…………ちょっと、良いかも
さて、暗くなって来たしそろそろ葉子を送らないといけない。ファリアとフレアを中に宿して部屋を出る。
エレベーターで六階から一階まで下り、マンションを出たら葉子の歩調に合わせて早めに歩く。
彼女は背が高い。百六十五センチあるそうだから、脚の長さも結構なものだ。
「……あ、ごめん。速かった」
謝った彼女は歩幅を調節した。僕の足に合わせてくれる。
「ありがとうございます」
「……ううん。これくらい?」
「はい、ちょうど良いです」
にっこり微笑んで言えば、手を取られた。そしてきゅっと握られる。
「……あ、握っても良い?」
遅くない? 良いに決まってるって。にやにやしながら繋いだ手を振る。
「聞かなくても良いんですよ?」
「……そうなの?」
「そうですよ」
「……ありがとう」
かーわーいーいー。
握りたくなったの? どうしよう、嬉しくてにやにやが収まらない。
『いっそ腕を組んでやれ』
『腰を抱く……のはリーフの方ですね』
そりゃ僕よりも男前だし、身長的にもそうなるけどさー。
腰を抱く、かあ。やってみる?
『お主の場合は腰に抱き付く、ではないか?』
酷っ。
「……どうしたの?」
「いえ、フレアとファリアが……」
話して聞かせたら、腰を抱かれた。お互いが歩き辛くならない程度にだけど、強めに。
何だろ、こう……自分のものだって主張されてるような? でも強過ぎない力加減からは気遣いが窺えて。
…………ちょっと、良いかも。脳内で吹かないでもらえる!?
『無理だの!』
『今のはずるいです』
三人寄ってるから姦しいね全く!
僕からも腰に手を回し、ぴったりとくっ付いて歩く。完全に恋人同士だけどその通りだから問題無し。歩き難くはならないよう、魔力操作で補助。滅茶苦茶軽いはず。
魔導器はハンドバッグの中。小さい魔導器で良かった。便利だ。
『問題があるとすれば、性別が逆転しておる事だの。くっくっく』
『つまり何の問題も無いという事ですね』
うん、わからん。性別なんて些細な問題? さすがは生命の神様。それで良いのか。
男性同士とか女性同士とかも認めそうだよね、フレアは。
『もちろん本人達が望むなら、それが最良です。私は祝福しますよ』
だと思った。子孫繁栄とか繁殖のためとか、気にしなさそうだもの。でも生命の神様としてはそれで良いの?
『特に問題無いと思いますが。誰かが子を成さなくとも、別の誰かが子を成します。もちろん種族丸ごとがそれでは困りますが、そのようなあり得ない事を想定しても意味がございませんので』
なるほど……。さすが神様視点。種族単位での判断だ。
おっとと、葉子が放ったらかしだ。
「……帰りは飛んで帰る?」
「そうですね。何処からか誰かに見られてしまう怖さはありますけど、飛び上がって夜空に紛れてしまえば大丈夫だと思いますので」
「……でもそれなら早く帰れる」
フレアのお店の開店時間には間に合わせたいんだよね。
『ありがとうございます。けれど何時と特別には決めておりませんので、遅くとも構いませんよ』
それならそれで、遊覧飛行を楽しむのも良くない?
『まあ! 素敵です!』
『こちらの夜景か。我も興味があるぞ』
それじゃ少し寄り道して帰ろうか。繁華街の方をぐるっと見て、それから帰宅する感じかな。
映像なんかでは何度も見た事があるけど、自分の身体で飛んで自分の目で見るのは初めてだ。楽しみだね。
あ、冷えるだろうからストールは巻こう。
「……それじゃ、また後で」
「はい。またあちらで、ですかね」
「……うん。またあっちで」
帰って行く葉子の背中を見送って、僕は川沿いの人がいない辺りに向かう。魔力感覚があるから、周辺にいる人の反応は簡単に掴める。それで誰にも見られていない事を確認して、空へと舞い上がった。
思い切りジャンプしたんだけど、やっぱりあちらで飛ぶ時とはスピードが違うなあ。最初は跳んだ勢いがあって加速出来たものの、その勢いが無くなると小走りするくらいの速さに落ち着いちゃった。横への速度は普通に出せるから、やっぱり上方向は重量の影響が大きいみたい。
空からの眺めは、もちろん予想通りのものだ。でも、頭で予想して思い浮かべるのと実際に目の当たりとして見るのとでは、受ける印象が全然違った。
暗い夜の闇の中に点々とある木漏れ日のような明かりが繁華街へと近付くにつれて多くなり、光の粒が流れる道路はまるで天の川。映像では平面に映る絵でしかなかったものが眼前に広がり、見渡す限りの世界を感じられる。かつては空に見えていただろう星々が地上に散りばめられたようで、一抹の寂しさを圧倒的な輝きが吹き飛ばした。
ファリアとフレアは言葉を失っている。僕も同じだった。
光の中無数の人々が行き交う不夜城を足の下の遥か先に眺めながら、大きくぐるりと旋回するように飛ぶ。雑踏の広い通りは何度となく足を運んだ場所。高いビルには昼間立ち寄ってフレアのはしゃいだお店がある。
昼に立ち寄った料理店のビルも、先日ファリアの服を買ったお店も、待ち合わせに使っている広場も、上から見つける事が出来た。
そうして遊覧飛行し、僕達は終着駅である自宅に戻って来る。屋上に降り立ち、ゆっくり降りて六階に入り、鍵を開けて帰宅した。自然と溜め息が深く漏れる。
『……見事な眺めであったの』
『昼間に見た時にも驚きましたが、夜景はまた格別でしたね』
「正直、侮ってました……」
身一つで飛んで見る景色が、こんなにも綺麗に見えるだなんて。
もちろんあちらでも雄大な光景に感動してはいたよ。でもこちらはこちらでまた別種の感動があった。
これは良い、すごい体験だ。あちこち旅に出て、たくさんのものを見たくなる。
『それは名案だ』
『私もおともしたいですね……』
『何、焦る事は無い。我らは何れこの地を去る事になるのだ。その時に、旅をすれば良かろうて』
そうだね。その時にはフレアも一緒だ。
『はい。不束者ですが、よろしくお願い致しますね』
むせた。誰だその言い回し教えたのは!
『我だが』
プレイヤーじゃなかった! 余計な事を……!
『ほれ、アルスへ行くのであろう? 支度せんか』
はいはい。……おっと、写真を移しておこう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 四
筋力 六
敏捷 一六
魔力 二〇
魔導器 強化属性剣
拡張機能 変幻自在 小領域作成
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 識別
軽業 跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




