それはまた何とも、言葉に困りますね……
マーニの魔術練習は、魔力感覚を採用した事で急速に進んだ。魔力感覚で僕の魔力操作を直接感じ取らせれば、それがそのまま彼女に伝わる。そうすると理解が早くなって、どう動かせば良いのかを掴み易くなる。後は実際に魔力操作で出来る事を一つ一つ試してもらえば良い。
でも、今日のところはここまでかなあ。ちょっと興奮し過ぎてるんだよね。一旦落ち着かせた方が良い。彼女に使ってる魔力感覚を解除して、普通に出来るかを確認したら終わりにしようかな。
「は、はい。……わかり、ました」
残念そうだけど我慢してもらおう。何かあってからじゃ遅いし。
解除すると途端に心細そうな面持ち。魔力感覚が無くなるとそれまで当たり前に把握出来てた周囲の状況がわからなくなるから、そうなるのも無理ないね。
彼女はそもそも持たない魔術だから、頼り切りになるのはまずいな。ちょっと考えた方が良いかもしれない。
「では、魔力感覚無しでやってみましょうか」
「はい……」
自信まで消失しちゃってるじゃん。別人……と言うか今が普段通りか。
彼女は片手に属性剣の白い柄を持ち、もう片方の手からホワイトゴールドの魔力をふわりと浮かべた。きらきらしててすっごく綺麗。
僕も同じく魔力を浮かべる。そして球体から立方体、立方体から四面体と形を変えさせる。マーニも一緒に同じ事をした。特に問題無く出来ている。
形は少しずつ複雑になってゆく。ゴブレットやフォーク、椅子などの物から人や動物などの生き物へ、そして生き物に動きを与えてと進めた。これも問題無いね。
今度は鳥の形にして、飛び回らせた。動きを持たせつつ移動させるこのやり方は難度が上がるのだけど、これも大丈夫だった。鳥の動きに不自然さは無いし、僕が教えた通りに再現出来てる。
始める前と後で見違える程の進歩だ。マーニ自身が驚きのあまり何も言えなくなってしまっていた。
白金の小鳥が部屋の中を優雅に旋回する。ぱたぱたと羽ばたき、伸ばして滑空し、光の帯を引くようにしてぐるぐると。
やがて鳥はマーニの方へと帰り、差し出された手の平にゆったりと着地する。すうっと薄れて沈み込み、きらきらとした像を残して手の中に戻り消えた。
すっかり使いこなしてるね。
「どうですか?」
「こんなに、素敵な事が……出来るんですね、魔力操作って……」
魔力で形を作ってるだけだから、物理的な接触は無いけどね。こうして扱えれば出来る事も増える。魔力の受け渡しに関連する事は、これでもう出来るはずなんだ。次はそこから教えようかな。
ぼうっと呆けたマーニの手を引いて、魔導器を仕舞わせてから部屋を出る。彼女が顔を赤くして慌て始めたのは、それから五分程過ぎた頃だった。
工房で寝た翌日はいつも通りのお仕事をこなし、昼過ぎに魔術ギルドへと向かった。今日もマーニが受付にいて、僕を見ると狼狽えた。お客の相手と僕との間で板挟みになったらしい。
「お客さん優先で構いませんから、急がずにしっかりお相手して下さい」
「は、はい、ラン様!」
壁沿いにある長椅子で待たせてもらおう。ちょこんと座ってロビーを眺める。お客の入りは多くない。広くて豪奢な作りにぱらぱらといる程度で、すごく寂しい感じがする。
僕と違って作成だけじゃなく販売もやってるはずだし、そもそも魔道具だけが魔術ギルドの全てじゃない。それなのにこの閑散としたロビーはちょっと異常に見えるね。それ程までに魔術ギルドは悪名高くなってしまってるんだろう。
大丈夫なのかねえ……。
テートさんやマーニの事があって心配になってると、お客さんが帰って行った。何でか笑顔で手を振られたので、こちらも同じように振り返す。感じ良い人ね。
立ち上がって向かえば、ちょうどマーニが受付からこちらに出て来るところだった。
「では今日もよろしくお願いします」
「こちら、こそ……よろしくお願い、致します……」
挨拶を交わすとマーニは今日も、最初に応接室へと通してくれた。昨日と同じように一旦退室し、テートさんと一緒に戻る。その後のお茶の用意まで全く同じだ。
テートさんは手に丸めた書類を持っていた。
「よく来てくれたのう! これが約束の物じゃ!」
受け取って見れば、魔具を習得するための書類だ。
「ありがとうございます!」
「これもまた魔術ギルドのためじゃて! ランが魔具について精通すれば、何かに気付くかもしれんじゃろ? それを儂らに教えてくれれば良い!」
「もちろんお伝えしますよ!」
楽しみだけど、ホルンさんは厳しい研鑽が必要だって言ってた。時間はかかりそうだから、しっかり腰を据えるつもりで教えてもらおう。
教えてくれるのは……あら、テートさん自身?
