さ、三十五万!?
まず、棚に並べてくれてるのはヒルダ様だった。工房に入れる人が限られている関係で彼女以外に出来る人がいなかった。最近は大抵工房にリーフもいるから都合は良い。そんな理由で、彼女に任されていた。
ヒルダ様の仕事は正確で、間違うという事が全く無い。間違いがあった場合は、ヒルダ様のところへ来る以前から間違ってしまっていた。これは受付を代行してもらってる戦士ギルドに問い合わせたら発覚した事で、あちらでも作業の最適化に手こずっているらしいと聞ける。
僕のところで識別や看破を使って確認して止めてるから、今のところ問題にまで発展はしていない。本当便利だよこの技術。
それに警戒しなきゃいけない事もある。時々盗品が混ざってるんだ。所有者の違う物が混ざってるパターンの二割は盗品だ。ただこれ、依頼した本人に責任が無いケースもあったりする。盗品と知らずに購入して依頼を頼んだパターンとか。現在閣下と戦士ギルドはそこから辿ってこの一件の調査を行ってるそう。
一方で僕が起こすミスについては、ファリアが止めてくれる。魔力使用量の計算間違いとか。滅茶苦茶助かった。
そうしてまた時は過ぎ、ファリアと出かけたゴールデンウィーク最終日から一週間が過ぎた。
炎狼の月、九週の二日。アルスの夏が終わる最後の週のこの日、自重をやめた事で作業スピードを大幅に上げた僕は、何とか溜まっていた依頼のほとんどを片付ける事に成功していた。まだ十件程度は残ってるんだけど、既に百以上を終わらせているのだから物の数じゃない。
ようやく一息吐ける心地で窓を開け、少しずつ冷え始めている涼しい風に清涼感を覚えた。深呼吸して少し気を抜く。
そうしてから残りを片付けてしまおうかと作業机に向かうと、ちょうどリーフとヒルダ様が扉を開けた。ヒルダ様は手に追加の依頼が入った鞄を持っていて、それを僕に見せながら苦笑いで言う。
「また来てますわよ」
「ありがとうございます」
「減りましたわね。ラン、ご苦労でしたわ」
「ヒルダ様もお疲れ様です。一つのミスも無い正確なお仕事、とても素敵でした」
「ランの仕事も見事でしたわよ。質が高いと評判ですもの。戦士ギルドからも驚きの声が届いていますわ」
質の高さについては、多分魔術ギルドとは違うやり方をしてるからだと思う。あちらがどんな作り方してるのかわからないけど、多分魔力を上手く集められてないんだよ。そうすると階級も魔力量も高くならない。質が上がらない。
魔力操作が無いと難しい事だから、きっと無しで作ってる。一度見てみたいな。
ヒルダ様は棚に新しい依頼の品々を並べて、出来上がった物を回収している。ここ最近はリーフも手伝ってくれてるから、ヒルダ様も少しは楽が出来てるね。
荷物を持って工房を出た二人がしばらくして戻ったら、ヒルダ様が現在の預金の事を教えてくれた。
「三十五万一千イルが支払われましたわ。合計で五十三万四百イルを預かってますわよ」
「さ、三十五万!?」
あははは……すごい金額。四百だけ引き出させてもらって手元に加えた。
「……すごい、お金持ち」
「ランはまだまだ稼ぎますわよ、リーフ様。素晴らしい伴侶となりますわね」
「……伴侶」
いつの間にかヒルダ様にも話してるんだよなあ。当然まだ恋人の扱いだけど、こちらだと婚約者みたいなものだから。閣下は何も言って来ない。でも多分知ってるよね。放浪者同士の事だから、そっとしておいてくれてるのかもしれない。
リーフは何事か考えるようにして、一点を見つめている。まさか伴侶の意味がわからないって事も無いと思うけど、どうしたんだろ?
「……ラン」
「はい?」
「……結婚する?」
「気が早い!?」
付き合い始めてまだ一週間程度だよ!? 何でそんな、始まったばっかりなのにフルスロットルなのさ!? この子やっぱりずれてるよ!
ああ、またファリアが笑ってる。楽しそうね……。
しかしねえ、結婚かあ。正直、僕って稼ぎ良くないんだよ。今借りてる賃貸の部屋だってわりと無理してるし、これまで貯金しては来てるけどそんなには貯まってない。ファリアのおかげで食費が浮いてるから、先月の収支は目の飛び出すくらいだったけどね。本当助かった。
まあそんな男だからさ、お勧め出来ないよ?
こちらのお金が、あちらのお金に換金出来ればねえ……。でもそしたら、AS自体が色々おかしな事になるかな。お金稼ぎの手段になっちゃうし。プロゲーマーが大挙してやって来るかも?
ああでも、アルスとしてはありか。それだけ戦力が増えるから。しかも稼ぐために彼らは全力でやってくれるよ。
……あれ? 本当にありなんじゃない? 運営のスタンスとか繋がってる事を理解してるかとか、色々前提があるけど。可能ならやってくれるとこちらは助かるね。そして僕も助かると。
良いなあ……。
溜まっていた仕事も綺麗に片付いた。今日からは一気に来る事も無くなり……はしないのか。今依頼の受注に制限かけてるはずだし。
けど魔道具の素材を集めるのだってそう簡単じゃない。お金だってかかる。だから少なくはなるよね。
「無くなりましたわね。ではわたくしはそれを持って行きますわ」
「よろしくお願いします」
「代わりに、リーフ様をしっかりお世話なさい」
「お任せ下さい」
鞄に魔道具を仕舞うと、ヒルダ様はつかつかと工房を出て行った。見送りにリーフが扉まで立って、ソファに戻る。……何気なく鍵かけてんのよね、この子。何する気よ。
リーフは僕を見ると、自分の隣をぽんぽんと叩く。来いって? そりゃまあ、仕事は片付いたけどさあ。
逆らう気は無いのでちょこんと座る。すると彼女は僕を引っ張って、膝枕してくれた。
「……お疲れ様」
髪やら頬やらを優しく撫でられて、すごく心地良い。このまま眠ってしまいたいなあ。
『何かあれば我が起こしてやるぞ?』
あらそう? それじゃお言葉に甘えちゃおうかな。
力を抜いてくれてるリーフの弾力ある腿の柔らかさと温かさを感じながら、ゆっくり目を閉じる。集中させていた神経が弛緩して、思わず深い溜め息が漏れた。
ようやく穏やかな時が訪れたように感じる。先週のゴールデンウィークから色々と立て込んで続いていたから、張り詰めっ放しだったのかもしれない。今は酷くほっとしてて、気が緩んだのと同時に疲れがどっと出て来てしまった。
ちょっとだけ、一時間だけ眠らせて……。
ファリアの返事を聞きながら、僕は意識を手放した。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 四
筋力 六
敏捷 一六
魔力 二〇
魔導器 強化属性剣
拡張機能 変幻自在 小領域作成
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 識別
軽業 跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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