エピローグ 四年後
あれから四年経った。
スピリトーソとレッジェーロの戦争は、三年前にスピリトーソの降伏という形で幕を閉じた。食糧も装備も尽きて限界だったようだ。
ツヴァイ大佐――今はツヴァイ中将が指揮を執った、とある部隊の活躍が大きかったと言われている。
戦いが終わると、ツヴァイは直ぐにスピリトーソの国民に食糧を手配した。
理由は一つ。彼らが飢えていて、今にも死にそうだったからである。
もちろん最初は「そんな必要はない」と言う者もいた。だが、スピリトーソに足を踏み入れた途端、その考えは変わった。
あまりに酷い有様だったからだ。
今でもその光景を思い出すと、体調を崩す者がいるほどに。
そうして食糧を手配したツヴァイは、上からの言葉を、スピリトーソの国民に向かって宣言した。この国をレッジェーロに併合すると。
その提案に否を答える者はいなかった。そんな元気すらなかったし、もはや国を回していける人材もいなかったからだ。
しかしそれ以上に、その宣言はおおむね好意的に受け入れられた。
理由はやはりツヴァイが手配した食糧の件が大きい。あの件でスピリトーソの国民は『レッジェーロは敵国の自分達にすら手を差し伸べてくれた』と感謝していたからだ。
併合から三年。ようやく情勢は落ち着き、人々は穏やかな生活を送るようになった。
そしてそれは軍人達にも言える事だった。
ツヴァイの右腕として名が知られるようになったノヴァや、彼の隊の軍人達。彼らもまた、あの頃と比べてとても穏やかな日々を過ごしていた。
軍を辞めた人間も多いが、ノヴァの隊の人間はほとんどがそのままだった。もちろん異動や昇進した者もいるが。
かく言うノヴァも今では大佐である。
そんな彼は現在、旧スピリトーソで仕事をしていた。
「兄さん! ノヴァ兄さん!」
執務室のドアが勢いよくノックされ、中に妹のクラウィスが飛び込んでくる。彼女は今日は休暇のため私服だ。ちょっとお洒落な感じのドレスを着ている。
それにしても、だ。十六になっても落ち着きがない妹にノヴァは呆れてため息を吐いた。
「クラウィス。ドアはもっと静かに開けなさい」
「だって、聞いて! マルコったら酷いのよ! せっかく今日のコンサートの予約を取ったのに、遅れるって言うの!」
「遅れる? 何で?」
「着ていく服が決まらないって!」
あんまりな理由にノヴァは思わず噴き出した。
「何なのその理由は」
「ドレスコードがあるよって教えてくれたのはマルコなのよ!? なのに酷くない!?」
「ああ、それは酷いなぁ。……でも、あれでしょ。マルコ、ファンだからさぁ」
どうせ悩み過ぎて決まらないんだろうとノヴァは笑う。
クラウィスは口を尖らせて「そうだけど、それはあたしもだわ」と言った。
「じゃあクラウィスが部屋まで行って、コーディネートしたらいいんじゃない?」
「あ! その手があった! うん、そうするね、ありがとう兄さん!」
兄の提案に、クラウィスはポンと手を合わせて頷いた。
そして言うが速いか、部屋を飛び出していく。まるで嵐だ。
ノヴァがくすくす笑っていると、ちょうどのタイミングで電話が鳴った。
「はい、ノヴァです」
『おう隊長、俺だ俺』
「どうしたのマチス」
『いやさ、アサギリの奴がコンサートに着ていく服がないって騒いでんだけど、どうすりゃいいかって』
「そっちも!?」
まさか似たような相談をされるとは思わなくて、ノアはぎょっと目を剥いた。
『そっち?』
「ああ、いやこっちの話。あー、じゃあ、クラウィスに聞いてみたら? あっちも服装で悩んでるみたいだからさ」
『あーお嬢か、その手があったな! ありがとうよ!』
マチスはそう行って電話を切った。まったく、揃いも揃ってとノヴァは苦笑する。
「俺だって休みだったら行きたかったんだけどなぁ」
なんてボヤきながら、ノヴァは時計を見た。
そして「あ、そろそろか」と言って、テーブルの上に置いたラジオの電源を入れる。
ジジ、と軽いノイズ音が聞こえた後に、ラジオから音楽が流れ出した。
『それでは次のリクエストに行きましょう。ラジオネーム桜の星さんからで、曲名は『星屑の小箱』です』
程なくして、ラジオから透き通った綺麗な女性の歌声が聞こえてくる。
ノヴァは、ふ、と優しい笑顔を浮かべ、それを聴きながら書類仕事を再開する。窓の外では一本の桜の木が風に揺れていた。
『おやすみ、おやすみ。優しい夢を、綺麗な夢を。
星の光が、きみを包むよ――――』
END
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