旧神の石像
地響きをさせながら走るゴーレムは、鈍重そうな見た目に反して足が速い。身長が高い分脚が長くて一歩が広く、大股に追いかけて来ていた。人のようにはスムーズじゃない些か不格好な走り方だけど、この閉鎖空間で相手を追い詰めるには充分だと思われる。
どしんどしんと重い音を立てて巨大な黒い人形が迫って来る姿は、これがゲームだって事を忘れさせられてしまう程に恐怖を誘う。
剣の光しか無いこの暗闇の中に浮かび上がる黒い人影。まるで妖怪や化物の類いに追いかけられてるようだ。これがチュートリアル? 実はそんなに強くないとか? 全くもってそうは見えないよ?
さっきのゴブリン発言と言い、どうにも奇妙だ。でもまあ、戦うしか選択肢なんて無いんだろうけど。
対する僕は背が低いから、ちょこまかと逃げた。でも逃げるばかりじゃどうにもならないし、牽制になるかと刀身を飛ばす事にした。
まずは魔力操作だ。この魔術に魔力を込めて発動。一点を占有されて、現在の魔力量は十一点になる。多くの魔力を込めようとしても、階級と同じ一点しか使われなかった。無駄に消費されたりはしないみたいだ。
次は剣を振り、一番勢いの乗りそうなところで刀身に干渉して飛ばす……というイメージを脳内に描く。
「霊〇剣!」
あ、古いか。今は死神代行の方? こっちももしかしてもう古い?
それはともかく。瑠璃色に輝く刀身が柄から解き放たれてゴーレムを襲う。飛翔した刃はゴーレムの胴体に見事命中、と言うかこいつ避ける動作をしない。刀身は当たったところを斬り裂いて消えたけど、放った瞬間には次が生成されていた。これならどんどん撃てるね。
調子に乗って連射する。剣は次々ゴーレムに当たり、その表面を僅かに削った。
柄から切り離されたからか、刀身は一回の攻撃程度の時間で消えてしまうみたい。充分だけど、残ってくれたら操作して何度も斬れたのになあ。
端末を確認すると、魔力は減っていない。刀身の発生では、減少する程に魔力を消費しない? だとしたら弓矢の類いもそうなのかも。矢を生成して撃ちまくれるんじゃないかな。
魔術は魔力を込める事で強化して使う事が出来る。逆に言えば魔力を込めずに使う事も出来るわけだ。魔導器や魔術の使用には、必ずしも魔力を消費する必要が無いんだね。その代わりに効果は低いとか、そんなところでしょ。
さて、そんな刀身によるゴーレムへのダメージだけど。表面を削るくらいしか出来ていない。つまりほとんどダメージ無し。虚しい。これは駄目だ、何か別の手段を講じなければ。
なんて事を考えてたら、端末が振動した。
《多くの生物と同様に、魔物にも弱点があります。属性であったり特定の部位であったりとその傾向は様々ですが、強力な魔物を打倒するには弱点を突く事が重要です。戦いの中でそれを見抜き、上手に立ち回りましょう》
弱点……弱点か。
ゴーレムには、『emeth』と刻まれた文字からeを削って『meth』にして停止させるなんて話がある。前者が『真理』で、後者が『死』を表す言葉だとか何とか言われてた。漫画か何かで。
このゴーレムにも、それがあるのかもしれない。そうでなければとても倒せる相手じゃないし、きっとあるね。
早速探してみよう。
近くで見るために、敢えて接近戦の距離に入る。振り下ろされる平手打ちを避けながら手の平を確認し、踏み付けを引き付けて足の裏を覗き、そうして脇や股の間までもつぶさに見て回った。
正直怖過ぎ。臨場感が凄まじいし、ど迫力で腰が引けそうだ。叩き付けられる手は強い風を巻き起こす程の勢いがあり、踏み付ける足は床を震動させる程の威力を持つ。薙ぎ払う腕や繰り出す蹴りは風圧を伴い、それだけでも僕の身体の体勢を崩しそうなくらいだ。
ゲームだとわかってるから、何とか怖じ気付かずに立ち回れてるね。そうじゃなければとうに恐怖でがちがちに固まってるよ。ゲームだとわかっていても、肝が冷えそうなんだから。
しかし、無い。当たり前に見えてる場所はもちろん、目の届き難い場所まで命からがら確認したのに無い。
どうしようか……。と悩んでいると、また端末が振動。
《看破は弱点を見抜く事が出来ます。お互いの階級によって成否判定を行うため確実ではありませんが、相手を知れば知る程成功確率が上昇します。機会は対象一つ当たりに一度ですので、注意して使いましょう》
なるほどね。ここで看破のチュートリアルか。よく出来てるねえ。
それじゃ早速。
「看破!」
《尚、声に出す必要はありません》
そんな気はしてた!
看破を使うとゴーレムの頭頂部に意識を引かれた。そこにあるって事? こんな風に働くんだ?
