……ゲイルの友達
そのエルフは美しい女性だった。
ソールの光を艶々と照り返す髪は銀。肩に届かない長さで整えられ、彼女の動きに合わせて弾んで踊る。
感情の乗らない切れ長の目に煌めくのは翡翠の瞳。細面の美貌と相まって凛とした雰囲気を纏い、今は獲物を捉えて離さない。
白いブラウスと灰色のスラックスのような品の良い衣服の上から、赤い革の胸当てに篭手、ロングブーツという軽装の防具が身体を守る。防具には銀で精緻な装飾が施されていて、それがきらきらと輝いて見えた。
しかし戦う姿は、その華麗な容姿に反して苛烈。速く、そして力強く刀が振られ、その度に魔物が斬り捨てられてゆく。射られる矢を紙一重にかわすなんて当たり前にやって見せ、一足飛びに接近する。突き出された槍は穂先を失い、返す刀がその主の身体を肩口から袈裟に斬り伏せる。さらに足技も使った。アーチャーの射線にファイターを蹴って盾にする、側頭部を刈って蹴倒すなど、やはりその姿は勇ましい。
僕と同じで実は男性なんじゃないかな、なんて失礼な事を考えてみたり。
『お主を見てしまうと、それも否定し切れんの』
見惚れてしまいそうだけど、僕もじっとはしていられない。何せ襲われてる。
僕は大した事が無いと思われたのか、残ったのはファイター二匹にアーチャー一匹という少なさ。それだけ彼女のインパクトは大きかったし、実際とんでもなく強いから仕方ないね。楽させてもらお。
単純に槍の手数が減って、避けるのも随分容易くなった。矢なんて一本しか飛んで来ないから警戒の必要なんてほとんど無い。それに射線をファイターで塞いでやる事も出来てしまう。あまりの落差にこちらが戸惑う程だ。
でも、守るのは簡単でも攻めるのはまた違った。数は少なくなっても、階級五のホブゴブリンである事に変わりは無い。
反撃する機会が生まれ始めたのに、上手く槍で防がれてしまう。技量が違い過ぎるんだよね。参った。
魔力操作で剣を操り、速度も精度も高めている。それでもホブゴブリンにはいなされ、受け流され、弾かれて体勢を崩してしまったりする。そこは魔力操作で強引に保つんだけど、上手く行かないもんだね。戦うって難しい。
『そやつらと同じように戦う必要など無いぞ。お主にはお主の戦い方があろう。技術ではどうにも出来ない、より高次の攻めを見せ付けてやるのだ』
えー? そんなやり方、何かあったっけ?
……ああ、そっか。僕はわざわざ斬り結ぶ必要なんて無いんだった。数が減って包囲も解けた。
それなら、僕は自由に動ける。
一旦距離を置こう。追い縋って来るファイター二匹には刀身を放って牽制。そしたら一呼吸して、昂った気持ちを落ち着けた。
やる事は単純なんだ。壁を壊し、ブーレイのおし……じゃなくて! ブーレイを倒した技を使う。魔力を込めて、圧縮して、放つ。ただそれだけだ。
魔力を刀身の中で圧縮し、飛ばした。ファイターはこれまで同様槍で受け流そうとしたけれど、槍に当たった瞬間爆発が起きる。吹き飛んだところに突きの形で追撃、切っ先が頭に沈み込んでその深みに達した。
爆発に驚いていたもう一匹のファイターには、膨張させた横薙ぎ。一瞬の隙を突く形で襲った長く幅広の刃は盾にした槍の上から強い衝撃を与える。体勢を崩したところへやはり追撃を見舞おうとしたけれど、これはアーチャーの矢に阻止された。やっぱり上手い。
まさに矢継ぎ早と言った手際で次の矢を構えるアーチャーに、腕が痺れたらしきファイターも無理して槍を握って応える。
雄叫びを上げて突進を敢行するその後ろから矢が射掛けられた。急いで放たれた矢の狙いは幾分甘い。でも当たれば僕の生命力は尽きてしまう。そんな事に気付いているとは思えないけど、ああして次々射るのは正解だ。
矢は避けた。槍の穂先は思い切って飛び越えた。そして上空からアーチャーに向かって刃の雨を降らせる。かわし切れないと悟ったのか、アーチャーは対抗して射撃による反撃を試みた。何て肝が据わってるんだろう。ぎりぎりで避けたけど、危なかった。でもこれでアーチャーも斬り刻んだ。
……うん、今度はちゃんと斬れてる。良かった。
着地した後はファイターと対峙した。魔力を再び剣の中で圧縮し、逆手に構える。ファイターは苦い顔で周りをちらりと見回したけれど、仲間はもう生き残っていない。あの女性が僕より時間かけるわけないんだよなあ。とっくに観戦中だ。強過ぎじゃない?
