何でいるの!?
さて、大広間を改めて見回す。天井がドーム状で円形。切れ目や継ぎ目の見当たらない構造の、巨大な石材をくり抜いて作ったような場所。どうやったのかなんて想像も出来ない。ゲームだからあんまり関係無いけどね。
そんなのっぺりとした表面の壁や床を剣でつんつん突っつきながら、虱潰しに調べて歩いた。静寂の中に石を叩くこんこんという音だけが木霊して、疲労感が眠気を呼び込む。
一つ大きく欠伸して、身体を伸ばしたりなどで睡魔を払った。ゲーム内なのに眠くなるんだね。
こういう作業は、昔やったダンジョン物のRPGを思い出すなあ。古典的なゲームの一つで、地下迷宮の奥深くに潜む悪い魔法使いを倒しに向かう奴。方眼紙に地図を手書きしながら遊んだっけ。
あの時は幾つだったか……。まだ一桁じゃなかったかな。懐かし過ぎる。
そんなゲームも、今はこれだ。恐ろしい進歩を遂げてるよ。二十一世紀の初頭も初頭にこんなVR技術が実現して、それで遊べてしまうなんてね。
でもこのswivel、発売から一年以上経った今ですら他社の追随を許してないから飛び抜けてる。日本の老舗メーカーが突然発表して販売を始めたハードで、前情報が一切流出しなかった。その前の携帯据え置き両用で使えるゲーム機の発売から二年足らずで世に出されて、不意討ちも不意討ちで誰も彼もが眉唾に思ってたんだ。
もちろん僕もその一人。だからすぐには買わなかった。そんなに興味も持たなかったんだよね、あの時は。ゲイルに誘われて初めて品薄状態になってるんだと気付いて、ようやく買えたのが先日。届いたのは昨日だ。
このASは本体と同時発売のタイトル。課金方式は月額だけどたったの千円で、一年まとめて払うと一万円という値段だから随分安い。
今日始めたばかりだからゲーム性についてはまだ何とも言えないけど、ここまでで既に値段以上な気がしてる。本当に存在しているような感覚。寸分違わない、むしろ現実以上に動けている身体。これからこの場所を抜け出られたら、どんな世界が広がっているんだろう。期待に胸は膨らむ一方だ。
そんな事を考えながら、しばらく調査を続けた。
外側からぐるぐると調べ続けて、結局中央まで何も見つからなかった。どうしたものかと思い悩み、ふと思い付いて……思い出してがっくりと膝を突く。
看破が……あったじゃない……!
「何で忘れるかな!?」
このために取ったんじゃないか! 隠し扉とか探すために取ったんじゃないか! 何で忘れてたのさ!?
ああ、物凄い無駄な労力……。
『修復を終わらせたのだが……何やら面白可笑しい事をしておったようだの?』
「全くもってその通りですよ!」
『くくく……。そんなところも可愛らしいのう。しばし休むが良い』
「……ですね。一息入れます」
と言うか、もしかしてそろそろ時間なんじゃ?
ログアウトについて、ゲイルに聞いてみようか。
「おう、良いぜ。教えてやるよ」
ログアウトの際は、一定時間キャラクターがその場に留まるそうだ。安全地帯として指定されてる街中などでも、宿の部屋に代表されるような場所でなければ完璧に安全とは言えないとの事。
宿の部屋などでのログアウトなら十秒程度でキャラクターが消えるけど、そうでない場所だと十分はそのまま残ってしまう。その間は攻撃などの悪意ある行動を防げない。だから出来る限りは利用した方が良いようだ。
「一番良いのは家を持っちまう事だな。宿だと四泊分の金を取られるからよ。早くログイン出来りゃ差額は払い戻される場所がほとんどだが、損は損だからな」
「こちらは四倍速ですからね。そこは仕方ないです」
ただし解錠の技術も存在してるから、家の中も絶対ではないらしい。ログアウトに関しては十秒で完了するから問題無いけど、置いた物は盗まれる可能性がゼロにならないわけだ。これは現実でも同じだし、しっかり対策する以外に避ける術は無いね。
中にいる時は閂なんかの、物理的にがっちり閉じてしまう手段が有効みたい。解錠が適用されるのは錠前などの鍵で、閂のような物は対象外だから。
「と言うか、家買えるんですか」
「安い物件でもそこそこ値は張るがな。AIが自然だから近所付き合いなんかも当たり前にあるぜ」
あちらとこちらで、また違う生活が送れるんだね。シミュレータ的な楽しみ方にも対応してるわけか。
そこでふと、疑問が生まれた。
「そう言えば僕達プレイヤーって、こちらではどういう扱いなんですか? NPC達と同じ普通の人って立場には紛れ込めないですよね?」
ログアウトする姿は見られてるはず。となればログインする姿も同様だ。そんなプレイヤー達が家を買えてしまう。NPC達とは明らかに違う存在のはずなのに受け入れられてるって事だ。
これって、すごく奇妙じゃない?
