第四話 居場所
不死兵になってからの楽しみは、よくよく考えたら食事だけだったなと、昼食を食べながらルネは思った。
朝食と違うのは、スープとパンに何故かついていたプリンだ。
デザートまでくれるのか、この国は。
なんて地味に感動していると、クラウィスが自分の分の食事を持って、ルネが捕まっているテントへとやって来た。
「失礼しまーす!」
なんてにこにこ笑顔でだ。
そしてルネの前に座ると「いただきます」と行儀よく手を合わせ、食事を始める。
本当に何なのだろうなぁこの子はと思いながら、ルネも手錠で繋がれた手を合わせて食事を始めた。
「ルネさん、ご飯は何が好きですか? あたしはプリン! このプリンですよ!」
「プリンがお好きで?」
「大好きです! 材量もそんなにいらないし!」
そういってクラウィスは「プリン~プリンちゃ~ん」なんて鼻歌を歌いながら、パンを食べる。よほどプリンが嬉しかったようだ。
「きみは変わっていますね」
「え? ほうへふは?」
もぐもぐと食べながら、クラウィスは首をかしげる。
そうですか、とでも言ったのだろう。何だかその様子が妹を彷彿とさせて、懐かしくなる。
家族は祖国で元気にやっているだろうか――――そんな事を思いながら、ルネもスープを飲んだ。
そうしているとテントが開いて、同じくトレーに食事を乗せたマチスが入ってきた。
「おいこら、お嬢。ここで食事したらダメだって、隊長に言われてるだろ」
「いーじゃないですか別にー。っていうかマチスさん、何持ってきてるんですか」
「俺が今日、監視役なのでー」
そう言うと、マチスもクラウィスの隣に座って食事を始めた。
「ここのメシ、美味いだろ? うちの隊のメシは、軍で一番美味いって評判なんだぜ」
「へぇー、どうりで。うちとは天と地ほどの差ですね」
「マジで。何喰ってんのそっち」
「薄い塩味のスープと、かたい黒パンですよ」
「それ捕虜のメシじゃんよ……」
「捕虜はもっと悪いですよ。だから意外でした、美味しくて」
そう、実際にここの食事はルネが普段食べているものより美味しい。
しかしそれは仕方のない話だ。ルネの祖国は食糧に困っている。一般市民に食糧を回していれば、必然的に軍人は、とりあえず腹が膨れれば良いくらいの物になっていた。
まぁ腹は膨れても満足はしないので、自腹で香辛料や調味料を買って来て、味付けしているのだが。
「マチスさん、これはうちの料理番が喜びますねぇ」
「敵兵に褒められても嬉しくはないでしょう」
「いや、あいつ料理ジャンキーだから。褒められれば相手関係なく喜ぶタイプよ」
「またまた」
「本当ですよ! あっそれじゃあ、ちょっと聞いてきますね! 待っててください!」
「えっおい、お嬢?」
「すぐ戻りますからー!」
そう言うと、クラウィスは立ち上がってテントを出て行った。
何とまぁ嵐のような子だなぁ。そんな印象を受けながら、ルネは食事を続ける。
少しの沈黙が続いたあと、今度はマチスが口を開いた。
「なぁ。あんた、ルネ、だったか」
「はいはい」
「後になると言えねーから、今言っとく。ありがとよ」
世間話をするような雰囲気で礼を言われて、ルネは目を丸くする。
何か礼を言われる事があっただろうか。そう思って、咀嚼していたのを飲み込んでからルネは聞き返す。
「何について?」
「お嬢を助けてくれた事だ」
「ああ……ノヴァさん、でしたっけ? あの人にも言いましたけど、ただのなりゆきですよ」
「それでもだ」
マチスはちぎったパンを口に放り込む前に手を止め、ルネを見る。
「お嬢も隊長も、俺らの恩人だからな。あんたがどういう人間であれ、そこは感謝する」
「俺ら?」
「うちの隊にいるの、元傭兵がほとんどなんだよ。戦場で死にかけていた俺らを助けてくれたのがノヴァ、それからお嬢だ。それで行くあてのねぇ俺らを受け入れてくれたのもあの二人だ。だから俺は、お嬢を助けてくれた事に感謝してる」
ありがとう、とマチスはそう言った。
何だか不思議な気分だった。礼を言われる事もほとんどなかったからかもしれない。
ルネは複雑な気持ちになりながら、
「その理由を作ったのは私達ですよ」
「まぁ戦場だからな。そこはお互い様さ。そっちもだいぶ死んだだろ。仕事と私情は別物さ。少なくとも、傭兵の間はな」
マチスはあっさりとそう言った。
彼の言う通り、元傭兵だからだろうか。恨み事の一つや二つ、それ以上は言われるだろうと思っていただけに、反応が困る。
返答出来ずにいるとマチスは「だけど」と言葉を続けた。
「一部はそうじゃない。ごく普通の軍人だ。あんたの国に家族や友達を殺された奴らだ」
「そうですね。でも、それもお互い様ですよ」
「そういう事だ。……そういう事なんだよ、ほんと、嫌になっちまうぜ」
そう言うとマチスは食事を再開する。
「早く終わんねぇかなぁ」
「ああ、それは……確かに」
そうすれば穏やかに暮らせる。少なくとも、人々が毎日に不安を感じる事はないだろう。
だけど。
(終わったら終わったで、不死兵の居場所なんてないだろうな)
なんて思いながらルネはデザートのプリンに手を伸ばした。