……行ってみたい
お店を出たら四人とは別れた。一抹の不安は、主に日野さんにはありそうだけど、信用してくれたのか帰って行く。良い友達がちゃんといるようで、僕も一安心だ。
「あそこには絶対行くなよ!」
「行きませんってば!」
勘弁してよ。捕まるっての。
現在の時間は十五時。葉子もまだ帰るつもりが無いみたいなので、もう少しふらふらとお喋りしながら二人で町を歩く事にした。
話題はあちらの事もこちらの事も色々。タリス様とノーマラード様を端末に匿えた事とか詳細をまだ話してなかったし、ツーラの様子も報告するにはちょうど良い。こちらの事だと雑談レベルにまで落ち込むんだけど好きな音楽とか結構歌うのが好きだったりとか、そんな趣味嗜好の話をしてみたり。
わりと何でも興味を持って聞いてくれて、すごく話し易かった。
彼女の方からもソーセリエントの様子が聞けた。城塞に閉じ籠もったゴラースティンの一家は、一向に投降する気配が無いらしい。閣下は攻め込む算段を始めてたと言うから、今日の夜ログインしたら攻城戦かもしれないと無機質に葉子は語ってた。
話題を変えるためか、彼女は全く違う話を始めた。
「……駆は、どの辺に住んでるの?」
「家ですか? ここからだと近いですよ。ほら、あのマンションです」
見えるところまで来てたみたい。指差して教えればそちらに視線を投げてる。
「……行ってみたい」
あはははははは。
何言ってんのこの子!? さすがにアウト! 幾ら信用してくれてると言っても、それは抵抗あるって!
「葉子。僕はこれでも男性ですからね? 男性の家に行きたいなんて、簡単に言っちゃ駄目ですよ」
「……え? ……あ、ごめん」
お、赤くなった。耳まで。
さては勢いだけで、何も考えずに口走ったね? 葉子って思慮深いようでわりとポンコツを発揮する事あるよね。可愛いけど、ちょっと心配。
「僕はこうして止めますけど、世の男性には止めないで招き入れる人だっていますから。そうなってからじゃ遅いんです。葉子の場合はむしろ返り討ちにしそうですけど、そうなると法的に難しくなりますし。だから、迂闊な事は言っちゃ駄目です」
「……うん。駆にしか、言わないけど。……でも気をつける」
ぼ、僕にしか言わない? そ、そうなんだ。うん、信用してくれてるって事だよね。嬉しいけど、駄目なものは駄目だから。
やばい、にやけて来た。
「……嬉しい?」
「そういう事聞かないで下さい!」
「……顔、赤い」
「だから……もう!」
ますます顔が熱い。参ったねこりゃ。
彼女の家は、僕の家が近い現在地から歩いて三十分程らしい。行って帰るとちょうど良いくらいの時間なので、近くまで送る事にした。
「……寄っても良いよ。父さんも母さんもいると思うけど」
「遠慮しておきます……」
居辛いじゃん。でも、いなかったらいなかったでまた居辛い。結局居辛い。
普通に帰るよ。それでまた向こうで……どうなってるかな、今頃は。悪化してなければ良いなあ。
「……部屋の番号って、何番?」
諦めてないのか……。ぐいぐい来るね、本当に。
「六一〇番ですけど、駄目ですからね?」
「……でも教えてくれた。……暗にって事?」
「違いますって! ……まあ、何か困った事があったとかなら来ても良いですけど」
「……うん、ありがとう」
甘い? 甘いかなあ。それとも気にし過ぎ?
匙加減がわかんないんだよ、こういう事はさ。今まで無かった事だし。
歩く姿は颯爽としてて姿勢も良くて、その辺の下手な大人より大人っぽいのに。色々と付き合って知れば知る程、子供っぽいところが見えて来る。やっぱり高校生、まだ十代なんだよね。
可愛いし面白いし楽しいとは思う。でも社会的に殺されてしまわないかという恐怖はあるよ。彼女がそういう事をするとは思えないけど、善意を装った悪意の第三者がある事無い事邪推して殺しに来るとかは、わりと聞く話だ。
それも考え過ぎだとは思う。とは言え万一の可能性を考えると油断も出来ない。ただでさえ僕は迂闊な方だし、考えられる事は警戒しておくに限るよね。
『明らかに考え過ぎだの。それにそうなったとしても、お主と我だ。ほとぼりが冷めるまで何処かに姿を消しておれば良いのよ』
最終手段じゃないのそれ。
老化しないからそういう手段も選べるけどさ。僕だって普通に暮らしていたいからね?
お金は稼げないと困るし、稼ぐなら身元がはっきりしてるに越した事は無い。それにはやっぱり、一定の社会的信用が必要なわけで。
『面倒な世の中だのう』
その面倒さのおかげで、色々保証されてるんだよ。今はまだその範疇にいられるから、精々謳歌しないとね。貯金もしておきたいし。だから危ない事には近付けないんだ。
そんなわけで、彼女とは程良い距離感のお友達でいたいね。
遠目に見えた彼女の家は、結構なお屋敷だった。純日本家屋とでも言おうか、そんな趣のある建築。良いところのお嬢様じゃないですか……。尚更寄れない!
そこでお別れという事にして、さっさと帰ろう。
「……今日は、ありがとう。楽しかった」
「僕もです。ではまた、あちらで会いましょうね」
「……うん。またね」
頭と髪を撫でられた。何故。
何処となく名残惜しそうな彼女は、なかなか立ち去ろうとしない。そんなに楽しかったのかな? でももう夕方だし、帰らないとね。
彼女の身体を百八十度回転させて、背中を押してやる。
「ほら、夜になっちゃいますよ」
葉子は一度振り返って何かを口籠もる様子を見せたけど、結局何も言わずに手を振って歩き始めた。
『何か言いたかったようだの。くくく、恋患いかのう?』
まさかでしょ? それよりも、もしかしたら何か相談事があったんじゃない?
でもここまで言えなかったという事は、余程話し辛い内容なのかな。まあ、道中結構二人きりだったのに話せなかったんだ。きっとまだその時じゃないんだろう。
さ、僕も帰ろうか。あちらの事が気になる。帰宅する葉子の背中を見送ったところで、すたすたと帰途を急いだ。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 四
筋力 六
敏捷 一六
魔力 二〇
魔導器 強化属性剣
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 識別
軽業 跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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