戦争での報奨はわたくしから支払いますわ
昨日は長い一日だったね。日曜はログインのペース配分考えておかないとやばい。
というわけで月曜日。仕事もいつも通り終わって帰宅。諸々済ませて、と思ったけどご飯は食べないで良いんだった。するとどうなるかと言うと、料理したり食事したりの時間が丸々フリーになるって事。大体一時間から一時間半くらいかけてるけど、丸ごと無くなるからそれだけ早くログイン出来るね!
四時間から六時間くらい長くあちらにいられるから、これはすごいお得。食費浮くわ自由な時間増えるわ、すんばらしいね。感謝!
喜んでると、スマートフォンにメールが来た。洸……ゲイルねゲイル。本名川村洸。どうしたんだろ?
用件はグリズールの神人発言についてだった。運営から返事があったそうで、特別秘密にする必要は無いとの事。ただ、ゲイル自身は公にしない方が良いと考えてるから、公表するつもりは無いってさ。
それなら僕も黙っておこう。どっちでも構わないんだけど、広めたって面白い事にはならなそうだし。
返事をしておいて、僕はswivelを装着した。
ログインすると知らない場所に……って、昨夜はここでログアウトしたんだった。
路地裏の片隅の物陰だ。とっとと出よう。
現在のこちらは朝の七時手前。少し肌寒く感じるから、ショートマントを羽織った。
ヒルダ様に報告しないといけないので砦へ向かう。道中端末を確認すると、ゲイルもレジーナさんもリーフもいない。とりあえず動画は……無駄な部分が多過ぎるから編集しないと駄目だね。
行ってみればヒルダ様は朝食のお時間。ロビーのソファで待たせてもらった。その間に編集しとこう。穴を落ちてる間や底を探索してるところはさくっとカット。そんなのが大部分なんだよなあ。でも何にも無いから見る必要無し。
これで重要な部分がしっかり見れる動画になった。問題なのは、最後の部分の説明をどうするかって事。まあ、面倒だしよくわからないで済ますつもりだけど。
動画は完成した。ゲイルとレジーナさんに送っておこう。
ふと気付くと、正面のソファでヒルダ様が優雅にお茶してた。集中し過ぎちゃってて気付かなかったよ……。
「し、失礼しました! おはようございます!」
「大丈夫ですわ。集中するランが可愛らしくて、声をかけずにいたのですもの」
声かけてよ! 心臓に悪いから!
「それで、報告なんですけど」
「魔穴に行ったそうですわね」
「ちょうど今、お見せ出来る形に整ったところです。こちらをどうぞ」
端末をテーブルに置いて、ヒルダ様に見え易いよう向きを整える。そして再生。
しばらくヒルダ様は真面目な顔で動画を眺めていた。その表情は底の映像が映し出されたところで険しくなり、僕と黒い人々とのやり取りで綻びなどして忙しない。
それから最後の場面が流れて、動画は終わった。ヒルダ様は目を閉じて、感慨深げに溜め息を漏らす。
「魔穴は……そうでしたのね」
「結局よくわからないままなんですけどね」
「充分ですわ。これでロランシルトがまた軍勢に襲われる危険性は、ひとまず消えたのですもの。ラン、あなたは偉業を成し遂げたのですわ」
「そう仰られましても、魔物を皆で倒していたからこそです。そうでなければ、きっと魔穴はたくさんの魔物で溢れていました」
あの穴からどうやって出たのかとか、謎だけどね。でも、単に物理的な穴とは違うって事なのかもしれない。何せ、あれだけの大穴が一瞬で消えてしまったんだから。
穴に見えて、混沌の領域という別次元への入口だったのかも。それなら尖兵である魔物には、高さなんて関係無かった可能性もあるよね。自由に飛べるとか浮けるとかさ。
穴の中に魔物がひしめいていたら、なんて思うとぞっとする。その時はすぐ引き返しただろうね。
「謙遜しますわね。それならそれで、よろしいですわ。けれど、閣下との謁見には応じていただきたいですわね。魔穴を閉じた功労者たるあなたを連れて行かなければ、わたくしが責められてしまいますわ」
ぐ……。そう言われると辛い。確かに、何をしていたんだなんて糾弾されちゃうかもしれないんだね。領主様は大丈夫でも、他の貴族が言わないとは限らない。
それは、嫌だな。
「承知致しました。参りたいと存じます……」
くすりと笑われた。
「そうかしこまらなくとも構いませんわ。閣下は言葉遣いにこだわらないお方。でなければゲイルなどをお許しになりませんもの」
酷い言い種。でもゲイルが丁寧に話すところなんて想像出来ないな。社会に出て、少しは話すようになったのかな?
