第十話 どうして手を
「納得いきません! 何故、不死兵の拘束を解いたんです!?」
ツヴァイによってテントの外に出されたルネは、早々にマルコから指を突きつけられ、怒鳴られていた。
まぁ想定の範囲である。マルコ以外にも同じ意見の軍人は数人おり、皆それぞれに驚愕の顔でツヴァイとルネに目を向けていた。
「何故と言われても、アンブルの襲撃を対処できる人間が必要だと、私が判断したからだ」
「必要ありません! 獣の一匹や二匹、僕達で対処可能です!」
「七匹だけどね」
「それでも! 敵兵の力など借りたくありません!」
マルコの言葉に「そうだ」と賛同する声が上がる。
ツヴァイは「ふむ」と小さく言うと、ノヴァの方を見た。
「という事だが、どうかねノヴァ隊長?」
「ルネ・アインスの同意は?」
「貰ったとも。ああ、もちろん脅してはいないよ?」
「そうですか。それならば、反対する理由はありませんね」
ノヴァは一瞬だけルネに気遣う視線を向けたが、それだけだ。軽く頷いてツヴァイの提案を受け入れる。
そんな隊長の姿にマルコ達はぎょっと目を剥いた。
「隊長!? 何故です!?」
「何故とは?」
「化け物を……俺達の仲間を殺した連中と、どうして手を組めるんです!」
「なら聞くが、自分の仲間を殺した連中と、どうして手を組もうとしていると思う?」
マルコとほぼ同じ言葉をノヴァは返す。
言葉に詰まったマルコ達を一瞥し、ノヴァはルネの方を見た。
答えをこちらに求められているのが分かったルネは頬をかいて、
「狂暴化したアンブルは厄介ですからね。そもそもここにいるなら襲われるのは必須ですし。幾ら再生するからって、アンブルに食われ続けるのはちょっとご遠慮願いたいなぁって」
と言った。もちろんそれだけではなく、良くしてくれたクラウィス達の身が危険になるのは避けたいという気持ちもある。むしろそちらの方が今のルネには大きい。
けれど、それを言ったところで火に油を注ぐだけだろう。なのでルネは利害関係のみを口にした。
ルネの心情を知ってか知らずか、ノヴァは頷いて「そう言う事だ」と言った。
話を聞いても、マルコはまだ承服出来ないという顔をしている。しかし、上官二人が是と言った以上、反対も出来ず悔しそうに歯を食いしばった。
「……はい。しぶしぶだが納得したという事で良いかな! ではルネくん、頼んだよ! 彼女をどう使うかは、ノヴァくんに任せる! 私も準備に入る」
「承知しました。というか準備に入るって、まさか前線に出るおつもりですか」
「そうだよー?」
「やめて下さい困ります。あなたはクラウィスと一緒にここで待機をしていて下さい」
「えー? ノヴァくんは相変わらずかったいなぁ。はいはーい」
それこそ『しぶしぶ』と言った様子でツヴァイは言うと、軽く手を振って救護班のテントの方へと向かって行った。
ノヴァは小さく息を吐くと、
「それでは班編成を行う」
と告げる。どうやら複数班に別れて対処に向かうようだ。
さて、自分はどこに組み込まれるのか。ルネがそう考えていると、
「マチス。ルネはそちらの班に任せる」
「オーケー、任せとけ。それじゃ他の奴は……そうだな、アサギリ、来てくれ。それからマルコもだ」
「は!?」
名前を呼ばれたマルコは目を見開く。それからルネの方をバッと向いて、
「冗談でしょう……!?」
と言った。そんなマルコを冷めた目で見ながらマチスは、
「この状況で冗談を言っている時間があるか。そもそもお前がツヴァイ大佐を呼んだから、ルネは引きずり出された。捕虜の拘束解いて戦わせるなんて、俺だって想定外だよ。だけどよ。だったら。呼んだ責任くらい自分で取れるだろう?」
と言った。マルコは「そんな……」と呟いて肩を落とした。
そんなマルコに、同じく名前を呼ばれたアサギリという女性は笑って、
「アハハー。がんばろーねぇーマルコくんやーい」
と、マルコの背中をバンバン叩きながら明るく言う。
歳は二十歳半ばというくらいだろうか。泣きボクロが特徴的で、黒髪を後ろでまとめたミステリアスな雰囲気の女性だ。
アサギリは今度はルネの方を見て、
「えーと、ルネちゃんだよねぇー。よろしくねぇー!」
とにこにこ笑って手を振った。
「あ、はあ。よろしくお願いします……?」
「うんうんー私、挨拶出来る子は好きだよぉー。マチスくん、がんばるからーまかせてねぇー」
「相変わらず不安になるしゃべり方だなーお前は。ああルネ、こいつは俺の部下だ。傭兵ん時のな。まぁ、こういうユルイ奴だから」
なるほど、マチスの部下かとルネは納得する。
どうりで雰囲気がクラウィス達よりのはずだ。私情と仕事は別で考えられる人、という事だろう。
「じゃあ隊長、準備に行っていいか?」
「いいよ。十分、気をつけてね」
「はーい。それじゃお前ら、行くぞー」
「はぁーい!」
ノヴァから許可を得ると、マチスは歩き出す。
直ぐに続いたのはアサギリだ。その後をマルコがため息を吐いてついて行く。
じゃあ私もとルネが続こうとすると、ノヴァに呼び止められた。
「ルネも気をつけてね。あんたが大怪我すると、クラウィスが泣くから」
「それ、不死兵に言う事じゃないですよ」
「だからルネ・アインスという人間に言ってる。気をつけて」
ノヴァはそれだけ言うと、班編成の話に戻って行った。
(……人間)
また人間扱いされて、も言えない感情がルネの胸に広がる。
奇妙だが、不快ではない――――そんな感覚だ。
ルネは複雑な表情になりながら、マチス達の後を追った。




