上玉二人がこんなところで何か探し物かい?
さて、ログアウトせずにこちらでの今日を迎えた理由は、もちろん魔穴だ。せめて偵察して、様子を窺おうなんて思ってた。でも誤算があった。
まさかヒルダ様に捕まるだなんて思ってもみなかったよ……。
第二従士隊から人を呼ぶつもりだったらしいんだけど、僕がいるならちょうど良いからと付いて来るよう言われてしまった。まあ、ヒルダ様だし構わないけどね。頼まれたら断らないさ。
要件は単におともだ。フリントクルズの町の視察を行うらしい。ただし、そのままの姿で行けば騒がしてしまう。そうならないよう変装する事になった。
つまり僕は再びプレインの時の格好に。着替えさえすれば要らないはずなんだけど、ヒルダ様にそうするよう言われて仕方なく……。
ヒルダ様の変装は、意外にも全く印象が変わってて別人だった。長く豊かな赤紫の髪は綺麗に梳いて束ね、アップスタイルにまとめる。華やかなお顔は地味に見えるよう化粧して雰囲気を変える。
服装は麻で作られた白いチュニックに革のズボンとロングブーツ。豊満な胸を覆って隠す革の胸当てに同じく革製の手袋と手甲を付けて、見た目は完全に戦士だ。
「如何かしら? これならば貴族には見えないでしょう?」
「んー……。ヒルダ様は仕草まで艶めか……気品がございますので」
「わたくしの魅力は隠し切れないという事ですわね。けれどそこは大丈夫ですわ。言葉も仕草も、全て変えてしまいますもの」
そんな事出来るんだ? 器用だねえ。僕なんて言葉だけでも大変だったよ。と言っても丁寧に話すのをやめただけだったけど。後一人称ね。また『あたし』って言わなきゃいけないんだ。嫌だなあ……。
まあ今日だけ、出かけてる間だけの事だし我慢しよう。
ヒルダ様は一度軽く咳払いして、醸し出す雰囲気をがらりと変えた。なので、ここからは僕もプレインを演じる。
「偽名はルーダとするわ。あなたはプレインで良いのよね?」
「うん、よろしく」
すっと立つ姿勢が真っ直ぐになった。いつもは色っぽく身体の曲線を強調するような立ち姿なんだけど、今はリーフやレジーナに近い。そういった事を意識せず、ただ自然に立つ感じだ。
表情も違う。普段の挑発するような笑みや視線ではなく、真っ直ぐ相手を見てごく普通に微笑む。
何か、すごくほっとさせられる印象になった。こんなヒルダ様も良いなあ……。
「ふふ、顔が赤くなってるわよ?」
「ば、化けましたね……」
「あなたはランに戻ってしまったわね。今はプレイン、戦士の女の子でしょ?」
「あ、そうだった!」
うう、ずるい。こんなに印象を変えられるなんて。僕……じゃなかった。あたしなんてほとんど変わらないのに。
精進……はしなくていいや。変装なんてそんなに何度もしたくないし。
「さ、行くわよ」
「うん!」
部屋を出てみれば、あたし達を既に見て知ってる人達には一目瞭然だった。でも別にそれで構わないんだよね。町で騒ぎにならないために、こんな格好してるんだから。
ヒルダ様はルーダと名乗る事にするって言った。間違えないよう注意しよう。
砦を出発して野営地を眺めながら町に向かう。ばれる人にはやっぱりばれてて、ヒルダ様……じゃなくてルーダね。彼女が口元に人差し指を立てて見せてる。まだ少し色っぽさが抜けてないけど、貴族らしく見えてしまう程じゃないから大丈夫そうだ。
町までの道中、大した距離の無いこの間にルーダは町へ行く目的を教えてくれた。
「特別大した用事があるわけではないわ。過去にソーセリエントまでは訪れた事があるのだけど、このフリントクルズは初めてなの。それでどんな町なのか視察を兼ねて見て回ろうと思っただけなのよ」
それじゃ本当にただ出かけて来ただけなんだ。視察もあるからいい加減には見ないと思うけど、ちょっとした観光気分だね。四六時中お仕事じゃ疲れちゃうし、こうして息抜きするのも良いかもしれない。
そういう事なら僕も気楽に、何処へでも付き合うよ。もちろん彼女は貴族だし、万一の護衛も兼ねてるけどさ。
フリントクルズの町に入ると、雰囲気が全体的に暗く感じられた。通りを行き交う人が少ないし、その表情も鬱々としてる。戦士が野営地からやって来ていて、買い物したり酒場に寄ったりする姿は見かけられた。彼らの方がまだ明るい顔をしているくらいだ。
