第十二話 理解できない
「もおおおおおお! ばかあああああああああ!」
野営地に戻ったとたん、ルネはクラウィスから大泣きされた。
彼女はべえべえ泣きながらルネの手当てをしようとする。
「く、クラウィス、気持ちはありがたいんだけど、再生するから包帯を巻かれるとちょっと……」
「じゃあ痛み止め打つううううううううう!」
もはや会話ではないやり取りをしながら、ルネはクラウィスに痛み止めの注射を打ってもらった。
その後ルネはテントで休まされている。そうしている内にアンブルの討伐は終了したようだ。
怪我人はいるものの、重傷者はルネ一人だけらしい。
まぁそれは良かったなぁと、もうすぐ夜明けを迎えるテントの中でルネは思った。
皆、疲れたのだろう。後始末を終えると直ぐに、野営地は静けさを取り戻した。
静かになると、色んな事が頭の中に浮かぶ。一番は今日の事だ。
マチスに怒られ、アサギリに諭され。ルネにとって何とも新鮮な出来事だった。
そうしているとマチスの言葉が蘇った。
『お前もだ、ルネ・アインス。何て馬鹿な戦い方をしやがる!』
無茶と言われても、とルネは思う。あれが不死兵の戦い方だ。
馬鹿でも何でも、このやり方で今までやって来たし、生き抜いてきた。
ああ、でも。マチスは『命を粗末にするな』とも言っていたなと思い出す。
(命か……)
戦争が終わるまで何としてでも生きようと言っていた同僚が、死にたいと言うようになったのをルネは何度も聞いた。
精神が耐えきれなくなって、自ら頭を吹っ飛ばした同僚も見てきた。
なら自分はどうだったのだろうかとルネは考えると、アサギリの言葉も浮かんできた。
『私達もね、見ててすっごく痛い。見た目もだけど、君が生きようとしないのが伝わってくるから』
死にたいと思った事はそんなにない。
けれどその逆はどうかと考えれば良く分からない。自分の生死に関する感覚が薄れている自覚はあった。
「……生きようとしない、か」
ぽつりと呟く。そうかもしれないとルネは思った。
生きようとしなくても不死兵は生きる。
それは不死兵になってからの常識で――――だからルネは、積極的に生存率の高い行動を取る事はなくなった。
だって頭が無事なら生きていられるのだ。多少の危険も無茶も不死兵には関係ない。
実際にルネが所属していた隊ではそれが推奨された。指揮官のアルバートがそういう方針だったという事もある。
頭だけ死守して、全力で味方を生かせ。ルネに求められた仕事はそれだった。
だからそうして来たし、それをこなせば文句は言われない。
なのに。
(敵兵に……心配されるとは思わなかった)
その事実にルネは今も困惑している。どうして良いか分からない。
自分の中の感情を、どう処理して良いか分からない。
(……寝よう)
それが最善策だとルネが目を閉じかけた時、誰かがテントを開けた。
中の様子を窺うように、そっとだ。見ればノヴァがいた。
「ああ、ごめん。……起こした?」
「いえ。ちょうど寝ようと思っていたところです」
「そっか。……少し良いかい?」
「どうぞ。というか捕虜相手に遠慮しなくても」
「一応、礼儀ってものがあるからさ。あ、寝てていいよ。まだ再生途中で痛むでしょう」
ノヴァはそう言うと、ルネの前に腰を下ろした。
ルネはお言葉に甘えて横になったまま、顔だけ向ける。
「今日は頑張ってくれてありがとう。……マチスに怒られたんだって?」
「ああ、はは……迫力ありますね、あの人」
「元傭兵団の団長だからねぇ。怒った時は俺でも怖いんだよ」
苦笑しながらノヴァは、マチスに怒られた時の事を話してくれた。
彼らを受け入れた後の戦場で、無茶をして味方を庇って怪我をしたら、物凄く怒られたのだそうだ。
「マチスの傭兵団はさ。雇われて向かった戦場で囮にされて、使い捨てにされて。それで半分くらいの団員が命を落とした」
「……半分」
「うん。だからあいつは仲間の命を、とても大事にしているんだ。あんたを怒ったのも、それが理由」
「…………」
ルネの脳裏に険しい顔をしたマチスが浮かぶ。
「……理解できない」
「何が?」
「私は不死兵です、敵ですよ。仲間じゃない。なのに何が大事だって言うんです」
蛇口をひねるように、疑問と困惑が言葉になってルネの口からあふれ出る。
「頭さえ無事ならいくらでも元に戻ります。トカゲだって身を守るために尻尾を捨ててるでしょう。似たようなもんです。それなのに、どうして怒るんです」
「そりゃ心配してるからだよ」
「理解できない」
今度はルネは間髪入れずにそう言った。
「クラウィスも、ノヴァさんも、マチスさんも、アサギリさんも。ツヴァイ大佐だってそうだ。何を心配してるんです。何で心配してるんです。おかしいですよ、ほんと、ここの人達。笑っちゃうくらいだ。私は」
「……敵?」
「そうです。……マルコくんの方の感情の方が、私にはよほど理解ができる」
吐き出すようにルネは言う。気が付けば、残った方の腕の手を強く握りしめていた。
ノヴァはそんなルネを優しく見下ろしながら、
「はい、使って」
とハンカチを差し出す。
何故ハンカチなんてとルネは訝しんだが、少しして、自分が泣いている事に気が付いた。
「あれ……?」
「痛かったんでしょ」
ノヴァは小さく笑うと、受け取らないルネを見かけて、ハンカチを目にそっと押しあてた。
柔らかい肌触りのハンカチだ。ほんのりと太陽の香りがした。
その温かさに香りに『ああ、自分は痛かったのか』と今までの感情の理由がストンと腑に落ちた。
腑に落ちたけれど、でも。
「…………理解できない」
「うん。でも、最初に会った時よりも今の方がずっと、あんたは人間に見えるよ」
もっとも、とノヴァは言う。
「クラウィスを助けてくれた時のあんたは、あの場の誰よりも人間らしかった」
そう言って笑うノヴァに、ルネはいよいよ何も言えなくなって。
唇を噛んで嗚咽をこらえた。
本日18時にもう一話投稿します。




