……あっちでも、するから
どうしてこうなった。
今更ながらに思うのは、使い古されたそんな言葉だ。
その気は無かったのに……あんな風に迫られたら断れるわけないじゃん! ファリアは滅茶苦茶笑ってるしさあもう……!
『し、仕方なかろう! 見事に、落とされておるではないか! くくくくく……』
酷い。
でも本当に、そのまんまだし文句も言えない……。
ええもう、落とされましたよ、完全に落ちました、即落ちですよ。綺麗とか可愛いとかじゃなくて……格好良かった……! とっても男前だった……!
もう無理だったよ抵抗の意思なんてごっそり削れてたよたった二文字しか返せなかったんだよ!
恥ずかしくて顔を隠したらそのまま抱き締められて、今も継続中。手の甲にさ、柔らかい感触がさ、ねえどうしたら良い?
誰か助けて……!
いい加減笑うの止まらない? あ、止まらない。そうですか。覚えとれよ……。
ようやく落ち着いたところで顔を上げると、リーフの瞳と視線が合う。鮮やかな翡翠色の綺麗な瞳。切れ長の目は少し目尻が下りていて、彼女が笑っているらしき事がわかる。
柔らかそうな桃色の唇が開き、今となっては耳に心地良い彼女の声が紡ぎ出される。
「……可愛い」
あー! あーもー! 駄目! 今は駄目! 顔が! 顔が火を噴く! 殺す気!? 恥ずか死ぬけど!? 心臓がうるさい! 心臓止まれ! あ、止まっちゃ駄目だ! 本当に死んじゃう! 胸が痛い! 興奮し過ぎて胸が痛い! やばいやばい助けて! 呼吸も苦しい! ってこれは塞いじゃってるだけだ! 何か涙出て来た! わけわかんない! 何で一言だけでこんなんなってんの!? しかもわりと頻繁に言われてる三文字! 複雑な気持ちにさせられる奴! なのに何これ!? 何よ、僕をどうしたいの!? 言われ慣れてるはずの言葉が全然違って聞こえるって! 慣れてても慣れないけど! 日本語おかしい!? 知るか!
「……大丈夫?」
「な、何とか……」
またリーフの胸に沈む事しばらく。今度こそ落ち着いた。何故かまだ放してくれないので、今も沈んでるけどね。
彼女の心臓の音が聞こえる。僕と同じで早い。どきどきしてるんだ……。
ちらっと視線を上げれば、見つめる瞳が視界に入る。何度見ても綺麗な色。見ていると鼓動が加速するようで、少し苦しくなる。
ふと小首を傾げた彼女に釣られ、僕も首を傾げた。どしたの?
……何で吹き出したし。
「……掴んでおくって、何をすれば良い?」
そう来たか……。
そうだね、比喩的に言っただけだろうから、そのまま手で掴んでても仕方ないよね。
でもそれを僕に聞かれても答えられないって。そもそも掴まれた僕の状態って何? 友達以上恋人未満? それともちゃんと恋人?
「僕を掴んだのはあなたです。僕は、何者として掴まれたんですか?」
表情の無い眼差しが見開かれた。そして彼女は少しの間考える。考えるんですか……。
口元が引きつるのを感じた。この子、そういう事を考える段階にまだ立ってないんじゃない? 単に周りが焚き付けてるだけでさ。 それならそれで、恋人未満でも良いんだけどね?
でもその答えは、また僕をどきりとさせる。
「……恋人だと思う。一緒にいたいと思うし、こうしてくっ付いてると嬉しい。……最近は駆の事ばかり考える。そばにいない時、何をしてるのか気になってる。……だから、そうなんだと思う」
抱き締める腕の力が強まって、これ以上無いくらいに密着する。そのまま僕は押されてしまい、後ろに倒れ込んだ。ソファに押し倒される形となって、もぞりと動いた彼女は、僕の視線の真上にその美しい顔を合わせる。
目と鼻の先に翡翠の瞳が見える。桃色の唇がある。銀の髪がさらりと流れ、視界の全てが彼女で埋め尽くされた。
ああもう、どうにでもして……!
「……駆の身体には触れる。わたしの身体も……」
言うが早いか、彼女は僕の左手を取った。そして手が彼女の胸に押し当てられる。
リーフの身体に触れるのは、僕の性別をシステムが把握出来なかったからだよね? でも彼女の言葉は、自分もそうだと言うかのようだ。
彼女も僕と同じで、性別を? いや、考えられない。彼女は確かに男っぽいところもあるけど、はっきりと女性だ。誤認される要素なんて無い。
それじゃ、原因は別? 違う原因がある?
彼女と僕に共通するのは、旧神のところから始まってる事。でもまさか、それが問題なの? 何で?
僕達は……そうだ、正規のチュートリアルを受けてない。キャラクターを作った直後に移動させられてるんだ。それが原因?
鍵はチュートリアルにあるような気がする。まあでも、別にそんな重要な事でもないんだけどさ。だからどうって事も特に無いし。
なら何故こんな事を考えてるのかって? そんなのわかり切ってるじゃん。意識を逸らすためだよ!
あー触っちゃってるよ、思い切り触らされてるよ、すんごい感触何これ?
「……目が泳いでる。大丈夫?」
「大丈夫じゃありません!」
「……恋人なら、こういう事をする。それに……」
今度は顔が近付いて来た。そのまま唇に柔らかなものが触れ合わされ、しかも中にまで差し込まれた。
あまりの事に取り乱して、僕は何も出来なかった。空回りする頭はなすがままを許し、彼女は知ってか知らずか貪るような深い口付けで僕を求める。驚きが大き過ぎて、何が何だかわからなかった。
そして顔を上げる時にぽつりと、彼女は呟く。
「……ちょっと、良いかも」
表情を形作らない顔に、目だけが爛々と輝いていた。そしてもう一言。
「……あっちでも、するから」
胸の奥で、どきりと大きく鼓動した。その見つめる瞳と少し低めに囁かれた言葉で、僕の心臓は痛みを訴えるくらいに強く跳ねた。思わず息を呑み込み、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
……彼女に迫られたら、拒めない気がする。彼女に甘いとか受け入れるとかそんな次元じゃなく、僕も望んでしまう予感がする。
この力強い腕に抱き締められたら、彼女の声で求められたら、あの瞳で欲されたら。喜んで差し出してしまう未来が容易く想像出来る。
僕はもう、駄目かもしれない……。
何爆笑してんのさ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 四
筋力 六
敏捷 一六
魔力 二〇
魔導器 強化属性剣
拡張機能 変幻自在 小領域作成
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 識別
軽業 跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ラン「日本編はこれで一旦区切りです。ゴールデンウィークの話はこの後まだ少しありますけど、僕達の旅行の話はここまでですね」
ファリア「次は我とのデートだのう!」
ラン「デート? ただのお出かけですけど」
ファリア「つれない事を言うでない」
ラン「僕達が恋人になったって話をしたばかりなのにこの人はもう……」




