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知りたいですか?

 ロープは念のためにそのままとし、僕達二人は壁面を歩いて下りる。うん、すごく変な感じ。横に向かって重力が働いているようで、筒状の何処でも歩けるんだ。振り返ったら正面にソールが見えるというおかしな状況。


 キリーさんは目を白黒させてる。無理も無いね。


「よく落ち着いていられるね、ランちゃん……」


 落ち着いてる……のかな。ここはもう魔穴の中だから、慌てていられないだけだと思うな。だって、混沌の領域に踏み込んでるんだもの。いつ魔物が現れて、襲いかかって来てもおかしくない場所なんだ。何があってもキリーさんは守りたいしさ。


 それに混沌の睥睨とかロランシルトの魔穴とか、とんでもない事にはもう遭遇してるしねえ。


「護衛ですから」


「そっか。ありがと、頼もしいよ」


 護衛が我を忘れて守れなかった、なんて笑い話にもならない大失態だ。そんなの僕はお断り。




 でも、黒い壁に到達したところでさすがに度肝を抜かれた。


「何、これ……!?」


「か、顔ですか……はは。悪趣味な光景ですねえ……」


 黒い壁で蠢いていたのは、無数の顔だった。全てが苦痛で歪んだような、助けを求めて泣き叫ぶような、絶望に打ちひしがれたような表情。そんな悲しみの顔がところ狭しとひしめき合っていた。


 声は無い。ただもぞもぞと蠢く。沈み込んだり浮き上がったりもしてる。あまりにもおぞましく、腹の底が冷え切ってしまうのを感じた。


 それでも僕は、ロランシルトで似たようなものを一度見てるからマシだ。不気味で怖気を誘い、一方で腹立たしく義憤が湧くこんな光景も、僕は二度目だ。けどキリーさんは?


 音がして振り返れば、彼女がへたり込んでいた。


「大丈夫ですか」


 そばに行き、目の前に膝で立つ。そうして視界を僕で埋め、見えないよう隠した。肩に手をやって引き寄せ、彼女の顔を胸に当てる。そうすれば腰に手を回された。弱々しく縋られる。


 少し震えてるのがわかった。


「何あれ……何ここ……」


 答えを期待しての疑問と言うより、ただ言葉に出ただけの様子。その問いには答えず、宥めるように頭や肩を撫でる。


「大丈夫、僕がいますからね」


 幸いこの魔穴は、簡単に出る事が出来る。奥には行かないで、ここから見えるものだけ調べて帰ったって構わないんだ。そしたら後で、僕一人で来れば良い。


 ここからは、キリーさんには厳しいだろう。プレイヤーならゲームの映像として、まだ受け入れられたと思う。どんなあり様を目にしても、所詮はフィクションだと思える。架空の事で実際のものではない、作り物だと考えられる。


 でもキリーさんは違う。彼女はこちらの人だ。こんな惨たらしい光景を見て、正気でいられるわけがない。


 あの顔が何なのか、考えてしまっただろう。どう見ても人族の顔で、しかも酷く苦しんでいる。幾つもの可能性が頭を駆け巡ってしまったはずだ。


「ねえ、ランちゃん。ランちゃんはどうして平気なの? あんな……あんな酷いものが目の前にあるのに……」


 明確に、尋ねられてしまった。はぐらかす?


 放浪者だから、と言うのはあんまり良くないね。まるで放浪者はこちらの事に無頓着だとでも言うかのような答えだ。


 護衛だから? それはもう苦しいか。こんなの見ておいてそんな理由で落ち着いていられたら、きっと普通じゃない。


「あれは、人だよね? 人間もエルフもドワーフも、獣人もハーフリングも皆いる。魔物なんて一匹もいない。……あれは全部、私達人族だよね? 捕まって、苦しめられてるって事? どうして、こんなの……酷い……」


 まあ、気付くか。


 いっその事、話してしまう? 信用出来る人なら、秘密にしてくれるよね。


 まあ、最悪話されても構わないか。その時はほとぼりが冷めるまで、姿を消してれば良いんだから。何しろ食事も水も要らないんだ。実は町で暮らす必要がそんなに無いんだよね。安全にログアウト出来る場所さえ見つけたり作ったり出来れば、隠遁しても生活は成り立つ。