ヤケクソ気味に突進するファイター。対して僕は、槍投げのようにして刀身を撃った。
切っ先から飛翔する刃は見切って避けようとしたファイターの動きに追随して突き刺さる。魔力操作によって軌道を修正出来てしまうのだから、反則っぽくはあるね。
ファイターを深々と貫いた刀身は、圧縮された魔力をその身体の内側で解き放って爆散させた。断末魔の悲鳴すら上げる事は叶わない。
ホブゴブリンは全滅した。その身体は全て崩壊し、塵となって風に消える。それを見届けてから僕は刀身を消し、女性は刀を鞘に収めた。
何とか、生き残れたね……。
女性はリーフと名乗った。
ただ、その後に言った言葉に僕は驚かされる。
「……ゲイルの友達」
「ゲイルを知ってるんですか!?」
「……君も知ってる。電車で見た」
「え? それってつまり、あの時の……? そばにいたんですか?」
「……二人の話を聞いて、わたしはASに興味を持った。おかげで今は、毎日楽しい」
「それは良かったです!」
「……勝手に聞いてて、ごめん。でも、ありがとう」
変わった話し方するね。見たところ高校生か大学生かな。わざわざ言わなくても、黙ってたって良かったのに、律儀なんだね。良い子だ。
「あ、助けて下さってありがとうございました。さすがに十匹は多くて、どうしようかと困ってたんです」
「……どういたしまして。でも、君も強い」
「そんな事ないです」
本っ当に助かったよね。リーフさんが来てくれなかったら、間違い無くやられてた。
この恩は大きいよ。
「……ところで、どうしてこんなところにいるの? 町からは遠いのに」
おっと。答え難い質問が来たよ。ゲイルとは昔からの馴染みで信用してるし信用出来る人柄だってわかってるから話せたけど、彼女は違う。良い子だとは思う。でもそれとこれはまた違う問題だ。
ここは無難に答えておこうか。
「経験値稼ぎに来てたんです。離れ過ぎてしまいましたけどね」
「……そう。それなら、一人で帰れる?」
「はい、大丈夫ですよ。リーフさんはこちらへ何をしに?」
「……わたしは、探索? 色んなところを見て回ってる」
「おー。冒険ですね!」
「……うん、冒険」
やばい、何か可愛く見えて来た。うん、だって。
『お主、この娘のようなおなごが好みか』
いや、そういうわけじゃないよ? と言うか高校生とか大学生なんて年下過ぎて、可愛いくらいの感想しか出ないよ。
下手したら年齢半ぶ……げふんげふん! これ以上はやめとこうか。
「……ゲイルの友達なら、フレンド登録頼んでも良い?」
「構いませんよ。よろしくお願いします」
「……こちらこそよろしく」
フレンド登録のやり方を教わる。SNSの機能を立ち上げてフレンド一覧を開き、そこにあるメニューから接触登録を選ぶみたい。で、端末を触れ合わせると登録出来た。
彼女で二人目だ。まだゲイルだけだから。こういうの、やっぱり嬉しい。しかも若い女の子だよ。
オンラインゲームの良いところでもあり、怖いところでもあるね。
「……三人目」
「僕は二人目です」
「……僕?」
「これでも男なんです」
「……でも、服が。あの時だって白のワンピースだった。……女装?」
あー! そっか、あれ見られてたんだ! うわあ、恥ずかしい……。
「いや、あれは! ええと、リクエストがありまして! 久しぶりだからまた見たいって何人もから頼まれてしまって! 後これは初期服です!」
「……そんな事、あるんだ」
「あるんですよ、これが」
酷い連中に、酷い運営だよ全く! 頼まれたからって着てしまう僕も、毒されちゃってるようには思うけどさ……。
おっと、リーフさんが吹き出したぞ。
「……ごめん。だって、可愛い……」
「良いですけど、良いですけど!」
「……ぼろぼろだね。替えは無い?」
「はい。まあ、町に着いたら何か買いますよ」
「……そう」
しかしこの子、表情が何でか変わらない。ずっと無表情だよ。吹き出したりはするから笑わないわけじゃないんだよね。
何か、不思議だなあ。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 三
筋力 六
敏捷 一四
魔力 一八
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 軽業
跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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