その原因は、やっぱり南から襲撃に来てる魔物だろうね。それにゴラースティン家のごたごたもか。悪い事が続けば不安にもなる。
早いところ魔穴をどうにかして、原因を根っこから取り除いてしまいたいな。町の防衛は任せておいて、一人でも向かった方が良いかもしれない。ああでも、今行ったら軍勢が待ち構えてるのか。さすがに厳しいな。
そうなると、次に攻めて来た時を狙って逆に攻め込むのがベストだ。ロランシルトの時に似てるけど、あの時は魔物が引き上げなかったから後でも大丈夫だった。でも今回は形勢次第で引き上げてしまう。撃退し続ける限りチャンスは訪れない。だから、戦闘の最中に行くしかない。
プレイヤー達が大勢ログインする、あちらでの今夜辺りにまた来てくれないかな。次のログインはその時間帯だしさ。
向こうも数を揃えるのに大体それくらいの時間が必要らしいって話だ。そうなる可能性は高いはず。襲撃を期待したくはないんだけど、どうせ遅かれ早かれ来るからね。だったら都合の良い時に来て欲しい。
ルーダとの視察と言う名のお散歩は、案外細かいところまで行われた。丁字路を中央に置く大通りは当然見て回ったし、町の北や南西南東の端までもしっかり足を運んでる。おかげで住宅地や様々な職人達の工房、商店街などなど、ウィンドウショッピングよろしく眺めて回れた。
彼女の目から見ても特に問題は無いようで、単純に二人で楽しんでしまったのは仕方ない事かな。
……と言うかこれ、普通にデートなんじゃ。
ま、まあいいか。
ところで、ずっと付いて来てる人達がいる。男性三人だ。魔力感覚で確認出来る姿としては戦士風の、ちょっと柄の悪そうな出立ち。
「気付いてるわね?」
「三人付いて来てるね」
ルーダもわかってたみたい。さすが。魔力感覚が使えるわけじゃないのに、よく気付けるよね。何かコツでもあるのかな。
ともあれ、僕達……あたし達! ああもうやだこの一人称……。あたし達は誘い出すように道を選んで人気の無いところへと向かった。すると案の定接触しようと距離を詰めて来る。
べたな展開だけど、こういうのどきどきするね。風盾の腕輪と魔剣の指輪を装着して、戦闘に備えておこう。
如何にも荒くれ者が現れそうな裏路地を歩くあたし達を挟むように現れたのは、やっぱり如何にもな格好をした荒くれ者三人組だった。前に二人、後ろに一人だ。前の大柄な一人がまず口を開く。
「上玉二人がこんなところで何か探し物かい?」
続いて後ろの一人が笑いながら言う。
「へっへっへ……。むしゃぶり付きたくなるねえ。もう構わねえだろ、おっ始めちまおうぜ!」
そして最後に前の一人が、妙にトーンを抑えた調子で話し出す。
「荒くれ三人を前にして、君達は実力による突破を狙っても良いし金銭による解決を持ちかけても良い。或いは酔狂にも三人の欲望を満たしてやっても構わないが、わざわざ選ぶ必要は無いだろう」
「世〇樹風!? ってかプレイヤー!?」
遥か昔にはゲームブックなる物があって、それを懐かしむ文体らしいね。地図書きながら出来るとか楽し過ぎて、あたしもやったなあ。
……何故そんな事をここでやってんさ?
「というわけで! 決闘しようぜちゃん様ぁ!」
「その名で呼ばないでくれない!?」
「何が何やらで、付いて行けないわ……」
ごめんね、ルーダ。プレイヤーってこんなのばっかりじゃないからさ!
「ってか、隣のヒルダ様じゃん。巻き込んで本当すんません」
「げ、本当だ。変装してたのか。相変わらずお美しい……」
「ではヒルダ様にもご理解いただけるよう、説明が必要ですな」
楽しそうね、あんたら。こちらは戸惑いっ放しだよ。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 四
筋力 六
敏捷 一六
魔力 二〇
魔導器 強化属性剣
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 識別
軽業 跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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