウィス――――は、敵を勧誘してるって自覚はあるの?」
「ありますよ。でもルネさんは、命の恩人で、敵は二の次ですから。兄さんやマチスさんだって言ってますよ、仕事と私情は別だって」
ふふん、とクラウィスは胸を張ってそう答えた。
二の次というわけでもないだろうが、どうやら彼女の考え方は傭兵よりのものらしい。
それにしてはルネの手当てをする時なんて、私情を優先していた気もするが。
「別かぁ……」
「別ですよ。ルネさんだってそうでしょう?」
「さて、どうだろうね。……あ、こちらもルネでいいよ」
そう言ってルネは空を見上げる。ふわり、と薄桃色の花びらが空を舞っていた。
桜だ。この近くに、桜の木でもあるのだろう。
風に乗ってやって来たそれをルネは両手を持ち上げて、そっと受け止める。
「桜ですねぇ。あたしの故郷にも咲いているんですよ。山にぶわーって。とっても綺麗なんです」
「へぇ、それは良いね。うちの家の近くにも、大きいのが一本あるんだ。そこで昔はよく、家族とお花見しててさ」
思い出してルネは笑う。
まだ戦争が始まる前。ルネの父が生きていた頃に、家族で桜の木を見上げながら、お弁当を食べたものだ。
桜は綺麗で、お弁当は美味しくて、家族で楽しく笑っていたあの頃。
あれからまだ十年も経っていないのに、ずっと昔に感じられた。
「ルネさ――――ルネの家族は」
「うん、元気だよ。たぶんね」
「たぶん?」
「もうずっと連絡を取っていないから」
不死兵になると家族との連絡は禁じられる。
軍事機密を話されると困るとか、公の理由はそれだったけれど、本当のところは違う。
不死兵に『帰りたい』と思わせないためだ。
実際に帰りたい、もう止めたいと上に言った不死兵もいるが、その翌日には戦場へ送られ、二度と帰っては来なかった。
「会いたい、ですよね」
「そうだね。……会えるものなら。でも、まぁ、私はもう死亡してる扱いなので」
「え?」
「不死兵になったらその時点で、成否は問わず家には『死亡しました』って通知が行くの」
だから正直、国を裏切った場合に気がかりな家族については、あまり心配はいらなかった。
死亡した人間が敵国についたところで、残った家族を責める事は出来ない。
今まで味方と接してきた相手と戦えるかという話は、また別になるのだが。
「ルネ……」
クラウィスが気遣う視線を向けてくる。
そして何か言いかけた時、
「クラウィス! 何故そいつを外に出したんです!」
と少年の怒鳴り声が聞こえてきた。