我が名はナルラファリア
石像を端末上の画像で見てみると、女性を象ったものだった。黒く細い鎖に拘束されていて、苦悶の表情を浮かべている。どんな意図があってこんな物を? 悪趣味だね。
アイテム説明には、『かつて神であった者を象った石像』とだけある。それにしてはこの鎖は何さ?
どうしようかと考えながら画面を眺めていると、不意に思い付く。これ、看破出来たりしないかな。看破は隠しているものが見える技術。こういう使い方も可能かもしれない。
そう考えてしまったら試さずにはいられないよね。早速やってみた。
すると説明文が切り替わる。『四柱の神々の手により、かつて神であった者が封じられた姿。混沌の持つ破壊の力を用いて作られた寂寞の鎖がその身を縛り上げ、石へと変じさせている』、との事。つまり、神々の戦いに負けた神様って事? それがゴーレムの中に閉じ込められてたとか?
……こんなの、どうしろってのよ。まあ、試しにインベントリから出してみようか。
床を映して場所を指先で指定。するとそこに石像が出現した。
ほー、こんな感じで出て来るのね。
見た目は長い黒髪の前だけを眉で切り揃えた髪型の女性だ。身体にぴったりと密着する形のビスチェドレスを細身の身体に纏っているのだけど、露わな胸元の谷は深く、くびれは細く、腰回りは広い。程良く刺激的なスタイルだ。膝を揃えて突いた正座に近い体勢のまま鎖に巻き付かれてる。
今は苦しそうな表情だけど、多分すごい美人さん。さすがは女神様。ぐるっと周りから眺めてみるけど、こう……何と言うか。こんな状態にある人を前にしてとっても悪いんだけど、すごくセクシーです。若干前屈みで顔だけ上向いてるから谷間はよく見えるし、反り返った腰付きとかきゅっとして……何考えてんだろうね僕は。
さて、どうしようか。
何となく、興味本位に鎖へと手を伸ばす。混沌の持つ破壊の力を用いた封印、だったかな? 解いちゃって良いものかわかんないけど、でもこれ多分悪い力だよね? 混沌とか破壊とかって、大概敵側の要素だもの。そんなもので封じるなんて、そちらの方があんまり良くない神じゃないの?
なんて考えながら鎖に触れた瞬間、酷く嫌な感覚に襲われた。反射的に手を放す。
何だろ、今の。怖気とか不快感とか、重苦しい圧迫感とか怠さとか、そんなようなものが一度に襲って来たような……。
端末を出して確認すると、持久力と魔力量が減っている事に気付く。これは触りたくないぞ。
剣の切っ先でつんつんと触れてみると、刀身が揺らめいて不安定になってしまった。何て難儀な鎖だ。でも何とか取り払いたい。これは悪い物だ。直感的にそう感じて、そんなもので封じられてる彼女があまりにも不憫に思えてしまった。
それにこれはゲームだ。こうして手に入ったんだから、きっと何かしら意味がある。
と言うかこれ、チュートリアル? ストーリーの導入イベントだって言われた方が納得出来るね。まあ、それを兼ねたチュートリアルがあるゲームは結構多いか。
……そう言えば、既にチュートリアルとしては変な事になってたっけ。ゴーレムなのにゴブリンとか言ったり。単なる誤植なら問題無いけど、何かイレギュラーな状況にあるのだとしたら面白そうだよね。
よし、ちょっと解放を頑張ってみようか。何が起きるのか、すっごく興味ある。
多分現状は、まず間違い無く通常のチュートリアルから逸脱してる。今後どうなるかわかんないけど、少なくとも他のプレイヤーとは違う進み方をしてるはずだ。何せサービス開始から一年以上過ぎてるのに修正されてないんだから。
こうなったら、行けるとこまで行ってみようじゃないの。
意を決して鎖を掴み、剣の刃を当ててぎりぎりと押し引きを繰り返す。全身が蝕まれるような気持ち悪い感覚に襲われるけど、構わずに続けた。
揺らめきながらも刃はほんの僅かずつ鎖に食い込み、じりじりと切れ始める。疲弊が進行して憔悴するように感じられたけれど、気合いを入れ直して延々繰り返した。この感覚の異常性とかこうなってしまった原因とか色々わからない事を思案しつつ、力は決して緩めない。
そうしてしばらくの時間をかけて、何とか鎖を切断した。でも同時に意識が遠退き始める。閉じゆく目蓋の隙間には、崩れてさらさらと形を失い消え去る鎖と、色を取り戻し始めた彼女の姿が映った。
灰色だった肌は色白に、ドレスは黒に。開いた瞳も闇のような黒で、傾く視界の中で視線が交わった。
でももう、それ以上起きていられなかった。鎖に苛まれ続けて弱り切ってしまったらしい。多分持久力も魔力量もゼロになってる。困憊の上に昏倒の状態異常が重なってるんだと思う。