でも頭頂部なんて普通には届かない場所だ。そうなると出来る事は一つ。剣を柄ごと飛ばしての、魔力操作による攻撃しか無い。弱点の大きさがわからないけど、小さいかもしれないから突いて突いて突きまくってみよう。
ゴーレムの頭上に剣を投げて魔力操作で操り、切っ先を下に向ける。そうすると、ゴーレムは初めてその手を防御に使った。頭を手で覆って剣から守っている。
これはどうやら当たりみたいだね。ガンガン突いてやろ。
片手で頭を守りながら、ゴーレムは蹴りや踏み付けを繰り出す。それを避けて距離を置くと追いかけて来た。回り込んで避けつつまた離れ、浮かせて操った剣でひたすら攻撃を続行。ゴーレムは嫌がって頭を押さえてない方の手で払うけど、それを避けさせて位置を保持させる。
そちらが上手く行かないと、狙いを僕へ戻した。大股に迫っての蹴りが放たれる。かわしながら剣には引き続き攻撃させて、とにかく隙を窺った。危険な攻撃も距離を離す事で何とか避けて側面や後方へ回り、攻撃され難い位置取りを心がけた。
そうして危うい瞬間を辛くもやり過ごし続けていると、ゴーレムの様子が徐々に変わり始める。
最初には、動きの鈍さを感じた。次には積極性の低下、そして何かぱらぱらと散るものがある。ゴーレムの攻撃はだんだんとおざなりになり始めて頻度も減り、やがて明らかに動きが悪くなってその表面がぼろぼろと崩れ出す。
これはどういう事だろう? 攻撃が効いてる? 何だか、身体を維持出来なくなってるように見える。
ともあれ、そこに弱点がある事は確定した。このまま攻め続けよう。
だんだんと振り払う手からは力が失われ、全体の形が崩れ始め、脚も細って支え切れなくなり、ついには轟音とともに倒れてしまった。砂埃のようなものが巻き上がって視界を奪う。一旦離れたけど、これはチャンスだ。弱点が見える位置にまで下がって来たんだ。
頭の見える位置に立って油断無く見張っていれば、幾らもしない内に守っていた手も崩れる時を迎える。
そこに仄暗く光る赤の点が見えた。これが弱点だね。空かさず剣を操作して切っ先を突き立てる。ついでに僕も走り込み、その勢いを乗せて剣を蹴り付けた。力がずれないよう魔力操作で位置を保持し、力のかかる方向を定めて支える。
がん、という手応えの瞬間に衝撃の抜けて行く感覚が脚に伝わった。ガラスの砕けるかのような音が響き、切っ先の埋まったところから赤い閃光が弾けて消える。そしてその直後からゴーレムの身体は一気に崩壊が進み、煙を巻き上げた。固まっていた黒は色が抜けて茶色に、ただの土塊らしき物の山と化す。
これで終わったのかな?
剣を手元に戻して身構えるけど、特に何も起こらない。剣の光に照らされる大広間は静寂に包まれて、それまでの戦闘が嘘だったかのように動きが無い。
……何とか倒せたみたいだ。
そこでまたまた端末が振動する。見れば階級が上がったという通知だ。敏捷と魔力が一点ずつ上がってどちらも十三になってる。成長についてのチュートリアルも表示された。
階級が上昇すると、新しい階級の数値と同じだけ能力値が成長するらしい。それまでの行動の傾向によって振り分けられる能力値が決まるとかで、僕は今回敏捷と魔力が選ばれた。走り回って魔力操作してたからだね。
選べないけど最適なものが成長するシステムみたいだし、特に問題無いかな。
それと、技術も取得可能になってる。これはいつでも取れるそうだ。それなら後回しにしようか。調べてから決めたいし。
チュートリアルはさらに続く。今度は戦闘の後の事について。
倒した敵から得られる物は自動的に所持品へ加えられるらしい。そして敵の死体は消えるとの事。
でもゴーレムの残骸こと土塊が消えてないんですけど。ゴーレムだからかな……。
得た物は端末のインベントリの機能から確認出来て、そちらの説明もこのタイミングで挟まれた。
この機能は、具体的には所持品を端末の中に仕舞い込める機能だった。やり方はとっても簡単で、インベントリを起動して仕舞いたい物へ端末を押し付けるだけ。出す時はカメラの機能と連携しているので、出したいところを画面に映して指定するだけ。
所持品はファイルマネージャーのような形式で保管されて、温度の変化や劣化などは基本しない。わざとその設定を解除する事も出来るので、例えば熟成させたい時などは個別に解除するそうだ。
カメラで撮った写真や動画の類いも所持品同様ここに保管されるから、本当にファイルマネージャーそのもの。使い慣れてるからありがたいね。
ちなみにパソコンやスマートフォン、タブレットなどから音楽データや画像などを持って来る事も出来て、それもこのインベントリに入るとの事。聞いたり見たりするための機能も当然搭載済み。ログアウトしたら僕も移そっと。
さらに色々調べてみると、所持品それぞれの説明を見る事が出来そうだ。着ている衣類の一つ一つを確認出来た。
そしてそこに一つ、知らない物が。その名も『旧神の石像』。
何だかやばげな物を手に入れちゃったよ……。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 二
筋力 六
敏捷 一三
魔力 一三
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作
技術 看破 【取得可】
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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