第五話 彼らの『上官』
上官というものにルネは良い思い出がない。理由は単純に、ついた上官全部のほとんどが評判の悪い人間ばかりだったからだ。
ただそう言う人間に限って、不死兵の使い方が上手かったりするので、恐らくは正しい配置だったのだろうとも思っている。
人間的にはやはり好きにはなれないが。
ノヴァ達が言う『本部のお偉いさん』が来たのは、彼らが言った通り明後日の事だった。
テントの外が妙にザワザワして落ち着かないなと思いながら、ルネがぼんやりしていると、テントが開いてその人がやって来た。
「ふむ。彼女が不死兵か」
その人物は女性だった。長い赤髪に丸眼鏡が特徴の美人だ。背はマチスと似たくらいなので、女性にしてはずいぶん高い。
女性はルネを見ると面白そうに笑って、
「初めまして、不死兵くん。私はツヴァイ。聞いているかと思うがノヴァの上官だ、よろしく」
と言った。ツヴァイはルネの前にしゃがんで顔を覗き込んでくる。
「ふむふむ、顔色は良さそうだな。食事はちゃんと貰っているかい?」
「それはとても。美味しく頂いています」
「そうか。この隊の食事は、うちでは一番美味いからなぁ。そう言う意味ではラッキーだったぞ、きみは」
そう言ってツヴァイはルネの肩をぽんぽん叩く。
ルネは呆気にとられた。何だか予想していた反応と違う。
そんな事を思ってポカンとしていると、見かねたノヴァが助け船を出してくれた。
「ツヴァイ大佐、本題を」
「そうだったそうだった。さて不死兵くん。名前はルネで良かったかい」
「あ、はい」
「うん。それではルネくん。私がここへ来た理由は分かるかな?」
ツヴァイはにこりと笑ってルネにそう問いかける。
ここへ来た理由、というのは十中八九、ルネを拷問するとか不死兵の秘密を吐けとかその類だろう。
「捕虜にする事については、大体の想像がつきますが」
「うん。今、怖い想像をしたね? 違うからね? 私はそんなにヒトデナシではないよ! 出来れば夜空に輝く星でありたい!」
「大佐……」
話が脱線していないだろうか。そんな事をルネが思っていると、ノヴァが頭を抱えるのが見えた。
「大佐がヒトデでも星でも、この際はどうでも良いです」
「海か空かで大違いじゃないか。なぁマチスくん!」
「場違いの間違いじゃないっすかね」
「これは一本取られたな! あっはっは!」
ツヴァイはそう言って笑う。何とも賑やかな人だなぁなんてルネが困惑していると、不意に彼女はスッと真面目な顔になった。
「不死兵を捕まえたと連絡が届いてね。それでうちでは意見が二つ、別れている。一つは君を拷問にかけて不死兵の秘密を吐かせる事。ま、これはね、今までも何度かあったが失敗に終わってるので、一応というものだがね。それでもう一つは君を上手く利用する事だ」
「利用ですか?」
「ああ。不死兵は戦場でとても厄介なのは経験済みだからね。なら、味方になって貰ったらどうかという話さ」
どうやら今までルネがやっていた仕事をそのまま、こちらの国でもやれという話のようだ。
なるほど、とルネは思う。決してスカウトではないが、味方というならば、扱い自体はそれなりなのだろう。
「消耗品としてと」
「は? 人は消耗品ではないだろう」
ルネの言葉に、ツヴァイは「何を言っているんだ」と言う顔をした。
えっ、とルネが逆に驚くと、彼女は首を傾げる。
「まー、あれだ。防弾系の装備をして、前に出て貰う事にはなると思うがね。扱いは今よりマシになるだろうよ。私としてはこちらをオススメしたい」
「敵ですが」
「敵が味方になった例など山ほどあるさ。うちの旦那もそうだった」
「はあ」
というわけで、とツヴァイは立ち上がる。
「私は明日まで滞在しているから、その間に決めると良い。きみにとっては国を裏切ることになるから、良く考えてくれたまえ」
「…………変な」
「うん?」
「揃って変な人達ですね、あなた方」
「ハハハ! そうか! ――――だがこの状況で、気が狂わない人間などいると思うかね?」
「いいえ」
「うん、良い答えだ。……だがね、正気でいたいよ、誰もがな。私もそうだ。だから踏みとどまろうとしてる。願わくば、私達に非情な選択をさせないでくれ」
それだけ言うと、ツヴァイは手を振り、テントを出て行った。残ったのはルネと、ノヴァとマチスの三人だ。
「あー……まぁ何というか、あれがうちの上官。変わってるだろ?」
「見た事のないタイプの上官でした」
「うん、うちでも珍しいタイプだよ。でも、来てくれたのがあの人で良かった」
ノヴァはそれから少し笑って、
「急な話だけど、そういう事だ。明日までにあんたの意志を決めて欲しい。選択肢はあってないものだけど」
と言った。選択肢があるだけマシなんだろうなと思いながら、ルネは曖昧に「そうですね」と答えた。