上手くいった事に頭の片隅で安堵したのを最後に、僕の全ては途絶えた。
目が覚めると、暗闇の中にいた。何か柔らかく温かい物に頭を置いていて、でも背中や腰などは硬く冷たい感触を訴えてる。身体が冷えてしまってるけど、ぼうっとして何をしようとも考えられなかった。
頭の中に霞がかかったような。そんな表現が相応しい感覚。自分が何をしていたのかも思い出せず、ここが何処なのかと疑問を抱く事も無い。
ただ呆けて、少し身体を震わせた。
「ん? おお、済まぬ。冷えてしまったか」
少し低めの、女性の声が聞こえた。それから身体に触れるものがあった。起こされて、包み込まれて温められる。良い匂いがした。頬に触れた柔らかなものが心地良い。少し身体が浮かされ、何かに座らされた。
闇の中で何が起きているのか全くわからず、けれどその事に感情が揺れ動く事も無く、されるがままに身を委ねる。
「ふふふ、我を救うてくれた英雄殿は愛らしいのう……」
耳元で囁くような声が聞こえた。魅惑的に耳の内側で木霊して染み入り、脳髄までも蕩けてしまうようだった。
そして耳から首、首筋から顎先へと這う感覚があって、思わず上擦った声で喘ぐ。何をされても逆らえず、逆らう気になれず、ただ享受し続けた。
それからしばらく。
えーと。……何があったんだろ?
とりあえず端末を出して、ライトの機能を入れた。場所は変わってない。あの大広間にいて、ゴーレムの残骸も見えた。
石像だったと思われる女性の顔がすぐ目の前にあった。物凄く妖艶な微笑みを浮かべていて、その魅惑的な美貌に胸がどきりとする。
「我の姿をよく見たくなったのか? ふふ、存分に眺めると良い。我はお主のもの。永遠の孤独から救うてくれた、お主のものよ」
ぼんやりとした頭で今の状況を確認する。顔が近い、支えられてる、お尻の下は柔らかい、そして全身が暖かい。
「まだ意識がはっきりとせぬようだな? そのまま今しばらく寛いでいると良い」
言葉に甘えて、目を閉じる。けれど意識は反発するように浮上を始めていた。何故なら今の状況を理解したから。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて彼女の腕の中からぴょんと飛び出し、正座して土下座。どうやら僕は彼女に抱き締められて、腿の上に座っていたらしい。
「構わぬとも。お主は我を助けてくれた。何十何百……いや、恐らく千をも遥かに越える年月を石のまま孤独に凍えて過ごしていた我を、お主が救うてくれたのだ。この程度の事では到底報いたなどと思えぬ」
全く気にしてないみたい。そう言いながら手を伸ばすと、彼女は僕を引き寄せた。そして再びその胸に抱く。ドレスの胸元にある深い谷間が目の前に見えたのも束の間、そこへ顔を埋められた。
柔らかくて温かくて良い匂いがして最高なんだけど、何が何やら……。
「感謝するぞ。我が名はナルラファリア。ファリアと気安く呼んでくれ。もちろん敬称など無用だ。その方が嬉しい」
「は、はあ……。ええと、僕はランと言います」
「可愛らしい名だ。声も耳に心地良い。小さな身体も愛おしい。心底気に入ったぞ」
耳に心地良い声はお互い様です。
しかしどうしよう。好感度、滅茶苦茶獲得しちゃったみたい。旧神って事だったし、神様扱いのNPCだよね? どうなるのこれ。
「のう、ランよ。我はお主とともに在りたいと思うておる。そばにおっても構わぬか?」
「へ? ええと、僕は構いませんけど……」
「そうか! ではこれから、よろしく頼むぞ!」
軽く答えちゃったけど、良かったのかな。神様が仲間になっちゃった。ゲーム的にはありなの? いや、ありだから仲間になれるんだろうけどさ。
でもいきなりだね。とんとん拍子に話が進んでる。好感度を相当稼いでしまったんだろうなあ。色々すっ飛ばしてこうなってる気がするね。
まあ、いいか。五感の内の四つが幸せを訴えてて、わりと色々どうでも良くなっちゃったい。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 二
筋力 六
敏捷 一三
魔力 一三
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作
技術 看破 【取得可】
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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