第一話 不死兵というものは
その日、ルネはブリーフィングを終えて直ぐ戦場に送られた。
与えられた任務は、他の不死兵と協力し『ホーキンスの谷』を味方部隊と共に無事に通過する事。
ちなみにこの『無事』にルネ達不死兵は入っていない。必要な時には盾になるというのが彼女達の仕事だからだ。
不死兵というのはそういうものだ。
しかし――――結論から言えば任務は大失敗だった。
小雨が降る中をスピリトーソ軍が進軍していた時にそれは起こった。
どこからか敵国レッジェーロに情報が漏れていたのだ。
ルネたちがホーキンスの谷の中腹に差し掛かったあたりで、敵の襲撃が起きた。
慎重に移動していたはずだった。落石の予想も立てて進んでいたはずだった。
だがその全ては無駄だった。
崖の上から放たれる銃弾の雨に、仲間は一人、また一人と倒れて行く。
不死兵の仲間も味方を庇っているものの、如何せん敵の攻撃が多すぎる。
一人の不死兵の頭が吹っ飛ぶのを間近で見ながら、それでも立ち止まる事など出来ずルネは味方を庇って前へ進む。
「どこで、どこでばれた……どうして……! ああ、まさかアレか……?」
ルネが庇う味方の一人――一応はこの隊の指揮官アルバートが、そんな事をぶつぶつと呟いている。
どこでも、どうしても、今は後回しにして貰いたいものだ。今は生き延びる事が優先だろう。
そんな風に思っていると、彼は急にルネの方を見た。
「……お前、今からここで囮になれ」
「囮ですか」
「このまま丸見えで動いた所で、逃げられやしない。煙幕を焚いたら、お前が囮になって引きつけろ。俺達はその隙に身を隠す」
隠すと言っても、残っているのは岩肌と倒れた仲間達だけだが。
どこに身を潜めるつもりなのだろうかとルネが周囲に目を走らせていると、
「何だ、怖気づいたのか? 不死兵のくせに」
と、ルネの疑問を勘違いしたらしく、そう言われた。
不死兵のくせにとは、彼女達に向けて良く言われる皮肉だ。
不死兵のくせに死ぬのが怖いのか。
不死兵のくせに防具つけたって意味がないだろう。
などなど、バリエーションこそそれなりだが、基本的にはこの二点が軸になっている事が多い。
つまり今のアルバートの皮肉もそういう話である。
ルネは小さく息を吐くと「了解しました」と短く返し、羽織っていたコートのフードを被った。
「そんな事はありませんけれど」
「どうだか。そんなものを被っている時点で、そう見えるがね」
これは特殊なコートだ。不死兵が身に着けるコートのフード部分には、攻撃を弾くように殊更硬い金属が貼り付けられている。
まぁその分、やたらと重くて長時間被っている事は出来ないのだが。
ルネはそれからゴーグルをつける。こちらも同様に硬い金属で出来ている。
そんなルネの様子に、アルバートはフンと鼻を鳴らすと、
「祖国スピリトーソのために」
と言って、懐から発煙弾を幾つか取り出す。そして部下達に短く指示を出すと、直ぐにそれを投げた。
ぶわり、と煙幕が広がる。
その煙の中でアルバート達が動く逆方向に、ルネは飛び出した。
「あそこだ! 煙幕の濃い場所を狙え!」
崖の上からそんな声が聞こえてくる。このまま注目してくれよ、と心の中で独り言ちた。
ルネの頭上からは弾丸の当てずっぽうに飛んでくる。幾つか当たったが体は動く。
激痛と絶望の中で手に入れたこの体は、こういう時には便利だ。
不死兵の体は頭さえ無事ならどんな怪我でも治ってしまう。
だが痛覚はそのままだ。当たれば痛いし、千切れれば吐きそうなくらい辛い。
だがそれは不死兵が生きている証拠だ。痛い内はまだ生きていられるとルネは思う。
もしも痛みすら感じなくなったら、例え心臓が動いていたとしても本当に自分は化け物になってしまうだろうから。
そこでふとルネはおかしくなった。自分から望んで化け物になったのに、どうやらまだ自分では化け物だと認めたくないらしい。
走りながらルネもまた懐から発煙弾を取り出した。
味方とは逆の方向に投げれば注意が剃れるし、崖の上から見れば目晦ましにはなるだろう。
そう思って手に握り、周囲を目で確認する。
走り続けて、どうやらもうすぐ谷を抜けられる位置まで来たようだ。
このまま抜けて森に入れば、身を隠す事は出来るかもしれない。
しくじるな、とルネは自分に言い聞かせる。
飛んでくる銃弾を物ともせずにルネは走り、発煙弾を投げる場所の狙いを定める。
幾つかの銃弾がルネの身体を貫いた時、ようやく敵はルネが不死兵である事に気が付いた。
「頭だ! 頭を狙え!」
そう指示が飛ぶも、走る的を狙うというのはなかなか難しい。
だが腕の良い狙撃兵がいるようで、幾つかフードに当たった弾がカンと音を立てて跳弾した。
「くっそ、痛ぁ!」
ルネはそう吐き捨てる。
フードやコートはルネの頭を守るものの、当った衝撃を無かった事には出来ない。
ぐわんぐわんと響く痛みを感じながらルネは発煙弾を崖目がけて投げつけた。
弧を描き綺麗に飛んだ発煙弾は岩肌にぶつかった途端、ぶわりと白い煙が広がる。
広がる煙の中で、銃撃を止めようとした他の不死兵が投げた手榴弾が、同じく崖にぶつかった。
砕けた岩がパラパラと降ってくる。崖の上からは「うわぁ」等と、悲鳴のような声が聞こえて来た。
ルネはそれを聞くと、谷の出口を目指して走る。
――――その時、不意に視界の端に、見なければ良かったものが映った。
年若い敵兵の少女が一人、呻いていた。
先ほどの手榴弾の揺れで落ちたのだろうか。理由は定かではないが、地面に倒れていた。
おい、おい。冗談だろう。
手榴弾の爆発で落ちてくるであろう無数の岩の下。そこに、その敵兵はいた。
見なければ良かった。
見捨てれば問題ないものだった。
だって敵だ。
敵だ。
――――ああ、でも、うちの妹達と同じくらいの子だなぁ。
そう思ったら、どうしようもなくなって。
反射的にルネは彼女に飛びついて、落下してくる岩から庇っていた。