「では、魔穴についての報奨は閣下から受け取りなさい。戦争での報奨はわたくしから支払いますわ。金銭でも物品でもよろしいのですけれど、希望はありまして?」
「物品ですか? 何が受け取れるのでしょう?」
「魔道具が幾つかと、貴重な素材もありますわね。上等な衣服がよろしければ用立てますけれど、先日着せた服でも閣下との謁見には相応しい物ですわ。それから……」
そう話しながらソファから立ち上がってテーブルを回り込み、僕の隣に座ったところで言葉を続けた。
「もちろんわたくしでも構いませんわよ?」
耳元で囁かれて、一気に顔が熱を持つ。もう……隙あらばそういう事を差し込んで来るんだから。
本当に、出鱈目に色っぽいからさ、こう何度も迫られると辛い。心臓が。
『貴重な素材とやらが気になるところだ。手元にある魔石と属性の合う物があれば、魔道具の作成に一歩近付けるからの』
それは確かに。道具の本体を作ってもらう素材だって欲しいしね。
じゃあ、素材を見せてもらおっか。
案内された砦の倉庫は、わりと閑散とした様子だった。戦争の時にほとんどは放出していて、残った物の数は少ないそうだ。魔道具は戦闘で使わない物が、素材は組み合わせの難しい物ばかりが残っていると説明してくれた。
魔道具の棚には光の一切無いところでも見えるようになる片眼鏡や、水中での呼吸を可能とするペンダントなどを見る事が出来た。確かにどちらも戦闘では使わなそうだ。
素材の棚へと移動する。こちらでもヒルダ様が一つ一つ説明してくれる。僕に構ってて大丈夫なのかな。
聞きながらファリアと一緒に見ていると、一つ候補があった。
「ここにあるのはミスリルの鉱石ですわ。けれどどういうわけか属性を含んでいて、これを失わないまま加工する事が出来ずにこうして保管していますの。その技術さえ開発出来れば、属性を持った武器を作れるはずですわね。それぞれ炎、風、土となっていますわ」
風の素材だ。
『なるほど。このミスリルで、武器を作ろうと考えておるのか。……しかしこれがあれば風盾の魔道具へと一歩近付くのう?』
そうなんだよね。これをもらおうか。
「風のミスリルですわね? 他にももう一つ差し上げますわ。それだけの報奨を支払う予定でしたから」
「良いんですか?」
これは嬉しい。それならばと見て回ったけれど、ぴんと来る物は無かった。魔道具にする本体の方を相談してみようか。
『ならば、ミスリル製の道具を選ぶと良い。このミスリルが受け取れるならば、それも報奨として釣り合いが取れよう』
それは良いアイデアだね。早速聞いてみよう。
「ミスリルの装飾品か何か、身に付けられる物はいただけますか?」
「もちろん構いませんわ。指輪、腕輪、イヤリング、ピアス、ネックレス、ペンダント、サークレット、アンクレットと何でもありますわよ」
おー、すごい。見せてもらうと、どれもなかなかのデザイン。
『ふむ。魔石はどの程度の大きさであったかの?』
そう言えば見た事無いね。
ちょっと失礼して風盾の魔石を確認すると、一センチ程だった。黒の中に青の宿った、不思議な宝石だ。形は平たい円形。碁石っぽい。
『ちと大きいが、腕輪ならば……これは!? ラン、この中には魂が閉じ込められておるぞ!』
え!? 何それ、マジですか! どうしたら出してあげられる!? 砕く!?
『いや待て! ……恐らく少し傷付けるだけで出られるだろう。石が檻の役割を果たしておるようだ。中で動いているのが我にはわかる。案外薄いようだ』
それなら魔道具に加工する時、出してあげられるね。良かったあ。
「魔石ですわね……青!? 青ですの!?」
「え、ええ。そうですね」
「報告にあった悪魔の魔石ですわね!? 見事ですわ……!」
うっとりとしてる。宝石とかお好き?
でも、確かに綺麗だ。宝石としての価値も高そうだね。まあ、魔道具にするけど。
そそくさと仕舞って、今ファリアが言ってた腕輪をもらう。これは宝石をはめる台座が既に取り付けられてるものだね。魔道具に使う予定だった? ちょうど良いや。
「魔道具にするのですわね? トリシアに行けば、腕の良い職人を紹介出来ますわよ」
「考えてる事がありますので、そちらが上手く行かなかった時にはお願いします」
そう答えると、何やら意味深な笑みを向けられた。
「ランは色々と新しい事を発見するのが得意だと聞いていますわ。先日の戦争でも、恐ろしい力を見せ付けられましたもの。楽しみですわね」
……ゲイルかな。問い詰められたか。仕方ないね。あれは本当にすんごかったもの。詰め寄られるのも理解するよ。
おかげで僕は、その憂き目に遭わないで済んでるんだろうし。お礼言っておこうかな。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 三
筋力 六
敏捷 一四
魔力 一八
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 軽業
跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




