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第八話 それは本当に夢のような


 体が再生する感覚を、お湯が沸騰するような感覚だなと表現した同僚は、元気でやっているだろうか。

 そんな事を考えながらルネはテントに戻っていた。

 特に何をするでもないので、ごろんと横になりながら、ルネは小さく歌を口遊む。


「星屑の小箱へ、星を詰めよう。眠れない夜に、きみの明かりになるように……」


 星屑の小箱という歌だ。ルネの母が良く歌ってくれた子守歌である。

 ルネは母の歌が好きだった。だからなのかルネも歌は割と好きだ。

 そんな調子でぼんやりしていると、そこへノヴァがやって来た。

 彼は寝転んでいるルネを見て、


「思いのほかくつろいでてびっくりだよ」

「それは失礼。まぁやる事がないので」

「それはそうだけどさ」


 なんて若干呆れた様子で言うと、彼女の前に腰を下ろす。

 ルネも寝転んだままというわけにはいかないので体を起こした。


「ちょっと聞きたいんだけどさ」

「はいはい」

「クラウィスと、あとマルコの様子がおかしいんだけど、何か知らない?」

「あー……」


 ノヴァに問われて、ルネは若干、困った顔になった。

 何あったと言えば、やはり先ほどのやり取りだろう。


「まぁマルコくんでしたっけ。さっき絡まれましたね。それでクラウィスが怒って」

「うん」

「不死兵についてちょっと話したくらいですけども」

「ちょっとって?」

「えーと」


 ルネは一瞬、答えようかどうしようか迷ったが、黙っていても意味がないだろうと思い、


「あー……何と言ったら良いだろう。えーと、不死兵には痛覚が残ってるんですよ。で、それがずっと疑問だったんですが、クラウィスに傷を負っても痛みがなければ、自分を大事にしようって思わないと言われて」

「…………」

「つい、地獄みたいな話だなって呟いたら、二人とも黙ってしまいましてね」


 そう答えると、ノヴァは「あー……なるほど」と小さく息を吐いて、がしがしと髪をかいた。

 彼は複雑そうな顔になると、


「それは悪い事をした」


 とルネに謝った。

 何で謝られたのかルネにはさっぱり分からない。


「謝罪する必要は特に」

「いや、妹もマルコも浅慮だった」

「うっかり口を滑らせたのはこちらなので、むしろ悪い事をしました」

「いいや」


 ルネの言葉にノヴァは首を横に振る。


「知っているつもりで、理解していない事は多い。敵の事を知っているように見えて、あの子達はまだ知らない」

「十二そこそこでしょ。そりゃそうですよ、まだ大人に守られる歳だ」

「あんただってそうでしょう。どう見ても成人している様には見えないよ」

「はてさて、私は不死兵ですからね。ならせて下さいなんて志願した時点で、守られる側の子供じゃあない」


 そう言うとルネは自分の手を見た。

 年齢なんて気にした事はなかった。そもそも不死兵になって何年経ったのか、正直なところルネは覚えていない。

 やる事はいつも同じだ。戦場に立って、味方の盾になる。そしてボロボロになった体を再生させて、また戦場へ向かう。

 その繰り返しだ。いつからかルネはカレンダーを見るのも止めた。だって見た所で何も変わらないからだ。


(ああ、だけど、春は好きだな)


 ふと、クラウィスと外に出た時に、空から舞ってきた桜の花。


「クラウィスから聞きましたけど」

「うん?」

「桜、綺麗なんですって?」

「桜? ああ、故郷のか。綺麗だよ。山がまるまる桜の花で埋まるんだ。あれは本当に夢の世界みたいだ」

「夢ですか」

「そう。…………本当に夢みたいでさ」


 ノヴァは目を少し伏せて、膝の上で両手を握る。その声は想い出を噛みしめているかのようだ。


「……早く終わらないかなぁ」


 そしてぽつりとそう呟く。

 何が、とは考えなくても分かった。ルネは小さく笑って「そうですね」と同意する。


「花見とかしたいですよねぇ。うちにもね、大きいのが一本あるんですよ」

「へえ? 一本桜ってのもまた良いもんだ」

「ええ。家族とよくお花見をしてましてねぇ。それで父さんがお酒飲んでべろべろに酔っぱらって母さんから怒られて。で、しょんぼりしながら、大人になったら一緒に酒を飲もうって」


 そこまで言って、ルネは「あ」と口を閉じた。思い出して懐かしくなって、余計な事を言ったからだ。

 するとノヴァは不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、失言でした」

「何でよ。家族の話でしょ、別にいーじゃない」

「敵同士で話すものじゃありませんでしたよ」

「戦時下じゃなかったら、ただのお隣さん同士じゃんよ」


 ノヴァは「何てことないでしょ」と笑う。

 確かに彼の言う通りルネの祖国スピリトーソとノヴァの国レッジェーロはお隣さんだ。

 まだこんな状況じゃなかった頃は、両国はそれなりに行き来があって交流もあった。

 友好国とも言えただろう。拗れた途端に、その感情は見事に反転してしまったわけだが。


「俺は見てみたいなぁ。綺麗なんでしょ、一本桜」

「綺麗ですよ。……ああ、でも、そうですねぇ。私も見て見たいですね、山いっぱいの桜」


 それこそ『夢』のような事を言いながら、二人そろって、テントの窓から外を見上げる。

 青空に、どこからか飛んできた桜の花がふわりと舞っていた。


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