第二話 なりゆきとか気まぐれとか
気が付いた時にはルネは拘束されていて、敵国レッジェーロの野営地で捕まっていた。
着ている服は所々敗れていてべっとりと血に染まっている。怪我の方は、まぁまぁ酷い。右腕は骨が折れているし、左足は千切れかけたのがくっつき始めたくらいだ。応急処置をしてくれた様子があるのは意外だった。
まぁ何はともあれ、頭は無事なのでルネは生きている。
そんな自分の体を見て『相変わらず化け物だな』とルネは思った。
そしてふと顔を見上げれば、テントの隙間から青空が見えた。どうやら今は昼間らしい。
あれから何日経ったのかは分からないが、怪我の具合から考えても一晩明けたくらいだろうか。
さて、これからどうなるのか。解剖でもされるのだろうか。
ルネはそんな事を思っていたが、今のところ敵の軍人は自分に近づいて来ない。テント内の様子をたまに見に来るがそれだけだ。
外から聞こえてくる話を総合すると、どうやら忙しくて解剖どころではないらしく、いったん保留にされたようだ。
その間にルネの手足は再生していく。
それを見て敵国の軍人達は顔を引き攣らせた。化け物でも見るような目だ。
まぁ、化け物だろう。そんな事を思いながらルネは与えられた僅かな食事に口をつけた。
(あらま、意外と味が良い)
意外な事に食事は美味しかった。
レッジェーロは捕虜を大事にするのだろうか。それともこれがこの国の普通なのだろうか。
後者であればずいぶんと余裕があるのだろう。そもそもルネの祖国スピリトーソがこの国レッジェーロと戦争を始めたのは、貿易関係の話が拗れたからだったはずだ。
ルネの祖国はお世辞にも肥沃な土地とは言えない。食糧のほとんどを他国に依存している。
その輸入先と話が拗れて食糧の獲得が難しくなったから戦争を選択した辺り、もう他の選択肢がなかったのだろうなとルネは思う。
仮に他の選択肢があったとして――それを選択していたかは別の話になるのだが。
そんな事をぼんやり考えながら、ルネはスープを飲む。
祖国ではあり得ない味の良さに動していると、途端にルネの体が空腹を訴え始めた。
不死兵は死なないが、再生には体力を使う。つまりは腹が減る。再生した分減るものだから、燃費があまり良くないのだ。
敵国の食事は味は良いが量はそんなに多くはない。なのでパンを齧り、スープをすすり、とりあえず咀嚼回数を増やしてルネは空腹を凌いだ。
(さて、うちの隊の皆は上手く逃げただろうか)
ここにいないという事は逃げたか、死んだか。まぁその二択しかないだろう。普通の人間は腕や足が千切れても再生しないから。
使い捨てに関してはそういう仕事なので仕方がない。皮肉も言われはしていたが、それでも同じ祖国の人間だ。無事で生き延びて欲しいくらいにはルネにも情が残っている。
そう思っていると、シャッとテントが開く音が聞こえた。
顔を上げるとそこにはルネが助けようとした少女が緊張した面持ちで立っていた。
隣には勲章をつけた――恐らくここの指揮官だろう――青年もいる。二人とも似た顔だちで、金色の髪に空色の目をしている。
「あ、あの! け、けけけ、怪我……見せて、ください」
少女は怯えながらルネにそう言う。
怪我を見せろと言われてルネは首をかしげる。不死兵に怪我を見せろなんて言ってくる相手はほとんどいない。
何の理由があってとルネは少し考えて『あ、ついに解剖か』と思い至った。
「はいはい、構いませんよ。だけど気を付けてね、メス入れても直ぐに傷口くっつくから、出来るだけ大きく開いた方がいい」
「え? メス? 大きく?」
「そう」
「……何の話をしてるんですか?」
「え、解剖だけど……そっちこそ何の話をしているの?」
「かっ解剖!?」
ルネがきょとんとそう言うと、少女は目を剥いた。
それから涙目になってルネを睨んでくる。
「ち、違いますよ!? 何で解剖の話になるんですか!」
「えっいやだって、私、見ての通り不死兵なんだけど……」
「だから!?」
「…………」
まさか「だから!?」なんて返されると思わなくて、ルネはぽかんと口を開ける。
するとついにと言った様子で、隣の青年が噴出した。
「はっはっは! ああ、まぁ、この子はそういう人間だから」
「はあ……」
ルネが良く分からないでいる間に青年は一通り笑って、それからコホンと咳払いする。
「俺はノヴァ・サルース。ここの指揮官だ。こっちはクラウィス。衛生兵だ。名前を名乗って貰えるかな」
「ルネ・アインスです」
「そうか」
フルネームはいらないかなと思ったが、名前を聞かれたのも久々だったのでルネは答えた。
ノヴァと名乗った指揮官は軽く頷くと、スッと真面目な顔になる。
「あんたはあの時、崖の下を進んでいた部隊の人間で合っているか?」
「ええ、まんまと罠にハマった部隊の人間ですが」
ルネが肩をすくめてそう言うと、ノヴァは小さく笑う。
「上手くハマってくれたなとは思ったがね」
「まったくですよ」
「――――何故、クラウィスを助けた?」
問いかけられて、ルネはノヴァを見上げる。
見定めるように向けられた空色の目には、警戒の色が込められている。
確かに不可解な行動だろうなとルネは思った。戦っていた敵が突然、味方を助けたのだ。疑問を持つなという方が難しいだろう。
「まぁたまたま。なりゆきですよ」
「そのなりゆきで死にかけているのに?」
「怪我なんて直ぐに治りますからね」
そう言うとルネは足を動かして、くっつきかけているそれを見せた。
血も止まっているし、この分だと数時間で完治するだろう。
それを見て、ひく、とクラウィスの顔が固まった。ノヴァもだ。ルネが今まで何度も見てきた反応である。
――――ただ、その次に返って来た反応は今までと違っていた。
「治ってないじゃないですか!」
クラウィスは怒鳴ると、怒りながらルネの前にしゃがみこんだ。
そして救急箱を開けて怪我の手当てを始める。
「え? あの、何をして?」
「手当てです! だって、もう! 全然治ってないんですもん!」
「いやでもこれ放っておけば治るから……」
「時間が経てば治るのは、誰だって一緒ですよ!」
怒りながらクラウィスはルネの傷口を消毒し、薬を塗り、ガーゼをあて、包帯を巻いていく。
反対にルネは困惑極めた顔になった。
何をしているのだ彼女は。薬も包帯も無駄になるのに。放っておけば治るのに。
呆気に取られながらルネは視線をさ迷わせたあと、ノヴァを見た。
「薬の無駄では?」
「死なれても面倒だからいいじゃん」
「いや死なないんで……」
「見ててこっちが痛いんだよ」
「…………」
顔を顰めてそう言われ、今度こそルネは口を閉じた。
怪我の手当てなんてもうずいぶん受けていないし、そもそもルネには必要がない。
それでも何故かこの人達はそれを止めようとしなかった。
「意味が分からないって顔してるね」
「実際に分かりませんがね」
「――――クラウィスは俺の妹でね」
「え?」
「あんたが敵でも、戦いの最中の気まぐれでも、それでも妹を助けてくれた事に感謝してる。だから怪我の手当てくらいさせてくれ」
そう言ってノヴァは、憎いだろう敵に向かって胸に手を当てて頭を下げた。