『そうなると、あちらでもこちらでも二人きりの日々になるのう。ふふふ、それも楽しそうだ』


 ファリアは相変わらずだねえ……。フレアと会うのがちょっと難しくなるけど、忍び込んじゃえば良いか。


 ……うん、話しても大丈夫だね。


「知りたいですか?」


「知ってるの?」


「僕がどう答えるかは、キリーさん次第ですよ」


 上げた顔からいつもの笑顔は消えていて、今にも泣き出してしまいそうな目が見つめ返して来る。顔色は青ざめ、怯えが見える。


 けれど瞳には力が宿り始める。そして震えそうな唇を動かして、声は震わせて知る事を望んだ。


「……知りたい。こんなの、酷いよ。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの? 私達はただ生きてるだけ、生きていたいだけなのに。どうして捕まえられて囚われて、苦しめられて殺されなきゃいけないの? どんな理由があったらこんな事が許されるの? ねえランちゃん、知ってるんなら教えてよ……」


 目尻に雫が浮かぶ。優しい人だね。他人のために悲しんで、憤りも感じて。キリーさんなら、教えてもきっと悪いようにはしないね。


 僕から聞いたという事は秘密にするよう前置いて、それを条件に話し始めた。頷く彼女の表情は引き締まり、眼差しは力強く輝く。


「ここは混沌の領域です。混沌とは破壊の終末をもたらす存在で、魔物はその尖兵。彼らの役目は生命を殺し、魂を奪う事。奪われた魂は混沌に捧げられ、一つとなり……まあ、見ての通りです」


 前から退いて視線を通せば、キリーさんは再びその光景に目を釘付けられる。


「これが、魂……?」


「混沌とは世界を始める存在で、再び一つとなる事で世界を終わらせる存在です。その方法は全ての生命を絶滅させ、魂を奪い尽くす事。そうなれば終末を止められる者はいなくなり、何もかもが混沌と一つになるのでしょう。対抗するには魔物を倒し、魔物に殺されない事。それしかありません」


「そんなの、じり貧だよね……?」


「……避けようの無い未来ですね」


「それじゃ、いつかは皆がこうなるの!?」


「幸い、魔物が捧げずに蓄えている魂なら救えます。魔石が魂の檻なんです。なので魔石を傷付けて、穴を開ける事で解放されます。けれど混沌に捧げられてしまった魂を救う方法は……」


 まあ、あるにはあるんだけどさ。誰でも出来るわけじゃないし、まだ一度しか試せてない。ロランシルトの魔穴がそうだっただけで他は違うとか、あり得ない話じゃないからねえ。


 キリーさんの顔からは、表情がすとんと抜け落ちた。うなだれて肩を落とし、ぽろぽろと涙をこぼす。


 ……知らない方が良かったかもしれない。余計な事を話しちゃったかな。


『望む者に望む知識を与えたに過ぎん。これからどうするのかは、この娘の問題だ。お主が気に病む事ではあるまいよ』


 そうかな……。何か、責任感じちゃってさ。







 さて、あまり悠長にもしてられない。魔物がこちらに来てしまう。ショックを受けてるところで悪いんだけど、急かしてしまおう。


「僕は奥へ行きますけど、どうしますか?」


 問われたキリーさんは顔を上げる。その目に覇気は無く、彼女に似つかわしくない程疲弊していた。涙に濡れてしまってるので、綺麗な布を出して拭いてあげた。


 ぼんやりしていて可愛いんだけど、このままじゃ困るね。


「何で……?」


「調査ですよ?」


 そう返せば、はっとしたように目を開く。


「そうだったね。でも……ううん、行くよ。私も行く」


「先へ進むには、彼らを踏んで行く事になります。それでも構いませんか?」


「でも、ランちゃんもそうするんだよね?」


「ですね」


「仕方ない、よね」


 我慢してもらうしかないね。


 というわけで、僕達は最奥を目指して歩き始めた。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


「痛くないようにするから許してね。額の方が楽?」


「あ、鼻をごめんなさい! わざとじゃないんです!」


「ランちゃん、下から見られてるよ?」


「ええ!? ああもう、サービスにしときます!」


 ちょっと騒がしかったかな。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  名前 ラン

  種族 ハーフエルフ

  性別 男性

  階級  三


  筋力  六

  敏捷 一四

  魔力 一八


 魔導器 属性剣

  魔術 魔力操作   魔力感覚


  技術 看破     軽業

     跳躍


  恩寵 旧神ナルラファリア


  ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一

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