第十二.五話 人間に見えた
空の端が薄っすらと白む頃。
明るくなりつつある空の下で、とあるテントの前で、マルコは立ちすくんでいた。
テントの中からは上官と憎い敵兵のやり取りが聞こえる。
「…………」
「盗み聞きはよくねーぞー」
「うわっ」
ぼうっとしていた時に、背後から声をかけられて、マルコは飛び上がる。
振り返ればマルコの上官のマチスがいた。
煙草をくわえた彼は、少し首をかしげてマルコを見下ろしている。
「マチスさん……」
バツが悪くなって、マルコは視線をさ迷わせる。
そんなマルコを見てマチスは一度テントの方へ視線を向けた。
それから、
「化け物に見えたか?」
と問いかけた。
マルコは目を伏せた後、
「…………不死兵は、化け物です。だけど……人間に、見えました。見えて、しまいました」
と答えた。後悔が滲む声だった。
酷く辛そうに震えた声。それを聞いてマチスも頷いた。
「俺もだ。……俺はさ、戦場で何度か不死兵に会ったけどよ。あの時のあいつらは、化け物に見えた。最初はな」
「え?」
「……怪我すりゃ痛そうにしているし、頭ぶち抜かれると思えば震えていたし。ああ、あと飯は美味そうに食ってるし。そんで笑うし、泣くし、困るし。それを見て、ああ、こいつら人間だなぁって思ったんだよ」
マチスは煙草を口から外し、ふー、と煙を吐いた。
朝焼けの空に、独特の匂いを持った白い煙が昇って消えていく。
「俺達は人間を相手にしてる。敵でも味方でもな。忘れるなよ、マルコ。人間だ。理性を失ったアンブルのような獣じゃない。それを忘れて、俺達が獣に――化け物になっちゃならねぇ」
「……化け物」
ああ、とマチスは頷く。そして空を見上げた。
マルコもつられて顔を上げた。薄っすら浮かぶ雲の合間を、鳥が飛んでいる。
「……僕はスピリトーソの連中が嫌いです。あいつらがいなければ、戦争なんて起こさなければ僕の兄さんは……戦場で死んだりしなかった」
「うん」
「不死兵の自爆に巻き込まれて、死ぬ事はなかった」
「うん」
「なのに何なんです、あの人、僕なんか助けて。あんな大怪我して平然として。重傷者なんてあの人だけですよ、馬鹿じゃないですか。なのに、何で……」
「うん」
「…………大嫌いだ。大嫌いだ、嫌いだ、僕は。僕は……あの人なんて、あいつらなんて、あの国なんて……戦争なんて、こんなの……さっさと終われば、いいのに……ッ」
ボロボロとマルコの両目から大粒の涙が零れ落ちる。
マチスは大きな手をポンとマルコの頭の上に置いて、
「終わらせてぇよなぁー……」
心からの声でそう言った。