「ああ、もちろん一般人じゃねえ。こっちじゃ俺達は『放浪者』と呼ばれてるぜ。異世界からやって来た流れ者って扱いだ」
「異世界人って事になってるんですね」
「その方が面倒が無かったんだろーな」
うん、納得。
このおかげで現実の方の諸々を話していても、異世界の事って扱いになってほとんど問題にならないらしい。端末の事もログアウトの事も、NPC達にとっては既に普通の事になっちゃってるのだとか。
このASが始まってから現実では一年以上が、具体的には一年と三ヶ月が過ぎてるんだけど、ゲーム内では五年が過ぎた計算になる。それだけの年月が経てば普通に順応するってわけで、NPCをそういう風に設定したんだね。
「プレイヤーは放浪者、NPCは『アルス人』っつって呼び分けてるからよ。お前もそうしとけよ」
「わかりました」
僕達にとってはゲーム世界、アルスの人々って事だ。覚えておこう。
ゲーム内時間が二十時になり、ゲイルはログアウトした。僕も同じくログアウトするつもりだ。
ログアウトは端末から行える。十秒のカウントダウンの後にプレイヤーの意識は現実へと戻り、ゲーム内の身体はここだと十分間残る事になる。
『ふうむ……。まさか異世界人であったとはのう』
「先に話しておくべきでしたね。僕もまだよく把握出来てなくて」
『それは構わんとも。ところどころよくわからぬ言葉もあったが、そのログアウトとやらでお主らはお主らの世界へ戻るのだな? そして次にこちらへ来るのは四日後と』
「今からだと、三日と少しですけどね」
……ファリアを中に宿したままログアウトして大丈夫なのかな? ログアウトした後強制的に出される? それとも次のログインまで眠ったり? 僕の身体はログアウトで消えちゃうけど、ファリアは現状のままって可能性もあるか。
どうなるんだろ?
『確かに疑問だな。試してみるか』
「ファリアがそう言うのなら、そうしますけど」
ちょっと怖くはあるんだよね。でもまあ、ゲームだし。その辺の調整はしてると思うんだ。……してるよね? 大丈夫だよね?
ゴーレムがゴブリンなんて前例があるから、どうにも不安が払拭出来ないな……。
ともあれ、いつかは試す事になる。それが今ってだけだ。ここなら他に誰もいない。プレイヤーもNPCも魔物も誰も。試すにはお誂え向きの場所だ。他で試すより、ここで試した方が絶対良い。
そんなわけで、端末を操作してログアウトを選んだ。十秒のカウントダウンが画面に表示され、そして僕の全感覚が暗転する。
身体に重力を、頭にswivelの感触を意識しながら身体をゆっくり起こした。目を開ければ、そこは見慣れた僕の部屋だ。ベッドに腰かけて、深く一息。こういうゲームは初めてだったから、少し疲れがあるね。
軽く身体を解してから立ち上がる。少しよろけたけど大丈夫そうだ。
「さて、寝支度しよっと」
などと独り言を口にすると……。
『のう、ランよ……。これは一体どうなっておるのだ……?』
……それは僕が聞きたい。
「嘘お……」
何でいるの!?
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 二
筋力 六
敏捷 一三
魔力 一五
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作
技術 看破 軽業
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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早速ローファンタジー部分が始まりました。キーワード設定しておりますのでご理解いただけているものと思いますが、今作は少しばかり現実世界にもこうした要素が含まれています。とは言え中核にはならず、あくまでもスパイス程度。今後も基本的にはゲーム内で物語が進行します。
……中核にはなりません。なりませんが、舞台設定において重要な意味を持っていたりいなかったり。