第十三話 星屑の小箱
ルネが次に目が覚めた時には夜だった。
ノヴァがいつ帰ったか記憶にない辺り、恐らく途中で眠ってしまったのだろう。
失敗したと思いながらルネは体を起こす。すると失った腕がギリギリと何かで抉られているように痛んだ。
見れば腕の再生はまだ完了していないようだった。
(……少し、遅くなって来たな)
再生途中の腕を見てルネはそう思った。
不死兵の体は再生する。けれどそれは無限ではない。
秘匿事項ではあるが、不死兵の再生には限界がある。
研究者の話では、不死兵の体は再生していく度に、僅かに劣化していくのだそうだ。
劣化の速度は再生頻度や度合い、もともとの体質的なものも絡むらしい。
ただ――――まったく再生しなくなるかどうかというのは分からないそうだ。
ちなみにそれを調べる実験は、いくらスピリトーソでも行われていない。
理由は二つ。
一つは数に限りがある不死兵を研究で使い潰すのは勿体ないから。
そしてもう一つは、不死兵のほとんどは、その結果を出す前に、戦場から帰って来ないからである。
そんな事を考えていると、ぐう、と腹が鳴った。
ルネの不死兵としての再生力がどうであれ、再生すると腹が減る。
燃費の悪さだけは考えものだと思いながらルネは立ち上がる。
拘束はされていなかった。逃げないと思われているのか、単に忘れたのか。まぁどちらにせよ、この怪我で逃げられるとは思っていないので、ルネにその気はないが。
だが、少し。ほんの少し、外の空気を吸いたくなったのだ。
ひょいと外へ出れば、数人の軍人の姿が見えた。彼らはルネに気が付くと「おや」という顔をして、近づいてきた。
一瞬、怒鳴られるかなと思ったが、そんな様子はなく。
「あれ、起きたのか。もう動いて大丈夫か?」
「え、ああ、はあ……」
「つーか丸一日寝てて、腹減っただろ。こっちこっち、あそこのテントで食事作ってるから」
そしてそんな事を言って、ルネをそのテントまで連れて行ってくれた。
ラジオでも流れているのか、テントの中からは音楽も聞こえる。
中に入ってみればテントには数人の姿があり、そこにはクラウィスとノヴァの姿もあった。
クラウィスはルネの姿を見るとパッと顔を輝かせて近づいてくる。
「あ、ルネ! 起きたんですね、良かった! こっちこっち!」
「こんばんは。よく寝たねぇ。ツヴァイ大佐、帰っちゃったよ」
クラウィスに連れられて、彼女達のテーブルに座ると、ノヴァがそう教えてくれた。
そう言えば滞在時間はそのくらいだと言っていたなと思い出す。
「例の件の返答は怪我が治ってからで良いとの事だ。有用性は示されたからね、と言っていたよ」
「それは……どうも、と言って良いのかどうか」
「有用性じゃないですよ! もう!」
クラウィスは怒りながら、ルネの前にシチューの皿を置いてくれた。
ふわっと湯気が顔にあたる。
「あ、美味しそう……」
そう呟いた時、再びルネの腹が鳴った。
思いのほか大きく響いてしまって、ルネは顔を赤くする。
その様子にノヴァが噴き出し、ルネを連れて来てくれた軍人達が破顔し、怒っていたクラウィスまで笑い出した。
そうして始まった和やかな空気の中での食事。
それはルネにとってはとても懐かしいもので、昔、家族と囲んだ食卓を思い出した。
大勢で食べた方が食事は美味しい。それを久々に実感した。
「あ」
食べていると、ラジオから流れる音楽が次の曲へと切り替わる。
流れ始めたのは、どこか懐かしさを持ったゆったりとしたメロディの歌だ。
「星屑の小箱だ」
聞き覚えのある曲に、ルネはぽつりとそう呟く。
「ルネさんも知ってるんですか?」
「うん。うちの国で昔から良く歌われている歌だよ」
「へぇ。うちもだよ。そう言えばこの歌、ルネ、歌ってなかった?」
「えっ」
確かに小さく口遊んでいたが、よもや聞かれているとは。
ルネがどう答えたものかと思っていると、前奏が終わる。さあここから歌だろう――――と待っていたが、歌詞の部分が流れ出してもメロディだけで歌が聞こえてこない。
拍子抜けした気持ちになっていると、
「ああ、このチャンネル、曲だけなんだよ」
とノヴァが教えてくれた。
何だ、そうか。少し残念に思っているとクラウィスが、
「ルネさん、この歌、歌える? 実はあたし、歌詞の方はうろ覚えなんですよ。もし良ければ聞いてみたいです!」
「え?」
「ああ、良いんじゃない。俺もしっかりと歌詞は覚えてないし。ちらっと聞いた時、上手かったし」
「いやいやいや、それはちょっと」
急に振られてもとルネが困っていると、クラウィスがずい、と顔を近づける。
そして「ぜひ!」とキラキラした目で言われてしまった。
ルネはしばし唸った後で、
「へ、下手でも笑わないで下さいよ」
と言うと、ノヴァとクラウィスが「やったー」とお互いに手を合わせた。
(この兄妹め……!)
恨みがましい目で見ながら、ルネはスプーンを置いて、ラジオの曲に合わせて歌いだす。
「星屑の小箱へ、星を詰めよう。眠れない夜に、きみの明かりになるように……」
気恥しさで最初は小声で歌っていると、頭の中に母の声が蘇り始めた。
ルネの母は、ルネが眠れない夜に、この子守歌を口遊みながら、優しい手で自分の頭を撫でてくれた。
(母さん……)
不死兵になってから、家族の事とは敢えて考えないように生きてきた。
自分は死んだ扱いになっているし、二度と会う事は出来ないからだ。
考えた所で、辛くなるだけ。だからルネは考えないようにしていた。
だけど――――。
(ここに来てから、思い出すものばかりだ)
ほんの数日なのに。
何の積み重ねもない敵なのに。
なのに、どうして、こんなに――――温かさを感じるのだろうか。
「おやすみ、おやすみ。優しい夢を、綺麗な夢を。星の光が、きみを包むよ」
気付けば感じていた気恥しさなど、どこへやら。大きな声でルネは歌っていた。
そして最後まで歌いきると、パチパチと拍手が聞こえる。ノヴァやクラウィス、テントの中にいる軍人達。
それだけではなく、歌を聞きつけてやってきたらしい軍人達が、テントの外からこちらを覗いていた。
「ぎゃっ」
「綺麗な声で歌ってたのに、急にカエルが潰れたみたいな声出して」
「いや、だって。そもそも別に綺麗な声というわけでは……」
「綺麗でした! 透き通ってて、すごく綺麗! ルネさん、歌手になれるんじゃないですかね!」
興奮気味のクラウィスの言葉に、数人が賛同するように頷く。
ノヴァも笑って「そりゃあ良いな」なんて言っている。
「良いも悪いも……」
「なっちゃえば? 色々終わったらさ」
「終わったら?」
「うん。いつかは終わるだろ」
ノヴァはそう言って笑う。
何がとは言わなかった。けれど言わなくても分かった。
戦争が、終わったらだ。
ルネは言葉に詰まった。未来の事なんて考えた事がなかったからだ。
「…………終わったら」
それは一縷の希望のような。
星のような言葉だった。