「儂自ら教えるのでな。何も心配は要らんぞ!」
これは今の魔術ギルド内における派閥争いのような状況のためらしい。魔具を使える人がテートさんの仲間にいないそうだ。まずいじゃん。
「この技術は魔術ギルドの秘術。そして魔術ギルドを支配していたのは奴らじゃ。まあつまりは、儂は裏切り者になるのじゃな。しかし奴らに任せておっては、魔術ギルドそのものが成り立たなくなるところであったからのう」
「不思議なのですが、魔道具による利益が減るだけでそこまで大きな影響が出てしまうものなんですか?」
これはずっと気になってた。僕が影響を与えたのなんて、魔術ギルドにとってはその業務のごく一部でしょ。魔道具の作成についてのみなんだから。販売はやってないし、その他の業務はそのままのはず。
正直ここまで大事になるなんて、信じられない心地なんだよね。
これは、僕の考えた通りで間違い無かった。
「魔道具の利益だけでは、ここまでの事にはならんのう。ランが始めたのは作成だけじゃし、儂らで弾き出した予想でもこのような事態には至らぬ事になっておった」
「では、何故なんでしょう?」
「何、特別な事は何もないのじゃ。人の心を読み切れんかった事と、その計算に楽観した馬鹿者どもの浪費のためじゃて」
悪評については予想してた。でもそれだけじゃなかったわけだ。
そもそもおかしかったんだ。これまでに蓄えた財があるはずなのに、何で倒れかかってるのか。普通に考えたらあり得ない事なんだ。
「ロビーを見ておるじゃろ? この応接室もおかしいじゃろ? こんなものはまだ片鱗でしかないのじゃ。要らぬ贅沢ばかりに金をかけ、貴族には金をばら撒いて取り入り、そして当然のように私腹も肥やした。傾いて当然じゃ。簡単な話じゃな」
「それはまた何とも、言葉に困りますね……」
「儂は感謝しておるぞ。ランのおかげで奴らを排除出来たからのう!」
おお。そう言われると良い事したような気になるね。
でもまだテートさんの言う奴ら、先代達の影響は無くなってないんだ。難儀な話だよ。
「そんなわけでじゃ。儂の手勢に魔具を習得した者がおらん以上、儂自らが教えねばならんという事じゃな! 仕事の方は気にせんで良いぞ! 優秀な者に預けて来ておるからのう!」
良いのそれ? まあ、ありがたく恩恵に与っておこう。それで、魔術ギルドが立ち直る手伝いをしっかりしようね。
「ついでじゃ。マーニにも教えてみるか」
「わ、わたくしもですか!?」
巻き添え。
いやあ、技術は覚えられる時に覚えておくものだよ。何かで役に立つから。と言うかここで働き続けるなら、習得しちゃった方が絶対良いって。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 四
筋力 六
敏捷 一六
魔力 二〇
魔導器 強化属性剣
拡張機能 変幻自在 小領域作成
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 識別
軽業 跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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