第十六話 裏切り者として
ホーキンスの谷付近の森の奥。木々が密集している場所。
ノヴァが地図につけた印の場所に、奇襲から逃げおおせたスピリトーソの軍人達の姿があった。
数はそう多くはない。けれど不死兵の仲間の姿も二人ほど確認出来た。
遠目でそれを確認してルネは「さすが」と呟く。ノヴァの事だ。あの若さで多くの部下に慕われている理由も、上官のツヴァイから信用されている理由もわかる。
ルネはフードをかぶり、ふー、と深く息を吐く。
今まで不死兵として囮になって、何とか生きて戻って来た事は何度もある。だけど今回は違う。
ルネは裏切り者として戻って来たのだ。その緊張がルネの足を引っ張る。ルネは両手で顔を覆った。普段通りの自分をイメージしろと、言い聞かせる。
「…………いける」
呟いて、顔から手を離す。そして立ち上がり、両手を挙げてそこへ近づいた。
敢えて音を立てた。するとスピリトーソの軍人が反応し、ルネに銃口を向ける。
「誰だッ!」
鋭く、強張った声だ。警戒心に満ちている。
ルネは手を挙げたまま「私です」と告げた。軍人が怪訝な顔をし、少しして、
「ルネ? ルネ・アインス?」
と近くにいた不死兵に声をかけられた。二年前に同じ隊に配属になった同僚のサーヴィだ。
彼女はルネだと確信すると「不死兵です。大丈夫、レッジェーロの奴らじゃない」と言って駆け寄ってくる。
「ルネ! 無事だったのね、良かった! ああ、服、ボロボロじゃない!」
「そちらも、無事で良かった」
同僚の様子にルネは小さく笑ってそう答える。これは本心だ。
不死兵は消耗品で、いつ使い捨てられてもおかしくない。だから無事だったことは正直ほっとした。
しかしそんなサーヴィとは逆に、軍人達はまだ警戒したままだ。それはそうだろう。あの襲撃からもう十日ほど経っている。それなのに今になってルネが姿を現したのだ。不審がってもおかしくない。
「確かに、ルネ・アインスだ。しかし貴様、今まで何をしていた?」
「何をと言われても……怪我が再生してから、隊を探していたんですが」
「十日もか?」
「そう言われても。レッジェーロが近くにいるかもしれないし、探している途中でアンブルまで見かけたんで、ろくに動けなかったんですよ。それに再生にだいぶ体力をつかいましたし」
肩をすくめてそう言うと、タイミングよく腹が鳴った。それを聞いてサーヴィが小さく噴き出す。
くすくすと笑うサーヴィの声に、軍人達の間にあった警戒が少し和らいだ。そうか、と言って彼らは銃を下ろす。
そうしていると奥の方から声を聞きつけて、
「何の騒ぎだ?」
と誰かがやってきた。見ればルネの上官のアルバートの姿がある。やはり、彼も無事だったらしい。
周囲が敬礼すると、そのタイミングにルネも合わせた。
アルバートはそれを見て片方の眉を挙げる。
「ルネ・アインス? 何だ、生きていたのか」
「はい。遅くなり、申し訳ありませんでした」
「フン。死んだと思っていたが、運の良いことだ」
アルバートは鼻で笑う。相変わらずだなとルネは思った。
「ずいぶんと元気そうじゃないか。さすが不死兵、傷の治りが早い。顔色もよさそうじゃないか」
「アンブルの死体があったので」
「食べたのか? 相変わらず化け物だな。……だがこれで不死兵が三人か。これならスピリトーソへ帰還も出来るだろう。手土産も出来たし、ちょうど良い」
「手土産?」
たぶんマチス達だろうと考えながら、敢えてルネはそう聞き返す。
アルバートは面倒そうな顔になったが、
「レッジェーロの捕虜だ。ちょうど捕まえられたのでな」
と答えた。その言葉にルネの隣にいたサーヴィがルネにだけ聞こえるように「そのために一人、死んだわ」と悔しそうに呟く。
やはりノヴァが言っていた死体は不死兵のものだったようだ。
「出発は今日の晩だ。それまでに準備を整えておけよ」
アルバートはそう言うと、踵を返した。
どうやら今晩にはここを経つようだ。あまり時間はないなとルネは考える。
そんなルネに向かって、先ほど銃口をむけていた軍人は、
「まぁ、戻ったのは戦力として有難い。ひとまず飯は食っておけよ。ろくなものはないけどな」
と言って離れて言った。警戒は、解かれただろうか。まだ安心はできないが、ひとまず潜入は成功したようだ。
ルネが小さく息を吐くとサーヴィは、
「それじゃあ行きましょう。味のないクラッカーくらいだけど、少しは膨れるわ」
「それでも有難いよ。……ねぇサーヴィ。さっき隊長が言っていたレッジェーロの捕虜って?」
「ああ、うん……。脱出のルートを調べていた時に、森で偶然遭遇したらしいわ。その時にアルバート隊長の指示で……」
サーヴィは言葉を濁したが、何を言わんとしているかは伝わった。アルバートが自爆を命じたのだろう。
ルネも「そう」と目を伏せた。命じられた不死兵の同僚はどんな気持ちで、そうしたのだろうか。沸き上がった感情に、ルネは思わず唇を噛む。
「……そう言えばアルバート隊長も出ていたの? 珍しいね」
「ええ、私もそう思ったけど。何か焦っているみたいだったわ」
「焦る?」
敵に見つかる可能性がある事だろうか。そう思ったが、それならば見つからないように身を隠して、部下を動かす方がずっとアルバートらしい。
アルバートが自分から動く事にルネは違和感を感じた。
「でも戻って来た時は上機嫌だったわね」
「上機嫌……? ……ねぇ、サーヴィ。ちょっと見に行っても良い?」
「え? ああ、まぁ、良いと思うわ。どうせ一緒に行動する事になるし」
ルネの言葉にサーヴィは頷くと「こっちよ」と歩き出した。
自分を信用してくれる同僚に、ルネは罪悪感を抱きながらもついて行く。
選んだのは自分だ。




